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03.俺、進呈される
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「その男か」
「はい、どうぞご確認ください」
旦那様に背中を押されて前に一歩踏み出すと、王だけでなく、そこに従う宰相、そして護衛の騎士たちの視線を容赦なく浴びる。混乱の極みにあった俺は、愛想笑いを浮かべることもできず、ただひたすら突き刺さる視線に耐えていた。
「短く揃えられた栗色の髪、少しはねた前髪、黒の瞳……」
「艶のない紺のズボン、生成りのシンプルなシャツ……」
まるで何かを確認するように、外的特徴を一つずつ挙げていく王と宰相に、俺はひたすら身体を強張らせていた。
「間違いない」
「間違いありませんね」
王と宰相は顔を合わせて頷き合った。
「この男は子爵の邸で……?」
「はい、幼い頃より働いております。母親は亡くなっており、父親は……おりません」
「なるほど、兄弟や親戚などは?」
「おりません」
旦那様の答えに、王と宰相は再び頷き合った。なんか、仲良いね。
「ならば、貰い受けても構わぬな」
「御意に」
その言葉に俺の目は丸くなった。
事ここに至るまで、誰も状況の説明などしてはくれなかった。俺は主夫婦に言われるがまま馬車に乗り、やんごとなき方々に引き合わされたのだが、誰も俺に事情を説明しようという気はないようだ。
呆然とする俺を無視して、話は進んでいく。
「あちらに急ぎ遣いを。男を見つけたので、すぐに引き渡すと」
「はっ」
短く返事をした騎士が部屋を出て行く。俺は、どこでどう口を挟んだら咎められないのか、そもそも王というとんでもない身分の方に直接話しかけて良いものかどうかと悩み、ついに声を上げることができなかった。
「その男は、馬車へ」
「はっ」
別の騎士に腕を掴まれ、俺も謁見の間を背にする。俺を連れ出した騎士は無駄話をする気もないのか、冷たい雰囲気を全身から発して、俺に声を掛けさせる隙も与えない。
元々、使えていた邸からお使い以外で外に出ることもなかった俺が、どのように振る舞えば失礼にあたらないのか、さっぱり分からなかった。
そうしてまた馬車に問答無用で乗せられ、運ばれていった先は鬱蒼と生い茂る森だった。森の入口で下ろされた俺は、騎士数名に囲まれて延々と道なき道を歩かされた。
そういえば昼飯も食べてなかった、と思い出したのは、何やら崩れかけた石の壁や、床に敷き詰めてあっただろう石畳の残る開けた場所に出てからだ。
「ここで迎えが来るまで待て」
「……あの、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
ようやく事情を聞けるタイミングが来たとばかりに、俺は騎士の一人に声を掛けた。
「なんだ」
「俺はどうしてここに連れて来られているんでしょうか?」
尋ねた途端、俺の腹がぐぅ、と情けない音をたてた。何とも恥ずかしい。渋い表情を浮かべた騎士が、無言で俺に水筒と干し肉を差し出してくれた。干し肉を噛んで、含んだ水でふやかしながら返答を待っていると、騎士は他の騎士にあれこれ指示を出してから、俺に向き直った。
「残念ながら詳しい経緯は私たちも知らされていない。だが、君を指名で要求されたらしい。何か思い当ることは?」
「……いやまったく、何も」
貴族の不義の子なんてどこにでも転がっていそうだし、何か有名になるほど外に出ることもない。全くもって不可解過ぎた。
「まぁ、あちらから説明もあるだろう。――――食べ終えたか?」
「はい。助かりました。ごちそうさまでした」
「そうか。ならば礼の代わりに恨まないでくれると助かるよ。――――やれ」
その騎士の号令とともに、俺は鎖でぐるぐるに巻かれ、石を乱暴に積んだだけの椅子に強制的に座らされ、身動きができないように鎖を杭で縫い止められた。
「ちょっ! なんだよこれ!」
騎士は俺の前に立って見下ろしてきた。その顔には憐憫の情が浮かんでいる。
「君を要求してきたのは、魔族だ。ここで待っていれば引き取りに来るらしいが、それに我々は付き合う気はない」
「は!?」
俺が聞き返すも、騎士たちは無視して去っていく。どれだけ喚いても叫んでも、彼らが戻って来ることはなかった。
そして俺は何とかしてこの鎖から抜け出して逃げようともがき――――現在に至る。
「随分な扱いだが、所望していたのはこちらだ。贅沢は言えぬか」
「所望!? そうだよ、なんだって俺を指名なんてしたんだよ!」
「あまり外で話せるような軽々しいものでもないのでな、落ち着いてから説明しよう」
そう言って、俺をぐるぐる巻きの鎖から解放した双角の男は外套の下からごそごそと何かを取り出して広げた。それが意味するところを察し、自然と俺の頬が引き攣る。
「人目につきたくないのでな。身動きもせず声を出さぬと約束できるか?」
「……ちなみに、もし、動いたり声を出したりしたら?」
「最悪、命はないと思っていいだろう」
男の手には、麻の大きな袋が広げられていた。それこそ、俺がすっぽり入るぐらいの。
――――結局、「はい」とも「いいえ」とも答えられなかった俺は、男によって気絶させられた。
「はい、どうぞご確認ください」
旦那様に背中を押されて前に一歩踏み出すと、王だけでなく、そこに従う宰相、そして護衛の騎士たちの視線を容赦なく浴びる。混乱の極みにあった俺は、愛想笑いを浮かべることもできず、ただひたすら突き刺さる視線に耐えていた。
「短く揃えられた栗色の髪、少しはねた前髪、黒の瞳……」
「艶のない紺のズボン、生成りのシンプルなシャツ……」
まるで何かを確認するように、外的特徴を一つずつ挙げていく王と宰相に、俺はひたすら身体を強張らせていた。
「間違いない」
「間違いありませんね」
王と宰相は顔を合わせて頷き合った。
「この男は子爵の邸で……?」
「はい、幼い頃より働いております。母親は亡くなっており、父親は……おりません」
「なるほど、兄弟や親戚などは?」
「おりません」
旦那様の答えに、王と宰相は再び頷き合った。なんか、仲良いね。
「ならば、貰い受けても構わぬな」
「御意に」
その言葉に俺の目は丸くなった。
事ここに至るまで、誰も状況の説明などしてはくれなかった。俺は主夫婦に言われるがまま馬車に乗り、やんごとなき方々に引き合わされたのだが、誰も俺に事情を説明しようという気はないようだ。
呆然とする俺を無視して、話は進んでいく。
「あちらに急ぎ遣いを。男を見つけたので、すぐに引き渡すと」
「はっ」
短く返事をした騎士が部屋を出て行く。俺は、どこでどう口を挟んだら咎められないのか、そもそも王というとんでもない身分の方に直接話しかけて良いものかどうかと悩み、ついに声を上げることができなかった。
「その男は、馬車へ」
「はっ」
別の騎士に腕を掴まれ、俺も謁見の間を背にする。俺を連れ出した騎士は無駄話をする気もないのか、冷たい雰囲気を全身から発して、俺に声を掛けさせる隙も与えない。
元々、使えていた邸からお使い以外で外に出ることもなかった俺が、どのように振る舞えば失礼にあたらないのか、さっぱり分からなかった。
そうしてまた馬車に問答無用で乗せられ、運ばれていった先は鬱蒼と生い茂る森だった。森の入口で下ろされた俺は、騎士数名に囲まれて延々と道なき道を歩かされた。
そういえば昼飯も食べてなかった、と思い出したのは、何やら崩れかけた石の壁や、床に敷き詰めてあっただろう石畳の残る開けた場所に出てからだ。
「ここで迎えが来るまで待て」
「……あの、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
ようやく事情を聞けるタイミングが来たとばかりに、俺は騎士の一人に声を掛けた。
「なんだ」
「俺はどうしてここに連れて来られているんでしょうか?」
尋ねた途端、俺の腹がぐぅ、と情けない音をたてた。何とも恥ずかしい。渋い表情を浮かべた騎士が、無言で俺に水筒と干し肉を差し出してくれた。干し肉を噛んで、含んだ水でふやかしながら返答を待っていると、騎士は他の騎士にあれこれ指示を出してから、俺に向き直った。
「残念ながら詳しい経緯は私たちも知らされていない。だが、君を指名で要求されたらしい。何か思い当ることは?」
「……いやまったく、何も」
貴族の不義の子なんてどこにでも転がっていそうだし、何か有名になるほど外に出ることもない。全くもって不可解過ぎた。
「まぁ、あちらから説明もあるだろう。――――食べ終えたか?」
「はい。助かりました。ごちそうさまでした」
「そうか。ならば礼の代わりに恨まないでくれると助かるよ。――――やれ」
その騎士の号令とともに、俺は鎖でぐるぐるに巻かれ、石を乱暴に積んだだけの椅子に強制的に座らされ、身動きができないように鎖を杭で縫い止められた。
「ちょっ! なんだよこれ!」
騎士は俺の前に立って見下ろしてきた。その顔には憐憫の情が浮かんでいる。
「君を要求してきたのは、魔族だ。ここで待っていれば引き取りに来るらしいが、それに我々は付き合う気はない」
「は!?」
俺が聞き返すも、騎士たちは無視して去っていく。どれだけ喚いても叫んでも、彼らが戻って来ることはなかった。
そして俺は何とかしてこの鎖から抜け出して逃げようともがき――――現在に至る。
「随分な扱いだが、所望していたのはこちらだ。贅沢は言えぬか」
「所望!? そうだよ、なんだって俺を指名なんてしたんだよ!」
「あまり外で話せるような軽々しいものでもないのでな、落ち着いてから説明しよう」
そう言って、俺をぐるぐる巻きの鎖から解放した双角の男は外套の下からごそごそと何かを取り出して広げた。それが意味するところを察し、自然と俺の頬が引き攣る。
「人目につきたくないのでな。身動きもせず声を出さぬと約束できるか?」
「……ちなみに、もし、動いたり声を出したりしたら?」
「最悪、命はないと思っていいだろう」
男の手には、麻の大きな袋が広げられていた。それこそ、俺がすっぽり入るぐらいの。
――――結局、「はい」とも「いいえ」とも答えられなかった俺は、男によって気絶させられた。
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