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09.俺、無茶ぶりされる

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「じゃ、ちょっくらここに魔力を流し込んでみてくれ」

 午後イチで声を掛けてきたジジさんという研究員は、唐突に無茶ぶりをしてきた。

「え、あの……」
「大丈夫大丈夫! 痛くも痒くもねぇし、ほんのちょびっとでいいからよ!」

 バシバシと肩を叩いて謎の器具を指さすけれど、大問題がある。

「あの、俺、魔力を流すとかできないんだけど……」
「あぁん!?」
「ひっ」

 怯えてしまったのも無理はないと思う。なにしろこのジジさん。体格がよいのもあるが、頭に生えた角の向きが怖いのだ。耳の少し上あたりに生えた角は、やや後ろ向きに向かうかと思えば、ぐにゃりと曲がって正面を向いている。つまり、真正面から相対すれば鋭い角は常にこちらを向いているわけで……。
 だが、魔力は大してないと判定され、十年以上もその存在を考えることなく過ごしていた俺に、いきなり魔力を流せと言われても困るのは間違いない。

「普通は魔力ぐらい流せんだろうがよ。なんか気に入らねぇことでもあんのか?」
「いやいやいや、ないない、ないです! でも、魔法使いでもない俺は、そもそも魔力なんてどういうものかも分からないんですってば!」

 慌てて弁明する俺の言葉に、研究所がざわついた。というか、くじ引きで一番を引いたらしいジジさん以外の研究員も、自分の研究を進めるふりをしながら、なんだかんだ言ってこっちに耳を向けていたようだ。
 でも、俺、悪くないよな? だって、本当に魔力なんてよく分からないし。

「おいおい、マジかよ……」

 ガシガシと角の付け根あたりを掻くジジさんは、俺の手首を掴むと、午前中に使った魔力量を量る測定器の前まで引っ張っていく。

「とりあえず魔力の回復速度に問題ないか確認してから、魔晶石作って魔力の流れる感覚を覚えてもらうしかないな。……本当は無理矢理魔力を引きずり出したいが、一匹しかいないモルモットだしな」

 後半は小さな声ながら、隣の俺にはバッチリ聞こえてしまった。俺、やっぱり実験動物なんだな。ちょっと涙が出そうだ。代えのないモルモットで良かったと感謝すべきか悩ましい。ほら、希少なモルモットでなければ、ここに連れて来られることもなかったわけだし。

「ほら、そこに触れ」
「はい……」

 気づけば何人かの研究員が集まってきていた。口々に「魔力を流せないとか、人間はどうやって生活してるんだ?」とか囁きあっている。なんだか恥ずかしいやら申し訳ないやら腹立たしいやら。
 注目されていることを自覚しつつ、午前中と同じように水晶に触れると、結果を確認したジジさんの目が大きく見開かれたのが見えた。あれ、もしかして回復すらしてないとか、さらに問題を起こしたのか、俺?

「おい、モル、お前、昼休憩に何してた?」
「え? 昼飯食ってたぐらいだけど……。あ、アウグスト殿下と少し話した」
「なに食った?」
「え?」
「何を食べてたんだって聞いてるんだ」

 え、なんで俺、詰め寄られてんの? ジジさんめっちゃ怖いんだけど。っていうか、さっきさらりと「モル」って呼ばれなかった?
 残念ながらそこにツッコミ入れられるほど勇気はないので、エンツォさんから貰ったホットドッグについて説明すると、再び「あぁ?」とメンチを切られる。

「そんなわけねえだろうが! おいエンツォ! モルの餌に変な薬混ぜてねぇだろうな!?」
「そういうのはシンシアの管轄だろ」

 ヒートアップするジジさんの怒鳴り声に、淡々と答えるエンツォさんがなんか素敵すぎる。

「何をそんなに驚いてんだよ」
「魔力量がおかしいんだ。ドーピングでもしなきゃ、こんな数値になりっこねぇだろ」

 急ぐわけでもなく、いつも通り歩いてきたエンツォさんは、ジジさんの指さす先を見ると、眉をひそめた。

「308……?」

 エンツォさんに視線を向けられ、俺は何も知らないと首をぶんぶん横に振る。

「定期的に計っとく必要がありそうだな。ついでに10ずつ魔晶石作って、全員に配れそうだ」

 エンツォさんの冷静な指摘に、それもそうだな、と激昂していたジジさんがすとん、と落ち着いた声で答えた。

「枯渇近くなれば、さすがに魔力の流れも理解できんだろ、なぁ、モル?」
「ミケーレ。目眩がしたり、指先が冷たくなったり、とにかく不調を感じたらすぐ言えよ」
「え? あ、はい?」

 エンツォさんは俺の返事にならない返事にひとつ頷くと、また自分のデスクに戻って行った。
 平常心を取り戻したジジさんの大きな手が、ぽん、と俺の肩に置かれる。

「さて、頑張って魔力を操作できるようになろうな?」

 え。

「なーに、大事なモルだ。うっかり死なないようちゃんと見といてやるから心配すんな」

 え。え。え。

 ジジさんに引きずられ、俺は魔晶石を作る機器の前まで歩かされる。

「308もあれば、30回は試せるな。良かったな、モル?」

――――地の底から響くようなその声音に、たとえ一日三食が保証されていても、脱兎のごとく逃げ出したくなった。
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