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50.意味深な補佐役

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(なんというか、生活の乱れの元ってこういうものなのね……)

 昼食前にそっと寝台を抜け出して、スープだけ何とか飲み下す。ライの部屋から脱出したその足で厨房へ向かい、食欲がないので申し訳ない、とミーガンさんに頭を下げたら、なんだか生温かい視線を受けた気がする。いや、深く考えたら負けだ、うん。

「体力は自信があったんだけどなぁ……」

 腰をさすりながら、執念で図書室へ向かう。明日は明日で仕立て屋が来るというので、下手をすると明日は読書の時間がとれないかもしれない。それなら、今日は是が非でも読まないと……!

「あっれー? てっきりずっとご主人様の部屋でいちゃついてると思ったのに」

 ガリガリと精神が削られる音がした。もちろん幻聴だけれども。

「リュコスさん、本当にいつ寝てるんですか」
「だから、前も言ったじゃん。ショートスリーパーだって」

 私は大きなため息をついて、新たな本を物色すべく本棚に集中する。

「体力だけはあるって認められてるから、午前中は街まで出て色々手筈を整えてたんだよー。あぁ、疲れた」
「街まで……?」
「明日の仕立て屋の件でねー。ほら、この邸って森に囲まれてるじゃん? だから、外界との連絡はだいたいオレっちの役目ってわけ」
「それは、……お疲れ様です?」

 確かに今まで考えたことがなかったけど、この邸ですべてが完結するわけがない。足りない食材もあるだろうし、ライが頑張っている書類仕事だって、地面から湧いてくるはずもない。
 この邸がどれだけ人里離れているのかは知らないけれど、傀儡と呼ばれる存在が森をうろついているのなら、そうそう人を呼ぶこともできない。

(ということは、ある意味リュコスさんがこの邸の生命線を担っている?)

 軽い口調からは全然想像もつかないけれど、リュコスさん、実はちゃんと仕事ができる人なのでは? 口調は軽いけど。

「読む本が選べなくて困ってるなら、オレっちがオススメしようか?」
「ライから勧められた本の中から選ぶ予定なので、大丈夫です」

 私は手を挙げてきっぱり拒絶した。ライと図書室へ来たときに、リュコスさんが揃えた本棚も案内してもらったのだ。……うん、はっきり言うと趣味が合わない。

「えー? たまには違うジャンルの本も読んでみようよー」
「リュコスさんの本は、対象年齢が高いんですよ」
「そう? ちょっとエロかったりグロかったりするだけだよ?」
「それが私には敷居が高いんですよ……」

 私はドキドキわくわくする冒険活劇があればいい。別に恋愛要素はそこまで求めてない。というか、本当にリュコスさんオススメの本は生々しくて困る!
 と、そこまで考えたところで、はた、と気が付いた。外界との連絡役であるリュコスさんは、やっぱりライのお父さんとの接点が多いのでは? と。
 ライにあれだけ書類仕事が回ってくるのなら、その運搬役はきっとリュコスさんだ。となると、リュコスさんはライのお父さんから直接受け取っている可能性もある。

「リュコスさん。ライがしているお仕事って、お父さん――侯爵様の補佐的なものなんですよね?」
「そうだね。まぁ、当主様が面倒がって書類仕事を多く回してるだけなんだけど。あの方、実務の方が好きっぽいからねー」
「リュコスさんが、侯爵様ではなく、ライの補佐を選んだ理由ってなんですか?」

 私の質問が予想外だったんだろう。リュコスさんは、きょとん、とした顔を見せた。
 前回の会話で、リュコスさんが侯爵様の情報を落としてくれないことは分かった。それなら絡め手で情報を集めるしかない、と思っただけなんだけど。

「そうだねぇ、ご主人様の方が将来性があると思ったから、かな?」
「それは、ライがまだ私の血を吸っていなかったからですか?」
「うーん、それとはちょっと違うかなー? ご主人様の元カノのことは聞いたんだよね?」
「はい」
「元カノからフラれて、ご主人様はそれなりに落ち込んでたんだよねー。ついでに当主様から追い打ちも受けて満身創痍って感じだったし」

(追い打ち……?)

 アデルと会った頃に傀儡に追われていたのが、その『追い打ち』なのかしら?
 そこも尋ねてみたかったけれど、せっかく話してくれているところに口を挟んでしまうと、リュコスさんの話が止まってしまうかもしれない、と口をつぐむ。

「このまま折れても仕方ないかなーっと思ってたところに、アイリちゃんを見つけたんだよね。いやー、そこからのご主人様はすごかったよー?」
「すごかった、んですか?」
「鏡越しにアイリちゃんをストーキングしつつ、当主様から送り込まれた傀儡を文字通り叩きのめして送り返して、しまいには、もう子どもじゃないんだから、仕事寄越せって」

 なんだか、聞き捨てならない単語もあったけれど、その部分は前にライ本人から聞いているので、一旦スルーしておく。ちなみに私の部屋の鏡台は、まだ布がかけられたままだ。

「オレっちとしては、まだ幼女から少女になったばっかのアイリちゃんの、どこに惚れたのかサッパリだったんだけどー……、ま、ご主人様も見る目があったってことかな」
「見る目?」
「だって、オレっちの正体知っても、全然、見る目が変わんないじゃん」
「……」

 私は首傾げた。確かにリュコスさんも人間ではないという話は聞いた。けれど、改めて正体とかは聞いていない。

「あの……」
「んー?」
「厳密に言えば、リュコスさんの正体も、ミーガンさんの正体も聞いてませんよ?」
「は?」

 あ、リュコスさんが珍しく口をあんぐり開けている。

「純粋な意味での人間じゃない、ということは聞きましたけど、それだけで」
「何それ。普通、そこはつっこんで聞くところじゃんよー」
「えーと、本人の口から聞くならまだしも、他人の口から聞くことじゃないかな、って」

 聞いたところで、別に接し方が変わるとも思えなかったし、とまでは口にしない。というか、ちょっと聞くタイミングを逃したというのもあるかもしれない。

「はー……、思ったより大物だね」
「細かいところにこだわらない主義ということで」
「なるほどねー。それじゃ、そんな大物なアイリちゃんに、オレっちからのアドバイス」
「……はぁ」

 あっという間に、いつもの軽さを取り戻したリュコスさんに、私は曖昧な相槌を打つ。

「その目、しっかり使わないと、当主様に痛い目に遭わされるかもよ?」
「え? 目?」
「ちゃんと意識して、周りのものを見た方がいいってことー」

 ひらひらと手を振って、リュコスさんは図書室を出て行ってしまった。

「なんか、また謎めいたこと言われたんだけど……」

 リュコスさんと話した後は、毎回こんなふうに意味深なことを匂わされるから、すごくモヤモヤする。

「目……って、目よね?」

 視力は悪くないけれど、リュコスさんが言っていたのは、そういうことじゃない気がする。

「はぁ……、あとでライに聞いてみよ」

 私は改めて本の物色を始めることにした。

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