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13.俺、事情説明される
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「なかなか盛況だったらしいな」
仮眠室で寝るのも贅沢過ぎて慣れないな、と思いながら殿下の部屋――所長の執務室、という位置づけらしい――へ入った俺に、何やら書類を確認していたアウグスト殿下が苦笑交じりに問いかけてきた。
「盛況ってもんじゃないですよ。あまり使わないって聞いてたから量を加減したのに、追加で作らされる羽目になりました」
それは夕食の話だ。シャラウィやエンツォから、俺があの魔窟、じゃなかった厨房で、美味しい料理を作ったという話が瞬く間に研究員に広がり、作っておいた分はあっという間に終了してしまったのだ。事前に聞いておいたシャラウィの話に従って、片付けようとしたのだが、食べそびれた研究員たちの圧力に負けて、結局追加で作ることになってしまった。
「お前さえ良ければ、毎食作ってもらって構わないのだぞ?」
「いや、さすがに毎食はきついですよ」
現実逃避もあって今日は無心で作っていたが、本職でもないのに毎日厨房に立つのはどうかと思い、断りの返事を口にする。だが、アウグスト殿下はその緋色の瞳をきらり、と閃かせた。
「正式に予算を組んで給与を払っても良いのだが」
「そ……れは、確かに魅力的ですけど、でも、研究費に充てるために削ったって話じゃなかったんですか?」
「今のままでは無駄に食材を廃棄するだけだ。それに食事があれでは研究員の効率も落ちるというものだろう? 彼らも自分たちが不要と削ったものの大切さが身にしみた頃合いだろうしな」
つまり、当番制にしたときから、殿下にはこの結末が見えていたというわけだ。それでも研究員に分からせるために一度要望を受け入れた、と。あれ、殿下ってかなりの切れ者?
「それに、料理を担当すれば、お前の居心地も良くなるのではないか?」
「え?」
突然、思ってもいないことを言われ、俺はきょとんとした。
「一部の研究員からはモルモット扱いされているのであろう? 胃袋を握られていれば、あいつらも無理な実験はさせるまいよ」
「そ、れは、……確かに、そうかも」
俺の心がぐらぐらと揺れる。
料理担当としてある程度の信頼を得れば、実験動物として殺される心配をしなくても済むんじゃないか、という殿下の提案は魅力的過ぎる。
と、そこまで考えて、俺はかなり大事なことを知らされていないことに気付いた。
「あの、アウグスト殿下」
「うん?」
「えー……、もしよろしければ、なんですけど、差し支えなければ、俺がここへ連れて来られる原因になった殿下の事情とやらを伺っても?」
俺の質問に、殿下は目をぱちくりとさせた。いや、仕草だけは可愛いが、やはり殿下はいるだけでそこに凄みがあるので、和めない。
「なんだ。誰も説明しなかったのか」
「もしかしたら説明してくれる予定だったのかもしれないんですが、何分、俺が魔力を感じたり操作できない衝撃に忘れてしまったんじゃないかと……」
すると、殿下は大声を上げて笑い出した。
「それはあるかもしれないな。何しろ、魔族にとっては呼吸と同じぐらいたやすいことだ。それは衝撃であろうなぁ」
バンバン、と執務机を叩いて笑う殿下は、目尻に浮かんだ涙を拭った。
「オレの事情はそこまで隠しているわけではない。知っている者は知っている。それこそ、ここの研究員であれば全員な」
そしてアウグスト殿下は、自らの腕をまくって俺に突き出した。
「見てみるがよい。これがオレの抱える『問題』だ」
肘より少し下のあたり、何やら火傷のような痕がある。ただ、何かを押し当てられたような感じではなく、広い範囲を炙られたような印象を受けて、すわ拷問か、と俺の背筋に冷たいものが走った。
「オレの魔力は、魔族にしても多過ぎてな。定期的に抜いてはいるのだが、油断するとこうして溢れてしまうのだ」
「魔力が溢れると、火傷みたいになるんですか?」
「いや、これはオレの魔力が火の属性が強過ぎるがゆえ、だな。他の属性が強ければ、また別の症状が出るのであろうよ」
つまり、殿下は定期的に魔力を抜かないと勝手に火傷をする面倒な体質、ということでいいのかな。でも、魔力を抜くっていう対処法があるなら、そこまで問題でもないんじゃないだろうか。
そんな俺の疑問を感じとったのか、殿下は苦笑を浮かべた。
「魔力を抜き過ぎてもな、咄嗟のときに使えねば何かと差し支えるのだ。オレはこの通り、王の息子として権力を持つ身だ。魔力が多いというだけで、オレを次代の王として推そうとする輩もいる」
うへぇ、と顔に出てしまった俺を見て、殿下の笑みが苦笑から純粋な笑みに変わる。
「オレも気楽な一研究員でありたかった」
その言葉は真実なのだろう。確かに面倒な体質を抱えて権力闘争をするのは厳しそうだ。俺だったら絶対に投げ出して逃げる。でも、投げ出さないから殿下は殿下のままなんだろうなぁ。
「ほれ、もう寝るがいい。――――あぁ、明日の朝食はオレも食べたいな」
「つまり、オレが料理担当になるのは確定ということですか?」
「拒否はせぬのであろう?」
「……そうですね」
それなら頼むぞ、と殿下と契約完了の握手をし、俺は仮眠室へ、殿下は引き続き書類仕事に戻った。
――――あれ、俺がここで寝てると、もしかして、殿下が寝られない?
