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28.煽り煽られ主なのに
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「いや、ホンットにヘタレにも程があるっていうかさー」
(私、なにやってるんだろう)
トマトやらナスやら植えられている裏庭の菜園で、私は我が身を振り返っていた。
一応、私の中にも常識というものがあって、主の婚約者に対して軽い口調で話しかけるのはいかがなものだろう、という疑問はある。じゃぁ、そんな使用人? 従者? から、菜園を案内するからと散歩に誘われてホイホイついていく私の行動だって、ちょっと褒められたものではないという自覚もある。
(だからって、これは予想のさらに上よ……)
思わず額に手を当ててしまった私の目の前には、リュコスさんが立て板に水のごとく口を動かしては、主に対するダメ出しをしていた。びっくりするぐらいに滑らかに言葉が出てくるものだから、よほど鬱憤が溜まっているんだろうと推察できる。
「いやぁ、恋愛感情拗らせモンスターなのは知ってたけどさぁ、せっかく邸に呼び寄せたのに手も出さないなんて、あんた何年男やってるんだよって苦言も呈したくなるじゃん。爵位継承の前に、もだもだ甘酸っぱい恋愛やってる場合じゃないっての」
主に対する評価としてはどうなのかと思わないでもないが、要は婚約者のことも、爵位継承のことも手際よく進めて欲しいということのようだった。
「リュコスさんは、ライが私とどこで会ったのか知ってるんですか?」
「ん? もちろん。アイリちゃんに出会った後のご主人様は、メンドクサ、いや、鬱陶し……珍しい行動ばっかとってたし」
二回も言い直したわ、この人。
「オレっち的には? とっとと何もかもさらけ出してもらって、その勢いのまま後を継いで欲しいんだけどね? まさかここまでヘタレだとは思わなくてね?」
「あの、ヘタレ……は、さすがに言い過ぎじゃないかと」
「いや、ヘタレだよ。最終的にアイリちゃんに隣に立って欲しいって思ってるのに、カッコつけて負担を掛けたくないだの、知らせたくないことがあるだの、ヘタレじゃなくてなんだっていうの」
やはり鬱憤が溜まっているんだろう。主に対する要求に淀みがないもの。
「えぇと、それだけ慎重な性格だという解釈は……」
「ないない。結構大雑把だから。強いて言うなら前回みたいな失敗を恐れてるっていうヘタレなだけ」
「前回……?」
「おっと、口が滑り過ぎちゃった? まぁ、昨日のアレを見て叫んだり取り乱したり脱走したりしないアイリちゃんなら、そこまで心配しなくてもいいと思うんだけどね?」
にんまりと笑うリュコスさんは「あ、脱走は初日にやらかしたんだっけ?」と追い打ちをかけてきた。もう、そのことについては忘れたいのに。あれはもう、なんというか勢いだけだったから。
「ご主人様には悪いけどー、アイリちゃんのそういう芯の強さはオレっちも好みなんだ」
「へ?」
間の抜けた声を上げた私の視界が、くるりと回る。
「なっ……」
気づけば背中は納屋の壁、目の前にはリュコスさん、そして、私の顔のすぐ横にはリュコスさんの手が……という壁ドンの体勢になっていた。
「な、んですか」
「ん-? 言ったじゃん。オレっちの好みだって」
面白がるような笑みを浮かべたまま、リュコスさんが私を見つめている。身長は頭一つ分以上、リュコスさんが高い。そんな彼に至近距離で見下ろされると、圧迫感から恐怖がじわりとせり上がってくる。
「ね、ご主人様とどこで会ったか知りたいでしょ。ちゅー1回で教えてあげよっか?」
「……はい?」
「オレっちだって、ご主人様を裏切って情報流すのはすごくつらいし、それなら裏切る気分を共有した方が、お互いにいいよね?」
何が「いいよね」なのか分からない。自分もライを裏切るから、私にもライを裏切れと、そういう提案なんだと気づいた瞬間、私の感情が『怯え』から『憤り』に振りきれた。
「どう考えてもよくないわよね、それは!」
目の前からどけ、という意思表示変わりに、勢いよく拳を彼の腕にたたきつける。けれど、リュコスさんの腕はぴくりともしない。
「ん? もしかして全力だった? かーわいいなぁ、もう」
まるで獲物をいたぶるような笑みを浮かべたままのリュコスさんに、私の苛つきがピークに達し、もう平手をお見舞いしてやろうかと手を振りかぶる。
そうだ。ずっと苛々していた。
ライを軽んじるかのように、ヘタレだなんだとこき下ろす彼の言葉に。
私でさえライの想いがどれだけ重いものか理解しているのに、彼の仕事の手伝いをしているお前が悪く言うな、と。
「何をしてる」
突然、割り込んだ第三者の声に、私の平手打ちは残念ながらスイングする前で止まってしまった。
「おや、これはご主人様。お早いお付きで?」
「リュコス。オレは何をしているのかと聞いている」
「わたくしめはご主人様に危機感を持っていただきたかっただけでございます。起こりうる危険……については、もうご自覚いただけたかと」
いつも以上にへりくだった慇懃無礼な口調に、少し息を乱して到着したライが少しだけひるんだように見えた。
「…っ、うるさい。下がれ」
「はいはい、かしこまりー」
ぺらっぺらの紙みたいな軽い口調に戻ったリュコスさんは、ひらひらと手を振って離れて行ってしまった。残された私としては、非常に居心地悪いのだけど。
(えぇと、私の口から弁解するべき……なのよね?)
