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48.「お話」≠「尋問」
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(大丈夫。あれは後回しにしたわけじゃなくて、タイミングが良くないと判断しただけ)
リュコスさんに散々からかわれた翌朝、私は起き抜け早々、自分に言い聞かせていた。
正直、今まで存在すら考えたことのなかった「元カノ」のことについて、聞きたくて仕方がなかった。でも、夕食の後で仕事を始める人には聞けない……! 仕事の前に精神的ショックを与えるとか、どんな外道よ! という判断の元、翌朝にしようと先送りにした。
(いや、別にやましいことじゃない。自分の前に付き合ってた人のことが気になるのは、普通。普通よ!)
少なくともライが初めて血を吸った相手が私なのは間違いない。だから、そこまで深刻に身構える必要はない。……というのに、どうにも私の胸が落ち着かないのだ。
(えぇい! 切り替えよう!)
気合を入れるために、パチンと自分の頬を叩いて部屋を出る。食堂に行くまでに気持ちを切り替えれば、きっとなんでもないフリでライと話せるか、ら――――?
「おはよう、アイリ」
「ライ?」
どうしよう。もう目の前にいるんだけど。
「昨晩は、何か様子が変だった気がしたから早めに来てみたんだが」
「い、や? 何も変とかそんなことは」
「アイリ?」
「違う違う! 本当にライが心配するようなことは何もなくてね」
何やら残念な生き物を見るような目で見られている気がする。
「アイリ、朝食の後に少し話をしようか?」
「……はい」
話をするところまでは望むところなんだけど、なんだかライの「話」が「尋問」に思えてくるから不思議。
エスコート、ではなく、手を引かれる形で食堂に行く私。これ、連行って言いません?
「昨日の夕食のときには、昼間に疲れたと言っていたけど、本当は違うんだね?」
「違くないよ? ちょっと色々と出てきた新事実に疲れてたの」
「ジェインのことか?」
「う、うん」
即答できずにどもってしまったら、ライの赤い瞳がギラリ、と光った気がした。
「昨日の昼間、何をしていた?」
「……えぇと」
「教えてくれるよな?」
「ちょ、ちょっと、他の人と話をしてただけ、みたいな?」
「リュコスか?」
「ミーガンさんとも……」
何故か大きなため息を落とされてしまった。
「聞きたいことがあれば、俺に聞いてくれればいいのに」
「いやぁ……、逆に本人にはちょっと聞きづらかったし、あんまり仕事の邪魔をするのも、って遠慮があって」
あまり負担になっちゃいけない、と思っただけなのに、何故かライが立ち止まって手を放して、私の頭に乗せてきた。
「アイリの邪魔だったら、むしろ歓迎するのに」
耳元でそんなことを囁かれたら、顔を赤くなるのは必定でしょうよ!
反射的に耳を押さえてしまった私を、ライがにこやかに眺めていた。
「じゃ、話は朝食の後にしよう」
「……ハイ」
☆彡 ☆彡 ☆彡
「さて」
「ハイ」
ライの私室のソファに並んで座り、とうとう執行のときです。いや、違うか。
「先にアイリの話から聞こうか? あれだけ不審な態度を見せていたからには、余程のことを聞いたんだろう?」
「そんな、余程ではないと……」
「アイリ?」
「はい!」
うぅ、完全にライに主導権を握られてしまっている。いや、私も話そうとは思ってたんだよ? だからそんなに厳しい顔をしないで欲しいんだけど?
