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02.現状を改めて整理

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「マリー、悪いのだけど、今日の代わりに来週のどこかの当番を代わってもらえないかしら?」
「え?」

 振り返ったマリーの顔には「そんなことする必要あるの?」と書いてある。私はできるだけ申し訳なさそうな表情を浮かべて、少しばかりうつむきがちな角度で口を開いた。

「マリーも忙しいのは知っているのだけれど、私も、その……半月後の準備をする時間が欲しくて」

 その言葉に誰よりも速く反応したのは、それまで会話を聞き流していた叔母だった。

「まぁ! それは大変だわ! ねぇ、マリー。代わってあげなさいな。なんと言ってもザナーブさんに迷惑をかけてはいかないから」

 予想通り、私の擁護に回ってくれた叔母の言葉に、マリーの表情が醜い感情で満ちるのが分かる。だが、マリーには反論の材料はない。

「あなたも何度もアイリに畑仕事を代わってもらってるじゃない。いいわね?」
「……わかったわよ」

 今にも舌打ちをしたくてたまらない、そんな感情を飲み下したマリーは、吐き捨てるように返事をすると、足音も荒く自室へ去って行った。
 ザナーブの名前を出さなければ、叔母は援護射撃をしなかっただろう。次男とはいえ、村長の息子との結婚は、叔母夫婦にとって決して少なくない利益になるのだ。それも、相手側から打診しているのだから、なおさらに。

「ねぇ、アイリ。もし支度に手間取るようなことがあれば、いつでもいいなさいね。手伝うわ。何だったら、畑にも出なくていいのよ。うちにはマリーがいるんだし」
「とんでもない! 実の娘でない私を、ここまで育ててくださっただけでも、おばさまには感謝しているんです。最後まで、できる限り家の仕事もさせてください」

 慌てた私は真摯な眼差しで叔母を見つめる。「そんなに言うなら」と叔母が納得してくれたところで、私は小さく頭を下げて自分の部屋へと戻った。

「――――感謝? まさか」

 誰もいない部屋の中、小さな呟きがこぼれた。
 一二歳でここへ引き取られた私は、まだ他人を疑うということも知らなかった。血縁である叔母のことを信用しきっていたのだ。その結果がこれだ。両親が私に残してくれたものの大半を掠め取られることになってしまった。母の娘時代の服はマリーのものとなり、父の財産は私の養育費という名目で叔母夫婦のものとなり、酒代や借金返済に充てられたということは、何年も経ってから、近所の噂好きでおせっかいなおばさん経由で知らされた。
 極めつけは、半月後に控えた結婚だ。
 ザナーブは村長の次男で、はっきり言って、穀潰しのドラ息子以外の何者でもない。母親譲りの整った顔立ちや、よく回る口、ついでに村長の息子という肩書のおかげで村の娘たちからは受けが良く、マリーもどうやらアレのことが好きだったらしい。そのアレが何をどう考えたのか知らないが、私と結婚すると言い出したのは、およそ一年前のことだった。

(正直、ありえないし、何かの間違いとしか思えなかったわ……)

 村長から結婚の打診をされた叔母夫婦は二つ返事で承諾した。そこに私の意思は考慮されていないし、マリーからの当たりも強くなった。私には不利益しかない。

「あと半月、か」

 私は叔母が昔使っていたというボロい寝台の下から、茶色のズタ袋を引っ張り出した。きっちりと締めていた紐を解き、中を覗き込むと、うん、と頷く。
 半月後に、私はこの家から解放される。ザナーブの嫁となって。もちろん、お断りだ。
 寝台の隣の壁をそっと撫でる。何度もこの壁に爪を立てて、自分の無力さに涙した。娘同然と口にしながら、叔母夫婦は実の娘であるマリーに甘く、私は突然舞い込んだ金蔓であり、使いやすい労働力でしかなかった。
 ザナーブの婚約者となってからは、随分と待遇はマシになった。それまでが酷すぎたとも言える。何年も酷い待遇をされてきたものが、たった一年の好待遇で好感度が上がるとでも思っているのだろうか、あの叔母夫婦は。
 ザナーブが私を選んだ理由は後で知った。私が村長の威光を使っても簡単に靡かないこと、私の見た目が他の村娘より良かったということらしい。

『あなたの髪は最上級の絹糸だね。深海の瞳は真実を映す鏡。バラ色の唇は、妙なる天上の調べを紡ぎ出す。きっと年頃になれば、婚約者が列を作るんじゃないの?』

 私の大切な友達が、冗談とお世辞を交えて送ってくれた言葉だ。それが予言だったのか、見事に私の見た目は異性の気を引いた。見た目なんて、そんなのはどうでもいいのに。

『あなたの魅力は外見じゃないよ。その強い意志を持った瞳。それだけは忘れないで』

 そう褒めてくれた彼女こそ、私よりももっと綺麗な顔立ちをしていた。数少ない私物の手鏡を持って、改めて自分の顔を見る。うん、真ん中よりは少し上の造形かもしれないけれど、アデルの方がずっと整っていた。確認終了。

「アデル……」

 私は両親の姿絵を入れた額を見つめながら、彼女の名前を呟いた。
 彼女とは、両親と街に住んでいた頃に遊んだ間柄だ。どこかミステリアスな雰囲気を醸し出す彼女のことを、私は憧れと親愛の眼差しで見つめていた。

(また会いたいわ。アデル)

 事情があって街から離れると別れを告げに来た彼女に、私は「また来てくれるのを待ってるから」と口にしたのに、両親が亡くなってしまったことでその約束を果たせないでいる。

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