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45.俺、賭けのネタにされる

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「なんだ、この表……?」

 いつものように食事作りの合間に研究室の掃除をしとこう、とやってきた俺は、壁に貼られた表に唖然とした。
 縦に火や水などの属性がずらりと並び、その横には研究員の名前と数字が並んでいる。研究員の持つ属性なのかと気を付けて見るが、水属性が強いはずのシンシアの名前が火の所にある時点で違うのだと分かる。

「それは次に生まれる精霊がどれか、賭けてるんだねぃ」
「シャラウィ?」

 表の前に立ち尽くしていた俺に声を掛けてきたのは、研究室一番の若手、シャラウィだった。聞けば、シャラウィがこの表を書かされたらしい。賭け金の管理はまた別の研究員なんだとか。

「これ、火属性が人気過ぎるんだが」
「殿下の属性が強いって考える人が多いんだねぃ。でも、それだと賭けとして面白くないっていう人もいるんだねぃ」

 確かに風やら土やらにも名前と数字が書かれている。……ん? 全属性に金額を変えて賭けてる人もいるな。どれが出ても損をしない配分とか考えているのか?
 一番不人気なのは水属性か。まぁ、スイが出たばかりだからこれは仕方ないだろう。

(たぶん、同じ属性はもう出ないって話はあまり知られてないんだろうな)

 ミモさんとエンツォがしっかり火属性以外に賭けているところを見ると、下手に俺がその話を漏らすと恨まれるな。火属性に賭けてるシャラウィには悪いが、涙を飲んで貰おう。

「こういうのって、データから予測できたりしないのか? 俺が貰った魔力って、誰からどれだけ貰ったのか記録されてるだろう?」
「その人によって属性の濃さみたいのがあるみたいなんだねぃ。だから、同じだけ貰っても、属性の溜まり具合が違うらしいんだねぃ」
「へぇ、……ってことは、シンシアはかなり濃い水属性なのかな」
「そうみたいだねぃ。もちろん、他にも水属性の研究員がいないわけじゃないけど。まぁ、個々人の属性の濃さに加えて、こうして掃除中とかに吸収してる分も計測不能だから、賭けが面白くなるって誰かが話していたんだねぃ」

 俺の中での『研究員』像は、もうかなりヒビが入っていたが、シャラウィの発言でとうとう崩れ落ちてしまった。
 研究員って言葉だけだと、真面目に毎日コツコツと頑張っているイメージを持つじゃないか。それなのに、何というか、合間に賭け事をしたりだとか、魔道具のデザインを自分の趣味で染めたりとか、他人の功績を奪い取ろうとしたりだとか……まぁ、研究員だろうが魔族だろうが、あまり人間と変わらないんだな。今更だけど。

「? 怒っていないのかねぃ?」
「怒る?」
「普通、こうやって賭け事のネタにされたら、怒るものだと思うんだねぃ」
「んー、でも精霊も出るときは出るだろうし、どの属性が出たからって俺が不幸になるわけでもないだろうし……、どの属性が出るかなんて、俺が意図的に変えられるわけでもないし……」

 なんて言ったらいいんだろうな。例えば、俺が馴染みの異性に告白してフラれるかどうか、なんて賭けをしていたら、そりゃ怒ると思うんだ。フラれる方に賭けたヤツは俺の不幸を願ってるってことになるし。
 でも、次のどの属性の精霊が生じるか、なんて、俺にも分からないし、俺がどうこうできる問題じゃないし、どの属性が出ても俺は受け入れるしかないし、それこそ道を歩いていたら石に蹴躓くみたいなレベルでどうしようもないと思うんだ。だからなのか、俺にとってどこか他人事みたいなもんなんだよな、どの属性かって。
 俺が言えることは、できるだけその結果が分かる日が遠くであって欲しい、ってことだけだ。吐き出すときは、すごく苦しいから。

「んー、これ、俺って参加してもいいのか?」
「それは構わないんだねぃ。でも、大事な給金を使っちゃっていいのかねぃ?」
「ちょっとぐらいなら大丈夫だろ。それに、料理と掃除に加えて魔晶石の分まで貰ってるから、余裕はでてきたぞ?」
「それなら、今度、美味しいものを奢って欲しいんだねぃ」

 奢る……って、シャラウィはどうも弟分気質なのか、こうやって甘えるときがあるよな。ここの研究所を出ることが許可されてない俺が、さすがに何かを奢ることはできないが、ちょっとしたものなら……、うん。

「それなら、ちょっと新作の味見をしてみるか?」
「味見?」

 俺はシャラウィの耳を借りると、先日仕込んだジンジャーの砂糖漬けと、仕入れたばかりの天然炭酸水の話をする。すると、シャラウィの深緑の瞳がみるみる大きく見開かれた。

「ぜひお願いしたいんだねぃ!」
「分かった分かった。今、ちょっとだけ厨房に来られるか?」
「行くに決まってるんだねぃ!」

 なんだろう。何故かシャラウィの後ろに犬の尻尾みたいなのが見える気がする。そりゃもう、ぶんぶんと勢いよく振られて、たぶん当たったら地味に痛いヤツだ。

「シャラウィの口に合うかどうか分からないんだぞ?」
「大丈夫なんだねぃ!」

 どこが出所の自信なのか分からないが、満面の笑顔で断言されると、こちらもなんだか嬉しくなる。つまり、俺の料理の味に信頼が――――

「僕が今までマズいって思ったのは、生煮えのジャガイモとか腐りかけの肉ぐらいなんだねぃ!」
「……それは別の意味でマズいな」

 主に腹を壊すとか、そういう意味で。
 なんか、料理の腕云々じゃなくて、純粋に何でも美味しく食べられる系の人だったのかと、俺は地味に落ち込んだ。両肩に乗ったエンとスイが、ぽんぽん、と軽く叩いてくれるのが、ちょっとだけしょっぱく感じた。
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