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55.俺、深く考えたくない

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「仕方ない、もう少し泳がせていても良かったが、動くとするか。今回のことで兄上殿もご立腹のようだ」
「そうなさった方がよろしいかと」
「アレの身柄は?」
「既に確保済みです」

 俺の頭の上で、なんだか真剣な話がされている。会話をしているのは、無事に回復したアウグスト殿下と、第二研究所の主席研究員でもあるミモさんだ。
 ただし、寝台に腰掛けたアウグスト殿下は、まるで人形のように俺を膝の上に乗せて抱きしめている。そこが問題だ。大問題だろう。
 なお、余剰魔力を俺が吸い取ったことで意識を取り戻した殿下は、常備薬――火傷薬を肌に塗りたくっていた。薬なのに魔力が籠もっているというその薬の効果はてきめんで、あれだけ酷かった火傷痕が、今ではうっすらとした痕が残るだけになっている。魔族の薬って凄すぎる、と唖然としていたら、魔族の間でも、すごく希少で高価なものなんだとか。ただ、無属性の魔晶石があればかなり楽に作れるとは言っていたけど。

「あのー……、俺、厨房に行っても?」
「そうだな。アレの確保が終わっているならば……いや、お前、身体に変調はないか?」
「いえ、特には。強いて挙げるなら、エンが――」

 俺の視線の先にいるエンをちらりと見て、殿下は「あれはいい」とさらりと無視した。いや、無視できる状況か?

「随分と俺の魔力を吸い取った筈だが、本当に何もないんだな?」
「? はい、いつも通りですけど」

 俺の答えに、何故か殿下がため息をついた。ついでにミモさんも呆れた様子で俺を見ている。別にいつも通りで変わらないと思うんだけどなぁ。

『気にしたところで仕方がないぜ。ミケっちはこういうもんだって割り切らねぇとな』
「そうだな。だが、魔力量だけは計測しておくがよい。今後の解析の足しになるやもしれん」
「はぁ……」

 そんなに言うほど殿下の魔力を吸い取ったのかな。いや、エンを見れば予想はつくけれど。
 俺の中でされた火属性を吸収したエンは、劇的なパワーアップを遂げていた。率直に言うなら、手のひらサイズだったその身体が、両手で抱えるほどのサイズになっている。丸っこい体型は変わっていないので、かわいらしいことはかわいらしいが、その体格差に、スイとアンは複雑そうな表情を浮かべている。
 とりあえず、許可は貰えたようなので、俺は所長室を出て、まず研究室に向かう。それぞれが勝手に研究を続けている、いつも通りの風景なんだが、つい、その人影を探してしまった。確保した、と言っていたから、いないと分かっているはずなのに、俺はまだどこかで信じたくないと思っていた。

「エンツォ、ミモさんから魔力量を測定しておくように言われたんだが、ちょっと頼んでもいいかな」
「あぁ、別に構わない」

 俺一人では計測ができないので、一番頼みやすいエンツォに声を掛ける。いつも通りに測定器を引っ張り出し、俺は測定器の水晶に触れる。

「はぁ!?」

 エンツォが測定結果に目を丸くした。そういえば殿下も心配していたっけ。そんなにたくさん吸い取ったのかな。

「ミケーレの身体はどうなってるんだ?」
「どうなってるって、普通だけど……」

 少なくとも普通の人間のはずだ、と思いながら、俺も測定結果を確認する。

「おぉ、随分とぶっちぎってる。改めて殿下ってすごいんだな」

 初めて5桁の数値を見た。余剰魔力だけで5桁とか、本当に殿下の魔力量は半端ない。

「いや、1桁でも5桁でも変わらず平然としてるミケーレも、すごいというか、おかしいからな?」
「ひどいな」

 俺の測定結果をこっそり盗み見していた他の研究員の中からは、「やっぱり次は火の精霊に違いない」なんて声を挙げている人もいる。変に驚かれないようにとエンを含む三人を先に厨房に向かわせておいて良かった。……って、賭けの結果出てるじゃん。ただ、それを喋っていいのかどうかは、一応ミモさんと殿下に確認してからにしよう。
 俺はエンツォに礼を言うと、厨房に向かう。残念なことに、夕食まで時間はあまりない。色々ぶっこんで煮込んだ麺類で何とか凌ごう。
 俺はエン・スイ・アンに手伝ってもらいながら、夕食の支度に集中した。他の余計なことを考えない時間が過ごせるのは、少しだけ、助かった。

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