「それで? ミーガンとリュコスから何を聞いたのかな?」
「えぇと、ミーガンさんが生きてない人ってこととか?」
「それはミーガンからだな。リュコスは?」
「……」
どうしよう。別にやましいことはないんだけど、「元カノ」という単語を口にするのを躊躇ってしまう。
「アイリ?」
綺麗な赤い瞳で覗き込まれ、なぜか体がぞわっと総毛立つ。
「俺に言えないことなの?」
「ち、ちが……」
「教えてくれないと、また噛んじゃうよ? 今度は期待に応えて首筋とか」
ライの脅し文句に、初めて血を吸われたときの感覚がフラッシュバックする。身体全体がぞわぞわぽかぽかして、理性の箍が外れてふわふわしていたあの感覚。
「言う! 言うから待って! 言えないんじゃなくて、言い出しにくいだけだから!」
今にも近づいて来ようとしていたライの顔をぐいっと押しやって、私は息を整えた。
「あ、あのね……? リュコスさんから、その、元カノがいたって話を聞いて」
「は?」
「いや、違うの。だって、タイミング的に私と会う前のことだったら問題ないと思うし? ただ、どういうタイプの人だったのかとか、どうして別れたのかとか、気にならないと言えば嘘になるけど、あまりに個人的なこと過ぎるし、深く掘ったらいけないところだと思うから!」
「うん、分かったから、落ち着こうね、アイリ」
「おおおお落ち着いてるって。大丈夫だから! 別に話してくれなくても全然? というか、知らないままの方がいいかもしれないと思ったり思わなかったり?」
「はいはい、ちょっと落ち着こうね」
ぽんぽん、と頭を軽く撫でるように叩かれて、私は口を閉じて……それから顔を両手で隠した。なんか、勢いのままに言わなくてもいいことまで言ったような気がする。
「うん、駄犬は後で仕置きするとして、可愛いアイリが見られたのは良かったかな」
「もう、むしろ忘れて……」
「うん、忘れられないかな。発端が駄犬なのは許せないけど、アイリの気持ちは嬉しかったし」
視界を塞いだままの私の肩に、ライの手が回る。抱き寄せられるままに、こてん、とライにもたれかかる。
「リュコスが言った『元カノ』は、俺の婚約者のことだ」
「うん……」
質問しておいてなんだけど、こうしてライの口から聞くのは嫌だったな、なんて矛盾が生じている。知りたい、でも聞きたくない。なんてわがまま。
リュコスさんに散々からかわれた翌朝、私は起き抜け早々、自分に言い聞かせていた。
正直、今まで存在すら考えたことのなかった「元カノ」のことについて、聞きたくて仕方がなかった。でも、夕食の後で仕事を始める人には聞けない……! 仕事の前に精神的ショックを与えるとか、どんな外道よ! という判断の元、翌朝にしようと先送りにした。
(いや、別にやましいことじゃない。自分の前に付き合ってた人のことが気になるのは、普通。普通よ!)
少なくともライが初めて血を吸った相手が私なのは間違いない。だから、そこまで深刻に身構える必要はない。……というのに、どうにも私の胸が落ち着かないのだ。
(えぇい! 切り替えよう!)
気合を入れるために、パチンと自分の頬を叩いて部屋を出る。食堂に行くまでに気持ちを切り替えれば、きっとなんでもないフリでライと話せるか、ら――――?
「おはよう、アイリ」
「ライ?」
どうしよう。もう目の前にいるんだけど。
「昨晩は、何か様子が変だった気がしたから早めに来てみたんだが」
「い、や? 何も変とかそんなことは」
「アイリ?」
「違う違う! 本当にライが心配するようなことは何もなくてね」
何やら残念な生き物を見るような目で見られている気がする。
「アイリ、朝食の後に少し話をしようか?」
「……はい」
話をするところまでは望むところなんだけど、なんだかライの「話」が「尋問」に思えてくるから不思議。
エスコート、ではなく、手を引かれる形で食堂に行く私。これ、連行って言いません?
