上 下
43 / 68

43.やらかした記憶はある

しおりを挟む
 なんだか、ちょっとだるい。
 それが最初に思ったことだった。

(ん、ちょっと寝過ぎた……?)

 もそもそと動くと、何故か動きを阻害するものがある。壁? 太い何かが巻き付いて……いる、ような。

「はぁ……っ!?」

 がばっと勢いよく上半身を起こせば、そこはカーテンに囲まれた寝台だった。自分の部屋じゃない、ライの部屋だと気づいて、そこで朝食後のあれこれの記憶が一気に脳裏に蘇って、顔を青くした。

「あああぁぁぁぁぁ~~~~……」

 頭を抱えて呻く。記憶があるのが恨めしい。いっそのこと記憶がなければ良かったのにと思うぐらい。

「おはよう、アイリ」
「あ、ライ、おはよ……う?」

 隣で寝ていたライに声を掛けられ、羞恥をやり過ごすのに必死だった私は、それに気づくのに遅れた。

「ライ……さん?」
「うん?」
「え、あ、そうだよね。ライだよね。分かってた! 分かってたけど、本当にこの記憶消えて欲しい!」

 隣のライは私よりも身長は高く、年相応の固い筋肉がつき、パっと見では20代に見えるぐらいに成長していた。成長するとは聞いていたけれど、まさか血を飲んですぐに成長するとか聞いてない。本当に聞いてないと思うことだらけだ。ここに来てから。

「記憶って、別に酔っぱらったわけじゃないんだから。……いや、あれもある意味では酒に酔ったのに近いのか?」

 すっかり低くなってしまった声に、ボーイソプラノが懐かしくなる。

「……忘れて」
「え?」
「もういいから忘れて! もうなかった! あれはなかったの!」
「忘れるのは無理だよ。アイリが可愛かったし、あんな甘えた声を出すアイリは」
「黙って! いい? 忘れるの。あれはなかった」

 自分でも信じたくない。あれが実際に起きたことだなんて。
 血を吸われるときのライの唾液が興奮剤になるとは聞いていたけど、そんなんじゃなかった。あれはやばい。絶対に理性がぶっとんでた。
 ライのぬくもりが気持ち良くてぴったりくっついて、我慢できなくなったライが狼になって(比喩)、初めてだというのに最終的に自分から動いてたとかいうあの記憶を、どうにかして闇に葬れないものか。

「でもアイリ、消せないこともあると思うよ?」
「いや、消せる。頑張れば消せるから!」
「……まぁ、アイリがそれでいいなら、別に構わないか。で、立てる? 寝ている間に体は拭いたけど、お湯に浸かりたいなら用意させるよ?」
「お湯を用意してもらうのもいたたまれないから、だいじょうぶ……」

 だって、それって、もう事後だってバレバレなわけじゃない! いや、もうバレてるのかもしれないけど!

「あと、俺としては全然構わないんだけど、あー、服、着る?」
「……あああぁぁぁぁ!」

 思わずシーツを引っ張り上げて潜り込んでしまった私の頭の上で、ライが笑っているのが聞こえた。


☆彡 ☆彡 ☆彡


「もういっそのこと、穴に埋めて欲しい……」
「いや、埋まらないでね? 食事にしよう?」
「お腹は空いたけど、食欲がない……」

 ジェインに着替えを運んでもらった私の足は、生まれたての小鹿状態だった。股関節あたりの力が入らず、ライの手を借りて何とか立ったところで、足がぷるぷる震えてしまうのだ。
 仕方なくライに運んでもらっているのだが、何故かライは満面の笑顔で元気いっぱいだった。というか、まだ成長したライの顔に慣れないので、至近距離で笑顔を見せられると、ちょっと動揺してしまう。美少年は成長したら美青年になった。いや、当然かもしれないけれど! 私の心臓が持ちません。

「ジェインはいつも通りだったけど、絶対リュコスさんに揶揄われる……」
「まぁ、あれは駄犬だから仕方ない」
「止めて。お願いだから」
「無理だな。あいつは息を吸うように失言するから」

 思わず両手で顔を覆って泣きたくなった。
 案の定、食堂に入ると既に待機していたリュコスさんが、にこにこと、いや、ニヤニヤとこちらを見て口を開いた。

「けさは、おたのしみでしたね?」

 もはや声もなくぷるぷると悶絶した私を、スマートに席に運んでくれたライは、リュコスさんの首根っこを文字通り引っ掴んで外へと運んで行ってくれた。少ししてから戻って来たけど、リュコスさんはすごく神妙な顔付きになっていた。

「ライ……? 何を言ったらああなるの?」
「大したことじゃない。アイリが俺にとってどんなに大事な人か、そんなアイリの気分を害するようなことを言うことがどれだけ愚かなことかを諭しただけだよ」

 しばらくは軽口も叩かないから安心して、と続けたライに、それでもしばらくなんだ、と思ってしまった。リュコスさん、どれだけ……いや、言うまい。

「ご主人様、急ぎ仕立て屋を呼びますが、それまでは……」
「あぁ、分かっている。公式の場に出ることもないし、多少サイズが合わなかろうが問題はない」

 そう、急成長したライは、この邸においてあった既製服を着ている。いつ急成長するか分からないということで、ある程度サイズが調整できる服を準備しておいたということだ。私の目では分からないけれど、やはりオーダーしたものとは、随分とシルエットが変わってしまうらしい。

「そこまで急がずとも、アイリのドレスが仕上がってきたタイミングで採寸してもらって構わない」
「かしこまりました」

 羞恥に震えたのは結局、最初だけで、いつも通りに食事を終えると、ライは仕事へ、私は自室へ戻ることになった。

「今日はゆっくり休んで。もし、本が読みたくなったら遠慮なくジェインに持ってきてもらうように」
「うん」

 ジェインの手を借りながら、ゆっくり歩く私を見て、ライはすっと近づいて耳に口を寄せた。

「次はちゃんと加減できると思うから」
「……!!」

 ぼん、と音を立てるかと思うほど、私の顔が真っ赤になったのは言うまでもない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「ユスティーナ様、ごめんなさい。今日はレナードとお茶をしたい気分だからお借りしますね」 先に彼とお茶の約束していたのは私なのに……。 「ジュディットがどうしても二人きりが良いと聞かなくてな」「すまない」貴方はそう言って、婚約者の私ではなく、何時も彼女を優先させる。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 公爵令嬢のユスティーナには愛する婚約者の第二王子であるレナードがいる。 だがレナードには、恋慕する女性がいた。その女性は侯爵令嬢のジュディット。絶世の美女と呼ばれている彼女は、彼の兄である王太子のヴォルフラムの婚約者だった。 そんなジュディットは、事ある事にレナードの元を訪れてはユスティーナとレナードとの仲を邪魔してくる。だがレナードは彼女を諌めるどころか、彼女を庇い彼女を何時も優先させる。例えユスティーナがレナードと先に約束をしていたとしても、ジュディットが一言言えば彼は彼女の言いなりだ。だがそんなジュディットは、実は自分の婚約者のヴォルフラムにぞっこんだった。だがしかし、ヴォルフラムはジュディットに全く関心がないようで、相手にされていない。どうやらヴォルフラムにも別に想う女性がいるようで……。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

処理中です...