52 / 57
52.俺、絶対に笑ってはいけない
しおりを挟む
腕が痛い。首もちょっと痛いのは、寝違えたかな?
そう考えながら目を開いた瞬間、のんきな考えは全て吹っ飛んだ。
まず、ここはどこだ? 少なくとも、俺が知っている場所じゃない。真っ白な壁、飾り棚には謎のきらきらしいオブジェ、少し趣味を疑うような絵画がゴテゴテした額縁に収まり、足下には毛足の長い絨毯が敷かれている。
(うん、少なくとも第二研究所じゃないな)
色々と高価そうな調度品に、俺は頷く。動きの取れない自分の身体を見下ろすと、イスに座らされた状態で、ロープで縛られていた。腕と首が痛い理由が分かったところで、再び周囲を見回す。すると、少し離れた所にあるテーブルの上に、2つの小さなケージが見えた。第二研究所で生体実験用にと飼われていた小動物が入っていたようなケージだ。それと違うのは、一つはぼんやり青く光り、もう一つは赤く光っていることぐらいだ。
中に何が……と目を凝らしたところで、俺の口からようやく声が出た。
「エン! スイ!」
青く光るケージにはエンが、赤い方にはスイが閉じ込められていた。何やら二人とも暴れているようだが、何故か声は聞こえない。
『相反する性質の魔力を籠めることで、二人が脱走しないようにしているんですの』
密やかな声は、俺の胸元から聞こえた。シャツの襟からちょこん、と顔を出したのはアンだ。どうやら、中に入っていたおかげで、エンとスイのような目には遭わずに済んだらしい。
「アン、ここがどこか分かるか?」
『……第一研究所、と言ってましたの』
アンの言葉に、俺は納得した。何というか、予想通りで逆に落ち着いた。
恐怖で取り乱したり、ということがないのは、自分が殺されるようなことはないだろうという楽観的な考えがあるからか、それとも、三人に無様なところを見せたくないというちっぽけな矜持からなのか。たぶん、後者だろう。
(どうにかしてエンとスイを救出しないとな)
二人が自分で脱走できないなら、俺がどうにかしないといけない。第一研究所の奴らは、俺が作る魔晶石だけでなくエンとスイまで取り上げようとしてるんだ。魔晶石はともかく、二人を渡すわけにはいかない。
そのためには、まず冷静に状況を把握することが必要だ。
「アン、俺たちをここへ連れて来たのは……」
俺は、聞きたくなかった質問を口にした。
「俺が知っている人か?」
『……はい、ですの』
あぁ、いやだな。どうしてこう嫌な予測っていうのは当たるんだ。
俺は目眩を堪えながら、質問を続けた。
「それは、アンの元になった……闇属性の持ち主か?」
『そうですの……』
とりあえず、そこまで聞ければ十分だ。それが誰か、なんて今は聞かない。そういうのはいずれ分かるものだし、無事に帰ってからアンに確認したっていい。
『誰か来ますの!』
「アンはできるだけ隠れてて。たぶん、アンの存在はバレてないだろうから」
『はいですの!』
アンが俺のシャツの中に引っ込んでからすぐ、扉の開く音がした。
「どうやら起きたようだな!」
無駄にでかい声の持ち主は、ゆっくりと俺の前に立つと、俺の顔を覗き込んで来た。それはつまり、俺もその相手の姿を目にするわけで――――
(ぐ……ふぅっ!)
声を出さずに耐えた俺を褒めて欲しい。いや、自分で褒めればいいのか。
(カエル……! カエルだろこれ絶対!)
俺の目の前に立ったのは、灰色のカエルだった。いや、違うけど。
魔族特有の灰色の肌は別にいい。だが、背はあまり高くなく……というか、俺よりも低い。そしてその体型だ。まるまると太った身体は、明らかに運動不足と食べ過ぎだろう。顔にいくつも吹き出物が出ているのも、同じ理由なんじゃないだろうか、と勝手に予測する。
問題は魔族の大きな特徴の一つである角だ。頭頂部に近いあたりから2本生えた白い角は、左右それぞれ外側に向けてぐるぐると弧を描き、弧の内側に入った先端部分が少し黒っぽいせいで、頭の上に大きな目玉が乗ったように見える。本物の目はやたらと小さく顔の中央に寄っているせいで、カエルの鼻の穴にしか見えないし、さらに本人のこだわりなのか、鼻の下から左右に伸ばした|髭――カイゼル髭と言っただろうか――がこれまたコミカルな印象を与える。残念ながら頭に髪がないせいで、余計にカエル感がマシマシだ。
はっきり言おう。カイゼル髭を付けたコミカルなカエルにしか見えない。
(笑うな俺! 絶対笑ったら殺される!)
