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29.俺、全身タイツを試される

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 食材をちょろまかす第一研究所のコックに対する反撃は、残念ながら食材待ちだ。ちょっと特殊なものなので、取り寄せに時間がかかるらしい。有用なら、定期的に仕入れてくれるとのことなので、ここらへんは交渉してくれたミモさんに感謝だ。

『おぅ、ミケっち』
「あ、どうも? ……って、ミモさんは?」

 料理の合間に研究員の寮を掃除するのが日課になっていた俺は、突然、俺の右肩に乗ってきたネズミ氏に驚いた。
 基本的に、主席研究員であるミモさんの代弁者となっているこの口の悪いネズミ氏は、単独行動することが少ない。当然、ミモさんもいるだろう、と思って周囲を確認するが、あの小柄な姿はなかった。

『今は俺っちだけだ。少し伝言があってな』
「あ、そうなんだ」

 ホウキを立てかけ、両手で受け皿を作ると、ネズミ氏はちょこちょこと俺の腕をつたって、両手にちょこんと立つ。なんだか可愛くてほっこりする姿なんだけど、何しろ口が悪いからなぁ……。

『アウグスト殿下の症状は随分と落ち着いているってよ。様子を見て添い寝の頻度を減らすって話だ』
「そうなんだ。それは良かった。じゃ、俺はまた寝袋生活に戻れるんだな」

 マルチアから貰った寝袋は、何度か日干しをしたらあの甘い香りも薄れてくれたので、今では普通に使える。ちょっと勿体ないことをした気もするけど、毎晩あんなどぎまぎしながら寝るのは、きっと身体に悪い。

『あと、シンシアの罰則研究がそろそろ形になったから、試験するってよ』
「了解。掃除用具を片付けたらすぐ向かうよ」

 ネズミ氏を見送って、俺は息をついた。
 シンシアの罰則研究というのは、俺の作る無属性の魔晶石を濫用した件の罰則だ。その研究内容は、俺をパッと見で人間と分からなくする方法を考えること。

(まぁ、角もなければ肌色も違うからなぁ……)

 多分、第一のコックの目とかが心配なんだろう。それ以外にも、研究所内に外の人間が来ることもあるらしいし。それが前もって連絡した上で来てくれるなら対処も楽なんだが、突発的に嫌みだけ言って帰る輩もいるらしいしな。主に第一の研究員が、憂さ晴らしに怒鳴り散らしに来るらしい。なんだそれって思ったけど、第一の研究員は大した研究結果もないくせに、プライドだけは高いのが揃っているらしい。それでいいのか、第一研究所。
 そもそも、第一研究所は、王が管理していたものを第一王子に下げ渡したものなので、研究員も王が管理していたときからあまり変わらないらしい。王様も放置だったんだろうか。第一王子もそんな面倒なもの貰って大変だろうなぁ。
 第一王子が第一研究所の、第二王子であるアウグスト殿下が第二研究所の所長という立場になっているので、何かと張り合うこともあるんだとか。権力闘争って大変だな、と一市民でしかない俺は思う。人生は平穏が一番だ。俺はもう波乱の真っ只中だけど。

「おっと、いけない。早く研究所の方に行かないと」

 シンシアの研究成果がどういった方向性のものかは知らないけど、使いにくいものじゃないといいなぁと思う。でも、シンシアだしなぁ。あまり期待はしないでおこう。

――――まぁ、シンシアの準備したものが、全身灰色タイツと角付きヘアバンドだったので、俺が試すまでもなく却下されたんだが。もちろん、ミモさんにめちゃくちゃ説教されたらしい。せめて魔道具で考えろって。

「良かったんだねぃ、アレじゃなくて」
「そうだな。さすがにアレを着て一日過ごすとか考えたくないな」
「僕もアレを着たミケーレが視界に入るだけで、爆笑する自信があるからねぃ」

 シャラウィの言う通りだ。きっと研究員の大半が腹を抱えて仕事にならないだろう。シンシアの提出したものは、それだけお粗末なものだった。やる気があるんだろうか。

「まぁ、シンシア姉さんはああいうアホなこともするけど、一度、まともな方向に向かえば問題ないんだねぃ。今回は、誰も指摘する暇がなかっただけなんだねぃ」
「そうなのか?」
「でなければ主席が罰則とはいえ、研究を命じないんだねぃ」

 言われてみれば、あの頼れるミモさんがそんな判断ミスをするとは考えにくい。あれだけ説教してくれてるから、今度はきっと――――

「ん?」

 俺は違和感を覚えて、胸のあたりを押さえた。
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