うーん、寝袋かなんか都合してもらって、厨房の片隅で寝られるようにした方がいいのかな。
そんなことを考えながら、俺は二日目の夜を過ごした。
仮眠室で寝るのも贅沢過ぎて慣れないな、と思いながら殿下の部屋――所長の執務室、という位置づけらしい――へ入った俺に、何やら書類を確認していたアウグスト殿下が苦笑交じりに問いかけてきた。
「盛況ってもんじゃないですよ。あまり使わないって聞いてたから量を加減したのに、追加で作らされる羽目になりました」
それは夕食の話だ。シャラウィやエンツォから、俺があの魔窟、じゃなかった厨房で、美味しい料理を作ったという話が瞬く間に研究員に広がり、作っておいた分はあっという間に終了してしまったのだ。事前に聞いておいたシャラウィの話に従って、片付けようとしたのだが、食べそびれた研究員たちの圧力に負けて、結局追加で作ることになってしまった。
「お前さえ良ければ、毎食作ってもらって構わないのだぞ?」
「いや、さすがに毎食はきついですよ」
現実逃避もあって今日は無心で作っていたが、本職でもないのに毎日厨房に立つのはどうかと思い、断りの返事を口にする。だが、アウグスト殿下はその緋色の瞳をきらり、と閃かせた。
「正式に予算を組んで給与を払っても良いのだが」
「そ……れは、確かに魅力的ですけど、でも、研究費に充てるために削ったって話じゃなかったんですか?」
「今のままでは無駄に食材を廃棄するだけだ。それに食事があれでは研究員の効率も落ちるというものだろう? 彼らも自分たちが不要と削ったものの大切さが身にしみた頃合いだろうしな」
つまり、当番制にしたときから、殿下にはこの結末が見えていたというわけだ。それでも研究員に分からせるために一度要望を受け入れた、と。あれ、殿下ってかなりの切れ者?
「それに、料理を担当すれば、お前の居心地も良くなるのではないか?」
「え?」
突然、思ってもいないことを言われ、俺はきょとんとした。
「一部の研究員からはモルモット扱いされているのであろう? 胃袋を握られていれば、あいつらも無理な実験はさせるまいよ」
「そ、れは、……確かに、そうかも」
俺の心がぐらぐらと揺れる。
料理担当としてある程度の信頼を得れば、実験動物として殺される心配をしなくても済むんじゃないか、という殿下の提案は魅力的過ぎる。
と、そこまで考えて、俺はかなり大事なことを知らされていないことに気付いた。
「あの、アウグスト殿下」
「うん?」
「えー……、もしよろしければ、なんですけど、差し支えなければ、俺がここへ連れて来られる原因になった殿下の事情とやらを伺っても?」
俺の質問に、殿下は目をぱちくりとさせた。いや、仕草だけは可愛いが、やはり殿下はいるだけでそこに凄みがあるので、和めない。
「なんだ。誰も説明しなかったのか」
「もしかしたら説明してくれる予定だったのかもしれないんですが、何分、俺が魔力を感じたり操作できない衝撃に忘れてしまったんじゃないかと……」
すると、殿下は大声を上げて笑い出した。
「それはあるかもしれないな。何しろ、魔族にとっては呼吸と同じぐらいたやすいことだ。それは衝撃であろうなぁ」
バンバン、と執務机を叩いて笑う殿下は、目尻に浮かんだ涙を拭った。
「オレの事情はそこまで隠しているわけではない。知っている者は知っている。それこそ、ここの研究員であれば全員な」
そしてアウグスト殿下は、自らの腕をまくって俺に突き出した。
「見てみるがよい。これがオレの抱える『問題』だ」
肘より少し下のあたり、何やら火傷のような痕がある。ただ、何かを押し当てられたような感じではなく、広い範囲を炙られたような印象を受けて、すわ拷問か、と俺の背筋に冷たいものが走った。
「オレの魔力は、魔族にしても多過ぎてな。定期的に抜いてはいるのだが、油断するとこうして溢れてしまうのだ」
「魔力が溢れると、火傷みたいになるんですか?」
「いや、これはオレの魔力が火の属性が強過ぎるがゆえ、だな。他の属性が強ければ、また別の症状が出るのであろうよ」
つまり、殿下は定期的に魔力を抜かないと勝手に火傷をする面倒な体質、ということでいいのかな。でも、魔力を抜くっていう対処法があるなら、そこまで問題でもないんじゃないだろうか。
そんな俺の疑問を感じとったのか、殿下は苦笑を浮かべた。
「魔力を抜き過ぎてもな、咄嗟のときに使えねば何かと差し支えるのだ。オレはこの通り、王の息子として権力を持つ身だ。魔力が多いというだけで、オレを次代の王として推そうとする輩もいる」
うへぇ、と顔に出てしまった俺を見て、殿下の笑みが苦笑から純粋な笑みに変わる。
「オレも気楽な一研究員でありたかった」
その言葉は真実なのだろう。確かに面倒な体質を抱えて権力闘争をするのは厳しそうだ。俺だったら絶対に投げ出して逃げる。でも、投げ出さないから殿下は殿下のままなんだろうなぁ。
「ほれ、もう寝るがいい。――――あぁ、明日の朝食はオレも食べたいな」
「つまり、オレが料理担当になるのは確定ということですか?」
「拒否はせぬのであろう?」
「……そうですね」
それなら頼むぞ、と殿下と契約完了の握手をし、俺は仮眠室へ、殿下は引き続き書類仕事に戻った。
――――あれ、俺がここで寝てると、もしかして、殿下が寝られない?
うーん、寝袋かなんか都合してもらって、厨房の片隅で寝られるようにした方がいいのかな。
そんなことを考えながら、俺は二日目の夜を過ごした。
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