(私、なにやってるんだろう)
トマトやらナスやら植えられている裏庭の菜園で、私は我が身を振り返っていた。
一応、私の中にも常識というものがあって、主の婚約者に対して軽い口調で話しかけるのはいかがなものだろう、という疑問はある。じゃぁ、そんな使用人? 従者? から、菜園を案内するからと散歩に誘われてホイホイついていく私の行動だって、ちょっと褒められたものではないという自覚もある。
(だからって、これは予想のさらに上よ……)
思わず額に手を当ててしまった私の目の前には、リュコスさんが立て板に水のごとく口を動かしては、主に対するダメ出しをしていた。びっくりするぐらいに滑らかに言葉が出てくるものだから、よほど鬱憤が溜まっているんだろうと推察できる。
「いやぁ、恋愛感情拗らせモンスターなのは知ってたけどさぁ、せっかく邸に呼び寄せたのに手も出さないなんて、あんた何年男やってるんだよって苦言も呈したくなるじゃん。爵位継承の前に、もだもだ甘酸っぱい恋愛やってる場合じゃないっての」
主に対する評価としてはどうなのかと思わないでもないが、要は婚約者のことも、爵位継承のことも手際よく進めて欲しいということのようだった。
「リュコスさんは、ライが私とどこで会ったのか知ってるんですか?」
「ん? もちろん。アイリちゃんに出会った後のご主人様は、メンドクサ、いや、鬱陶し……珍しい行動ばっかとってたし」
二回も言い直したわ、この人。
「オレっち的には? とっとと何もかもさらけ出してもらって、その勢いのまま後を継いで欲しいんだけどね? まさかここまでヘタレだとは思わなくてね?」
「あの、ヘタレ……は、さすがに言い過ぎじゃないかと」
「いや、ヘタレだよ。最終的にアイリちゃんに隣に立って欲しいって思ってるのに、カッコつけて負担を掛けたくないだの、知らせたくないことがあるだの、ヘタレじゃなくてなんだっていうの」
やはり鬱憤が溜まっているんだろう。主に対する要求に淀みがないもの。
「えぇと、それだけ慎重な性格だという解釈は……」
「ないない。結構大雑把だから。強いて言うなら前回みたいな失敗を恐れてるっていうヘタレなだけ」
「前回……?」
「おっと、口が滑り過ぎちゃった? まぁ、昨日のアレを見て叫んだり取り乱したり脱走したりしないアイリちゃんなら、そこまで心配しなくてもいいと思うんだけどね?」
にんまりと笑うリュコスさんは「あ、脱走は初日にやらかしたんだっけ?」と追い打ちをかけてきた。もう、そのことについては忘れたいのに。あれはもう、なんというか勢いだけだったから。
「ご主人様には悪いけどー、アイリちゃんのそういう芯の強さはオレっちも好みなんだ」
「へ?」
間の抜けた声を上げた私の視界が、くるりと回る。
「なっ……」
気づけば背中は納屋の壁、目の前にはリュコスさん、そして、私の顔のすぐ横にはリュコスさんの手が……という壁ドンの体勢になっていた。
「な、んですか」
「ん-? 言ったじゃん。オレっちの好みだって」
面白がるような笑みを浮かべたまま、リュコスさんが私を見つめている。身長は頭一つ分以上、リュコスさんが高い。そんな彼に至近距離で見下ろされると、圧迫感から恐怖がじわりとせり上がってくる。
「ね、ご主人様とどこで会ったか知りたいでしょ。ちゅー1回で教えてあげよっか?」
「……はい?」
「オレっちだって、ご主人様を裏切って情報流すのはすごくつらいし、それなら裏切る気分を共有した方が、お互いにいいよね?」
何が「いいよね」なのか分からない。自分もライを裏切るから、私にもライを裏切れと、そういう提案なんだと気づいた瞬間、私の感情が『怯え』から『憤り』に振りきれた。
「どう考えてもよくないわよね、それは!」
目の前からどけ、という意思表示変わりに、勢いよく拳を彼の腕にたたきつける。けれど、リュコスさんの腕はぴくりともしない。
「ん? もしかして全力だった? かーわいいなぁ、もう」
まるで獲物をいたぶるような笑みを浮かべたままのリュコスさんに、私の苛つきがピークに達し、もう平手をお見舞いしてやろうかと手を振りかぶる。
そうだ。ずっと苛々していた。
ライを軽んじるかのように、ヘタレだなんだとこき下ろす彼の言葉に。
私でさえライの想いがどれだけ重いものか理解しているのに、彼の仕事の手伝いをしているお前が悪く言うな、と。
「何をしてる」
突然、割り込んだ第三者の声に、私の平手打ちは残念ながらスイングする前で止まってしまった。
「おや、これはご主人様。お早いお付きで?」
「リュコス。オレは何をしているのかと聞いている」
「わたくしめはご主人様に危機感を持っていただきたかっただけでございます。起こりうる危険……については、もうご自覚いただけたかと」
いつも以上にへりくだった慇懃無礼な口調に、少し息を乱して到着したライが少しだけひるんだように見えた。
「…っ、うるさい。下がれ」
「はいはい、かしこまりー」
ぺらっぺらの紙みたいな軽い口調に戻ったリュコスさんは、ひらひらと手を振って離れて行ってしまった。残された私としては、非常に居心地悪いのだけど。
(えぇと、私の口から弁解するべき……なのよね?)
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