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41.俺、厄介事を察知する

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 唐突で済まないが、人間、何度も厄介事に襲われると、自然と嗅覚が発達して、危機を避けることができるようになると思う。
 たとえば、俺がまだお邸で働いていた頃、奥様や旦那様、坊ちゃんの機嫌が悪いと、まず周囲に当たり散らしていた。そうすると、八つ当たりされた使用人は、よりカーストの低い位置にいる俺で鬱憤を晴らそうとしたりするわけで。何度か似たようなことを繰り返された結果、俺はヤバそうな気配がすると、仕事をしながら気配を隠すことを覚えたというわけだ。
 八つ当たり程度なら別に、と思う人もいるかもしれない。だが、考えてみて欲しい。お邸のトップに君臨する旦那様、奥様、坊ちゃんの三人が誰かに八つ当たりした場合、その相手が一人で終わることなどほとんどない。当たられた複数人が、全員俺で鬱屈を晴らそうとしたらどうなると思う? たった一人不機嫌になっただけで、俺にはその何倍もの影響が来るってことだ。あれ、おかしいな。俺、一応旦那様の血を引いてるはずなんだけどな。まぁ、認知されない愛人の子なんてそんなものだ。そのことについては、もう諦めはついてる。ただ、せめて他の使用人と同じ位置に居られれば、ということは何度考えたか分からない。

 まぁ、俺の生い立ちや境遇の話はどうでもいい。要は、厄介事の気配に対して、俺が他者より敏感に察知できるってことだ。

『ママ?』
「あー、うん。心配するな。大丈夫だから」

 胸ポケットの中のエンとスイを宥め、俺はせっせと寮の掃除をしていた。もうそろそろ夕食の仕込みに入りたいが、ギリギリまで移動するな、と俺の嗅覚・・が止めているのだ。
 第二研究所が騒がしくなったのは、昼食の片付けを終えた頃だった。ドヤドヤと何か大声で話しながら、足音もうるさく近付いてくる気配に、俺は研究室の掃除を途中で切り上げて寮の方へと移動した。こっちもまだまだ掃除のやりがいがある状況なので、仕事には困らない。埃だったり謎のシミだったりと汚れている通路をせっせと掃除していたが、離れた寮にいてもなお、たまに金切り声のようなものが聞こえてくる。

「それにしても、なんなんだろうなぁ」

 埃が定着してしまった窓の桟と格闘しながら呟けば、『風の精霊がいれば、音を拾えたのですが』とスイが落ち込む。

「気にするな。お前達がいてくれて助かってるから」

 エンとスイは掃除でも活躍しているのだ。スイがいればいちいち水を汲みに行かなくても済むのは言うまでもないが、熱を加えることで汚れが拭き取りやすくなったりもするのだ。

「アンタ、こんなところに居たの!?」

 声のした方を振り向けば、マルチアが俺に向けて人差し指を突きつけていた。

「こんなところに、って掃除をしてただけなんだけどな」
「フロアの掃除をしてたと思ったのに、いつの間にか姿が見えなくなってたから、持ってかれたのかと思って主席が心配してたのよ」
「持ってかれたって、俺は備品か何かか?」
「第一の奴らが来て、無属性の魔晶石をありったけ出せって喚くもんだから、てっきりあれは陽動で、アンタのことに勘付いたのかもって思って」

 あの、マルチアさん……。できれば俺の自虐的な備品発言を否定して欲しかったんだけどな。

「……ったく、いつかは漏れると思ってたけど、予想以上に早いのよね」
「漏れるって、俺の話が?」
「そうよ。第一の奴らは、自分じゃ大した研究もしないくせに、予算とか他人の成果とか奪うのだけは熱心なんだから。今回だって、無属性の魔晶石は第一で使うのが当然、って感じで来るから、本当に頭に来るわ」

 そうか、奪うのは食材だけじゃないのか。なんていうか、そういう環境だから、あのコックも躊躇や遠慮がないんだな。あぁ、なんか納得した。

「第一研究所の人達は、まだ居座っているのか?」
「そうよ。主席やジジさんが応対してるけど、全然帰ろうとしないの。やんなっちゃうわ」

 困ったな。そろそろ夕食の仕込みに入りたいんだが。
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