「昨日の夕食のときには、昼間に疲れたと言っていたけど、本当は違うんだね?」
「違くないよ? ちょっと色々と出てきた新事実に疲れてたの」
「ジェインのことか?」
「う、うん」
即答できずにどもってしまったら、ライの赤い瞳がギラリ、と光った気がした。
「昨日の昼間、何をしていた?」
「……えぇと」
「教えてくれるよな?」
「ちょ、ちょっと、他の人と話をしてただけ、みたいな?」
「リュコスか?」
「ミーガンさんとも……」
何故か大きなため息を落とされてしまった。
「聞きたいことがあれば、俺に聞いてくれればいいのに」
「いやぁ……、逆に本人にはちょっと聞きづらかったし、あんまり仕事の邪魔をするのも、って遠慮があって」
あまり負担になっちゃいけない、と思っただけなのに、何故かライが立ち止まって手を放して、私の頭に乗せてきた。
「アイリの邪魔だったら、むしろ歓迎するのに」
耳元でそんなことを囁かれたら、顔を赤くなるのは必定でしょうよ!
反射的に耳を押さえてしまった私を、ライがにこやかに眺めていた。
「じゃ、話は朝食の後にしよう」
「……ハイ」
☆彡 ☆彡 ☆彡
「さて」
「ハイ」
ライの私室のソファに並んで座り、とうとう執行のときです。いや、違うか。
「先にアイリの話から聞こうか? あれだけ不審な態度を見せていたからには、余程のことを聞いたんだろう?」
「そんな、余程ではないと……」
「アイリ?」
「はい!」
うぅ、完全にライに主導権を握られてしまっている。いや、私も話そうとは思ってたんだよ? だからそんなに厳しい顔をしないで欲しいんだけど?
「それで? ミーガンとリュコスから何を聞いたのかな?」
「えぇと、ミーガンさんが生きてない人ってこととか?」
「それはミーガンからだな。リュコスは?」
「……」
どうしよう。別にやましいことはないんだけど、「元カノ」という単語を口にするのを躊躇ってしまう。
「アイリ?」
綺麗な赤い瞳で覗き込まれ、なぜか体がぞわっと総毛立つ。
「俺に言えないことなの?」
「ち、ちが……」
「教えてくれないと、また噛んじゃうよ? 今度は期待に応えて首筋とか」
ライの脅し文句に、初めて血を吸われたときの感覚がフラッシュバックする。身体全体がぞわぞわぽかぽかして、理性の箍が外れてふわふわしていたあの感覚。
「言う! 言うから待って! 言えないんじゃなくて、言い出しにくいだけだから!」
今にも近づいて来ようとしていたライの顔をぐいっと押しやって、私は息を整えた。
「あ、あのね……? リュコスさんから、その、元カノがいたって話を聞いて」
「は?」
「いや、違うの。だって、タイミング的に私と会う前のことだったら問題ないと思うし? ただ、どういうタイプの人だったのかとか、どうして別れたのかとか、気にならないと言えば嘘になるけど、あまりに個人的なこと過ぎるし、深く掘ったらいけないところだと思うから!」
「うん、分かったから、落ち着こうね、アイリ」
「おおおお落ち着いてるって。大丈夫だから! 別に話してくれなくても全然? というか、知らないままの方がいいかもしれないと思ったり思わなかったり?」
「はいはい、ちょっと落ち着こうね」
ぽんぽん、と頭を軽く撫でるように叩かれて、私は口を閉じて……それから顔を両手で隠した。なんか、勢いのままに言わなくてもいいことまで言ったような気がする。
「うん、駄犬は後で仕置きするとして、可愛いアイリが見られたのは良かったかな」
「もう、むしろ忘れて……」
「うん、忘れられないかな。発端が駄犬なのは許せないけど、アイリの気持ちは嬉しかったし」
視界を塞いだままの私の肩に、ライの手が回る。抱き寄せられるままに、こてん、とライにもたれかかる。
「リュコスが言った『元カノ』は、俺の婚約者のことだ」
「うん……」
質問しておいてなんだけど、こうしてライの口から聞くのは嫌だったな、なんて矛盾が生じている。知りたい、でも聞きたくない。なんてわがまま。
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