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40.俺、深淵を覗く

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『ミンナ、ツナガッテルヨ?』
『世界についての知識は共有していますが、閲覧権限があると言いますか……』

 昼食の支度が一段落したのをいいことに、詳しく話を聞いてみると、どうやら精霊はその属性に関わらず、知識は根っこで繋がっているらしい。ただ、どこまでその知識を見ることができるのか、というのは、精霊としての格によって制限されているのだとか。
 え、この話って、俺が知ってて大丈夫なのかな。

「いや、全然大丈夫じゃないからな」
「あ、エンツォ。昼食か?」

 どうやら俺たちの話を聞いていたらしく、何やら頭痛を堪えるような仕草で厨房の入り口に立っていたのは、エンツォだった。その大きい図体にも関わらず、魔族偽装した俺と同じぐらいの――とても他人に危害を加えなさそうな――角の大きさには、安心感がある。

「今の話、一応ミモさんに上げとくぞ?」
「エンツォがそう言うってことは……」
「初耳だ。ミモさんレベルなら知った話なのかもしれないが、上げとくにこしたことはないからな」
「そうなのか……」

 何やら精霊という存在の根幹に関わる話だったらしく、苦労性のエンツォは頭痛がする思いだったようだ。

「なんか、すまん。あぁ、皿に盛るから、ちょっと待ってくれ」

 茹でておいた麺をさっと水で洗い、皿に盛ると、茹でた薄切り肉と野菜をその上に乗せて、最後にセサミをふんだんに使ったソースを掛けた。今日は少し蒸し暑いので冷製パスタだ。研究室は空調が効いているから、あまり関係ないけど。

「たぶん、ミモさんのことだ、根掘り葉掘り聞いてくると思うから、頑張れ」
「お、おぅ?」

 そういえば、スイが飛び出したときも、目を輝かせて観察していたっけ。ミモさんの研究って、精霊と深く関係があったりするのかな。

「いや、違う」

 エンツォに尋ねてみれば、精霊とは直接関係ないジャンルらしい。ちなみにミモさんの研究内容を尋ねてみたけど、さっぱり分からなかった。魔道具製作における魔力循環の効率化とその障害となる通魔時のロスの回避のためのスマートグリッドの構築云々……って言われても、何がなんだか。とりあえず、魔力を無駄なく使うためにどうすればいいかって話らしいけど。

「なんていうか、やっぱり国で運営してる研究所なわけだし、みんなすごいんだろうなぁ」

 昼食を乗せたトレイを手にしたエンツォを見送った俺は、なんだか場違い感というか劣等感というか、疎外感に近い感情に打ちのめされていた。いや、人間と魔族、って時点でアウェーなのは分かってるんだけど、やっぱり、お邸で使い潰される予定だった俺とは、全然違うんだよなぁ。
 汚い寮とか、散らかされた通路とか、隅に埃の溜まった研究室を思うと、そうは見えないんだけどさ。

『ママモ、スゴイ!』
『そうです。母上も掃除・洗濯・料理と幅広くこなしています』
「ありがとな」

 ちょっと落ち込みそうになっただけなのに、ちゃんと励ましてくれるエンもスイもいい子だよなぁ。あぁ、癒される。

「でも、まだ増えるんだろうなぁ。研究員たちの予想だと、殿下のおかげで次もまた火属性っぽいけど」

『ママ、ヒノセイレイ、エンダケ!』
『エンの言う通りです。新たに火の属性がこごっても、火の精霊は生じません』
「え? どういうことだ?」

 もしかして、また精霊の存在の深淵を覗き込むような話なのかと、ちょっと腰が引けながらも詳細を促す。
 エンとスイが交互に説明してくれたことによると、どうやら基本的に精霊の生じるスポットには1つの精霊しか生じないらしい。たとえば火山口に火の精霊が生じると、そこはその精霊の司る場になり、そこから何度噴火をしても、その火の精霊の力になるだけで、新たな精霊は生じないんだとか。もちろん、同じ山でも別の火山口が出来れば話は別だが。水の精霊についても同じで、泉の湧き出るスポットなどで一度精霊が生じたら、2人目以降は生じないらしい。もちろん、何らかの理由で一人目がその場所を離れた場合は、2人目が生じるらしいが。

「そうすると、俺っていうスポットに、エンとスイの二人が生じたことになるんだけど、それはいいのか?」
『属性が異なるため、共有という形になっているようです。非常に稀な例ですが、複数属性のスポットというのもありますので』

 スイは火山の噴火で火の精霊が生じ、噴火口が閉じて雨水などがたまれば水の精霊が生じることもあるという話をしてくれたが、そもそも噴火口が閉じるとか、よく分からない話だったので、一応納得したような相槌だけは打っておいた。いや、普通に暮らしてるだけなら、火山とか噴火口とか縁がないよな?

「色々と教えてくれてありがとうな。俺も頑張って勉強して、エンやスイのことを理解できるようになっておかないとな」

 俺から生じたとは思えないぐらい良い子な二人の頭を撫でると、なんだか心が穏やかになる。
 だが、そんな平和な時間は、駆け込むようにやってきたミモさんの怒濤の質問攻撃にあっけなく終了を告げたのだった。
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