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38.俺、母上になる

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「え、本当ですか?」
『おぅ、期待しとけよ、お前っち』

 朝の魔力測定を終えたところで聞かされた内容に、俺は小躍りしそうになった。
 殿下の余剰魔力を吸い取るのに、1つの寝台で寝なくてもよくなりそうだ、なんて聞かされたら、そりゃ浮かれるだろ。たとえ相手が眉目秀麗イケメンで包容力抜群でも、相手は男なのだ。寝台が狭いわけでもないのに、余剰魔力の受け渡しのために密着せざるを得ないなんて苦行だろう。相手は男なんだから。大事なことなので、何度だって言う。相手が柔らかふにふにでいい香りの女の子ならともかく、がっしり鍛え上げられた体躯をお持ちの男性なのだ。

『接触時間を短くしても問題ないぐらいに落ち着いているからな。一日数回の握手やハグ程度でも、お前っちがしっかり吸い取れるか様子を見てからだぜ?』
「あぁ、段階を踏まなきゃいけないのは問題ない。むしろ、安全策をとるなら当然だろ」

 殿下の御身は一つだけなんだ。そりゃ、当然の考えだろう。まぁ、それと同時に、殿下に不便を強いているであろう今の状況も、改善しなきゃなんないんだから、大変だ。

『もちろん、離れた場所でもお前っちに余剰魔力を渡せるようにする魔道具の開発は続けるけどな』
「あぁ、期待してるよ。その開発はミモさんがやっているのか?」
『シンシアみたいなのに任せるわけにゃいかねぇよ』

 そのネズミ氏の言葉に、俺は胸をなで下ろした。最近では慣れて来てしまっているとはいえ、この首輪を付けて日々を過ごすのは、その、なんというか、精神的ダメージがじわじわと……。

「あぁ、良かった。やっぱり、いい寝台でも誰かと共用してるって時点で、じわじわとストレスが溜まるもんなんだよ。もちろん、殿下の方もそうだろうけどさ。繊細さを持ち合わせてない俺が、もやもやするぐらいなんだから……?」

 俺はネズミ氏への感謝の言葉を切って、自分の胸に手を当てた。なんだか胸のあたりがムカムカする。というか、ちょっと体温下がってないか? それとも、俺の手のひらが温かいのか?

『どうした?』
「いや、ちょっと、うん、体調崩したのかな、なんか気持ち悪くて、吐きそうな感じが……」

 冷や汗がじわりと湧き出る。これはもしや、便所に行って吐いてしまった方がスッキリするんじゃないか?

『おい主! ミケっちが出産するぞ!』
「はぁ!?」

 出産ってそんなバカな、……いや、確かに、これはエンが飛び出してきたときにも似て――――

「んぐっ!」

 突然襲ってきた寒気に、俺は両腕で自分を抱きしめる。なんだ、この寒さ。誰か実験に失敗したとかか!?

『主ぃ! こっちだこっち! 見逃すな!』

 ネズミ氏は大声でミモさんを呼んでいる。というか、何気に酷いことを言っている気がする。だが、それどころじゃない。俺の胸の奥では、氷のように冷たい何かがぐるぐると渦巻いて、俺の寒気に拍車をかける。
 ちょっと待て、これ、凍死するやつなんじゃ……?
 とうとう立っていられなくなった俺が、膝をつく。だが、誰かが俺の肩を支えてくれた。ありがたい、研究室の床は俺がせっせと掃除してるとはいえ、変な液体とか諸々で汚れてたこともあるから、倒れ込みたくはない。

「おぶぉろろろろろっ」

 安酒を痛飲した後のように、俺はせり上がってきたものを吐き出す。やべー。後で掃除しないと。

「おぉ!」
「すっげー!」

 いつの間にか集まっていた研究員たちが、なんだか騒がしい。全部吐き出してすっきりした俺は、目に溜まっていた生理的な涙を袖で拭き、顔を上げた。

『母上―っ!』

 ぴちょっとほっぺに感じる、ひんやりした感触が気持ちいい。いや、そうじゃなくて。

「あー、やっぱり次は水属性だったか。シンシアが吸わせ過ぎなんだよ」
「ちょっとー、あたしだけじゃなくない? 水属性なら他にもさー」
「次はどの属性だろうなー。また殿下の火か?」
「こうなると全属性揃ってるの見たくなるよな」

 あぁ、研究員ってほんっと他人事だよな。俺、死ぬ気で吐き出してるってのに。
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