まさか笑いで生死を左右するとは思いたくないが、第一研究所の奴らの怒りの沸点が低いことは、よく分かっている。
たとえ窒息死寸前になろうが、笑ってはいけないと必死で口を閉じた。
そう考えながら目を開いた瞬間、のんきな考えは全て吹っ飛んだ。
まず、ここはどこだ? 少なくとも、俺が知っている場所じゃない。真っ白な壁、飾り棚には謎のきらきらしいオブジェ、少し趣味を疑うような絵画がゴテゴテした額縁に収まり、足下には毛足の長い絨毯が敷かれている。
(うん、少なくとも第二研究所じゃないな)
色々と高価そうな調度品に、俺は頷く。動きの取れない自分の身体を見下ろすと、イスに座らされた状態で、ロープで縛られていた。腕と首が痛い理由が分かったところで、再び周囲を見回す。すると、少し離れた所にあるテーブルの上に、2つの小さなケージが見えた。第二研究所で生体実験用にと飼われていた小動物が入っていたようなケージだ。それと違うのは、一つはぼんやり青く光り、もう一つは赤く光っていることぐらいだ。
中に何が……と目を凝らしたところで、俺の口からようやく声が出た。
「エン! スイ!」
青く光るケージにはエンが、赤い方にはスイが閉じ込められていた。何やら二人とも暴れているようだが、何故か声は聞こえない。
『相反する性質の魔力を籠めることで、二人が脱走しないようにしているんですの』
密やかな声は、俺の胸元から聞こえた。シャツの襟からちょこん、と顔を出したのはアンだ。どうやら、中に入っていたおかげで、エンとスイのような目には遭わずに済んだらしい。
「アン、ここがどこか分かるか?」
『……第一研究所、と言ってましたの』
アンの言葉に、俺は納得した。何というか、予想通りで逆に落ち着いた。
恐怖で取り乱したり、ということがないのは、自分が殺されるようなことはないだろうという楽観的な考えがあるからか、それとも、三人に無様なところを見せたくないというちっぽけな矜持からなのか。たぶん、後者だろう。
(どうにかしてエンとスイを救出しないとな)
二人が自分で脱走できないなら、俺がどうにかしないといけない。第一研究所の奴らは、俺が作る魔晶石だけでなくエンとスイまで取り上げようとしてるんだ。魔晶石はともかく、二人を渡すわけにはいかない。
そのためには、まず冷静に状況を把握することが必要だ。
「アン、俺たちをここへ連れて来たのは……」
俺は、聞きたくなかった質問を口にした。
「俺が知っている人か?」
『……はい、ですの』
あぁ、いやだな。どうしてこう嫌な予測っていうのは当たるんだ。
俺は目眩を堪えながら、質問を続けた。
「それは、アンの元になった……闇属性の持ち主か?」
『そうですの……』
とりあえず、そこまで聞ければ十分だ。それが誰か、なんて今は聞かない。そういうのはいずれ分かるものだし、無事に帰ってからアンに確認したっていい。
『誰か来ますの!』
「アンはできるだけ隠れてて。たぶん、アンの存在はバレてないだろうから」
『はいですの!』
アンが俺のシャツの中に引っ込んでからすぐ、扉の開く音がした。
「どうやら起きたようだな!」
無駄にでかい声の持ち主は、ゆっくりと俺の前に立つと、俺の顔を覗き込んで来た。それはつまり、俺もその相手の姿を目にするわけで――――
(ぐ……ふぅっ!)
声を出さずに耐えた俺を褒めて欲しい。いや、自分で褒めればいいのか。
(カエル……! カエルだろこれ絶対!)
俺の目の前に立ったのは、灰色のカエルだった。いや、違うけど。
魔族特有の灰色の肌は別にいい。だが、背はあまり高くなく……というか、俺よりも低い。そしてその体型だ。まるまると太った身体は、明らかに運動不足と食べ過ぎだろう。顔にいくつも吹き出物が出ているのも、同じ理由なんじゃないだろうか、と勝手に予測する。
問題は魔族の大きな特徴の一つである角だ。頭頂部に近いあたりから2本生えた白い角は、左右それぞれ外側に向けてぐるぐると弧を描き、弧の内側に入った先端部分が少し黒っぽいせいで、頭の上に大きな目玉が乗ったように見える。本物の目はやたらと小さく顔の中央に寄っているせいで、カエルの鼻の穴にしか見えないし、さらに本人のこだわりなのか、鼻の下から左右に伸ばした|髭――カイゼル髭と言っただろうか――がこれまたコミカルな印象を与える。残念ながら頭に髪がないせいで、余計にカエル感がマシマシだ。
はっきり言おう。カイゼル髭を付けたコミカルなカエルにしか見えない。
(笑うな俺! 絶対笑ったら殺される!)
まさか笑いで生死を左右するとは思いたくないが、第一研究所の奴らの怒りの沸点が低いことは、よく分かっている。
たとえ窒息死寸前になろうが、笑ってはいけないと必死で口を閉じた。
0
お気に入りに追加
145
あなたにおすすめの小説
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる