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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十二話 魔王(10)

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 直後、四方八方から光弾が飛来。
 追いついた男の部下達が放ったものだ。
 四人の部下達は光弾を撃ちながら隊長と合流し、円状の陣形を組んだ。
 魔王を包囲したまま旋回を開始し、攻撃を続ける。
「狼牙の陣」に似た攻め。
 違うのは距離感。
「狼牙の陣」と比べると、円が大きい。
 接近戦は選択肢に入っていないかのような大きさ。
 接近戦が出来ないわけでは無い。部下達も隊長と同じく曲刀を所持しており、その扱いに長けている。
 単純に近づく必要が無いからだ。
 むしろ、包囲した今の状態では近づいてはいけない。なぜなら――

「おおっと」

 直後、その理由たるものに襲われた魔王は声を上げながら跳び避けた。
 それは濁流。
 小さな三日月から生まれたものゆえに、その規模は大きくない。
 が、

「ほほう」

 魔王はその攻撃に喉をうならせた。
 数が多いのだ。
 小さな三日月の連射。
 一撃の威力よりも手数を重視した攻め。
 しかしその数ゆえに、生まれた濁流は嵐のよう。
 だからうかつに近づいてはいけない。巻き込まれるからだ。

「はっは! いいぞ!」

 が、魔王はその嵐の中で笑った。
 魔王にとってはそれは「楽しい運動」でしかなかった。
 あの時のシャロンと同じである。魔王もまた、高速演算とそれに伴う快楽に身をゆだねていた。
 しかしその快楽は長続きしなかった。
 足が疲れてきたのだ。魔王は若くない。
 ゆえに、魔王はすぐに楽な方に切り替えた。
 正確には、より楽でかつ、「楽しい」方に。
 右手にある杖を輝かせ、先端から蛇を生みだす。
 雷を纏った蛇。
 魔王はその蛇を雪の上でのた打ち回らせるように、杖を振るった。
 暴れまわる雷蛇が光を飲み込み、嵐を食らう。
 雷独特の破裂音と共に消え去る三日月。
 同じものを左手からも。
 そして魔王は両手から生やした二匹の蛇を存分に暴れさせるために、体を回転させた。
 自身の体で十字を描くように、両腕を大きく広げて。
 回る。踊るように、雪の上でくるくると。

「ふ、はははは!」

 回りながら、魔王はさらに大きな笑い声を響かせた。
 避けるのも楽しいが、潰すのも楽しい。
 いつからだろう、こういう事を楽しいと思うようになったのは。
 最初は恐怖しか無かった。戦いというものを心底恐れていた。
 こうなったのはきっと、「あいつ」のせいだ。
 我は「あいつ」から色々な影響を受けた。
「あいつ」の真似をしようとしたこともある。
 それはまだ続いている。だから我は今もこの手に「こんなもの」を持っている。

「ふはは……」

 しかし時と共に魔王の笑みは薄くなっていった。
 単純に飽きてきたからだ。
 それに、『準備』も出来た。
 だから、魔王は男の方に意識を向けながら、それを始めた。

「!?」

 瞬間、同じ違和感が男を襲った。
 まただ! 二人いるように感じる! 以前よりも強く!
 違和感はそれだけでは無い。魔王の回転が妙に綺麗になったように感じる。
 それに、魔王の背が少し低くなったような――

(いや、違う! あれは――)

 男は気付いた。
 魔王の体が沈んでいるということに。
 なぜだ。
 言葉として心に浮かぶよりも早く、男はその疑問の答えを足で感じた。

「!?」

 ずぶり、と足が深く沈む感覚。
 視界の中を流れる景色がその速度を失う。
 まるでぬかるみに踏み込んだような感覚。
 直後、疑問の答えは言葉となった。

(雪が溶けている!?)

 同時に湧き上がるもう一つの疑問。
 ならば何故、魔王の動きは、回転は鈍くならない?
 その答えは瞬時に言葉となった。

(冷却魔法で自分の足元だけを固め直している……?)

 直後、正解だ、と頭の中で声が響いた。
 魔王の声で。

「……!」

 だから男はそこで思考を切った。
 切ってしまった。
 もう一つの疑問の答えを考えぬままに。
 なぜ、「二人いる」と感じたのかを。
 なぜ、その感覚が強くなったのかを。
 そしてそれが魔王の『準備』の答え。
 魔王は雪が溶けるのを待っていたのでは無い。
 後はこの『準備』の成果を見せるだけだ。
 しかしそうするとこの戦いはすぐに終わってしまうだろう。魔王はそう思っていた。
 だから魔王は男達に向かって叫んだ。

「どうした、ぬるいぞ!」

 さらなる攻撃を煽るために。
 しかし攻撃は苛烈になる気配を見せない。
 それどころか密度が徐々に下がっている。
 男達が距離を取ろうとしているからだ。
 動きが鈍くなった今の状態で撃たれることを恐れているのだ。
 溶けていないところまで逃げようとしている。
 その姿に失望の念を抱いた魔王は怒りと共に声を上げた。

「そこまでか?! その程度なのか?!」

 しかしその期待に応える者はいなか――

「シャアアアァッ!」

 いや、一人だけ、隊長がいた。
 真っ直ぐに、魔王に向かって駆けて来ている。
 しかしその速さに先ほどまでのような鋭さは無い。
 だから魔王は笑みを返した。
 隊長の心に、思いを伝えた。
 純粋に嬉しいと感じたことを。
 同時に、馬鹿にしていることを。
 だから魔王は隊長に対して背を向けながら、

「水の上での走り方を教えてやる!」

 そう声を上げた。
 そして直後、魔王は本当に言ったとおりの事を、溶けた雪の上を走り始めた。
 それはクレアが見せた水面立ちとは異なるもの。
 その原理は、誰でも一目で分かるほどに分かりやすいものであった。
 魔王が水面に足を降ろすたびに、轟音と派手な水しぶきが立ち上がる。
 足裏で魔力を爆発させているのだ。
 単純に水面を蹴る力が強いのだ。

「っ!」

 派手に迫るその魔王に対し、突撃対象にされている男の部下は目を見開いた。
 そして部下は反射的に三日月での迎撃姿勢を取った。
 曲刀が水平に振りぬかれ、三日月が放たれる。
 次の瞬間、

「!」

 今度は隊長が目を見開いた。
 隊長は見た。感じた。
 魔王が二人に別れたのを。
 二人になった魔王はそれぞれ右と左に跳んだ。
 三日月は右の魔王を捕らえたが、すり抜けてしまった。
 つまりこれは――

(魂で作られた偽者?!)

 同じ事を三日月を放った部下も考えていた。
 その証拠に、偽者は目には映っていない。魔王は二人に増えてなどいない。
 なのに、なぜか偽者の方に目がいってしまう。意識が向いてしまう。
 見てはいけない。なのに、見てしまう。

(外されている?!)

 部下はそう思った。
 直後、声が響いた。
「違う。外しでは無く、汚染だ」という魔王の声が。
 汚染――その表現は透き通るように部下の心に響いた。
 なぜなら、さっきから感じているからだ。



 暗い闇の中から伸びてきた無数の手に、心を掴まれているような感覚を。
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