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第五章 アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく

第三十九話 二刀一心 三位一体(1)

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   ◆◆◆

  二刀一心 三位一体

   ◆◆◆

 同時刻――
 アランとクラウスが武神の号令を発動させた戦場からはるか北西の位置、大きな海をまたいだところに白い大陸が存在する。
 大地の多くが万年雪に覆われている極寒の地であるが、この大陸には強靭な国家が存在していた。
 その象徴たるものが王が住まう城。
 厳しすぎるこの白い大自然の中では不釣合いと思えるほどに巨大。
 それを見たある者はこう言った。「山と城がくっついている」と。
 それは正解であった。その城は山をくりぬいて作られていた。洞窟の暖かさを利用したい、たったそれだけの理由で残酷とも言える工事は実行された。当時の王は、それを行使できるほどの権力を、力を備えていた。
 そしてその力は今だ衰えていない。むしろ増している。
 現在の王はある理由からこの城をあまり利用しないが、今日は珍しく城主の姿があった。

「……ふう」

 広く、高く、そして長い廊下を歩きながら、王はため息をついた。
 王はある仕事のために城に戻ってきていた。
 王はその仕事が好きでは無かった。
 そしてこの城も好きでは無かった。広すぎるからだ。王はもう若くない。

「まったく、玉座に着くまでに一苦労だな」

 歩きながら王は堂々と不満を漏らした。
 理由は、喋らずとも皆知っているから、または、「心を読まれるから」だ。
 気を紛らわそうとしてくれているのか、廊下の脇に控えている守衛達が深々と頭を下げてくれたが、何の気休めにもならない。

「……ふう」

 今日何度目かになるため息。
 しかしそのため息はそれまでのものとは違い、幾分か落ち着いた気配を持っていた。
 理由は単純。やっと着いたからだ。

「皇帝陛下の御入室である! 全員控え!」

 独特の言い回しと共に、重そうな扉が開き始める。
 門番の言葉の通り、王は最近になって皇帝を名乗り始めた。
 しかしその呼び名は定着していない。皇帝の冠をかぶって一年ほど経つが、いまだにである。
 だが王自身それを気にしていない。
 もっとふさわしい別の呼び名があるからだ。 
 
「……」

 王はため息をやめ、静かに入室した。
 この部屋を初めて目にした者の多くはため息をつく。
 上には本物の宝石で作られたシャンデリアがぶらさがっており、下は高級石材が敷き詰められた床が広がっている。
 そして中央には、それらに勝る煌びやかさを備えた玉座がある。



 派手すぎる、と言えるほどに金細工と宝石があしらわれているが、白を基調とした色使いがその下品さを消していた。

「……」

 しかし王にはそのどれもが色あせて見えた。何の感動も無い。
 見慣れているからでは無い。今の王は疲労感と倦怠感に包まれている。
 左右でひざまずき、頭を垂れている臣下達の姿も気休めにならない。

「……」

 王は何も言わず、黙って玉座に座った。



 すると、一人の臣下が王の前に歩み出で、頭を垂れたまま口を開いた。

「陛下、本日は遠路はるばる……」

 臣下はそこで言葉を止め、顔を上げた。
 王が怒気を抱いたのを「感じ取った」からだ。
 臣下が察した通り、王は苛立ちを滲ませながら口を開いた。

「そういうのはいい。早く連れて来い。さっさと済ませたいのだ」

 王がそう言い追えるよりも早く、一人の男が守衛にひきずられながら姿を現した。
 そして守衛が男をひざまずかせると、臣下は口を開いた。

「この者の真偽のほどを陛下の目で見定めて頂きたいのです」

 これに王は尋ねた。

「なんだこいつは」

 臣下は頭を垂れたまま答えた。

「『和の国』の密偵、『忍者』と呼ばれる者の一味ではないかと、疑いがかけられております」

 この言葉に、王は興味を持ったのか、

「ほう……どれどれ」

 と、身を乗り出した。

「……」

 対し、ひざまずかされている男は、静かに目を閉じた。
 男は何も話さないつもりであった。
 そのために男は目を閉じ、そして心を閉じた。
 黒い視界の中で、意識を奥底に沈める。
「一族」に伝わる、「読心術」からの防御術だ。
 男はこの防御術に自信を持っていた。だから男は今まで生き残ってこられた。
 完全に意識を沈めれば、感情の気配も読まれなくなる。
 はずであったが、

「?!」

 瞬間、男の背は「びくり」と跳ね上がった。

(……なんだ? これは!?)

 引きずりこまれるような、引きずり出されるような感覚。
 同時に、男はありえないものを見た。いや、感じた。



 手だ。
 数え切れないほどの手が、暗闇の中から伸び、自分を掴んでいる。
 体に走る悪寒をふりほどくように、抵抗する。
 しかしどうにもならない。数が多すぎる。そもそもこれはなんなのだ。

(……っ!)

 男は歯を食いしばった。
 頭の中をかき回されているような感覚が続いている。
 頭痛がする。が、それよりも嫌悪感のほうが酷い。
 早く終わってくれ――男がそう願った直後、声が耳に入った。

「黒だ。連れて行け」

 王が発したその言葉に、男は「はっ」と目を開いた。
 守衛が後ろから自分に手を伸ばそうとしているのを感じる。
 どこかに連れて行くつもりだ。
 つまり、もう終わったのだ。この尋問は王が発した今の一言だけで終わってしまったのだ。
 そしてこの後、連れて行かれた後、どうなる?
 確実に拷問される。いや、もっと恐ろしいことが待っているかもしれない。それも死ぬまで。

(ならば!)

 男は守衛の手を叩き払い、王に向かって駆け出した。
 手の形は貫手。
 男はその光る槍を、助走の勢いを乗せて突き出した。
 はずだったのだが、

「!」

 守衛に腕を掴まれた感覚に、男は「はっ」と目を見開いた。

「……な」

 何が起きた? そう言おうとしたのだが、あまりの事に声が出ない。
 自分は王の言葉を聞いた時に目を開けたはずだ。
 そして攻撃を仕掛けたはずだ。
 なのに、一歩も動いていない。自分はひざまずいたまま全く動いていない!
 何が起きたか、いや、何をされたのかすら分からず混乱する男。
 その心を、王が代弁した。

「何が起きたか、何をされたか、知りたいか?」

 その声に男が顔を上げると、笑みを浮かべる王の顔が目に入った。
 王はその笑みを崩さずに言葉を続けた。

「私はお前に夢を見せたのだよ」

 夢? あれが、あんな生々しいものが夢だと?
 男が抱いた疑問に、王は、

「そうだ」

 と答え、言葉を続けた。

「お前に夢を見せるために私は直前の記憶を使った。近い記憶は探しやすいのでな。気付かなかったか? お前が攻撃を仕掛けた時、私は微動だにしなかっただろう? それは防御しようとする私をお前が想像しなかったからだ。恥じることは無い。こんな状況では、自分に都合のいいことだけを考えてしまうのが普通だ」

 王は顔から笑みを消した後、再び口を開いた。

「しかし体を動かす感覚まで近くにあったのには驚いたぞ。お前は相当に鍛錬を積んでおるのだな。体を動かすのに必要な情報や、その時の感覚が取り出しやすい位置に整理されておったわ。そのおかげで夢に現実感を持たせることが出来た」

 そう言われてもやはり信じられない、そんな顔をする男に対して王は小さなため息をつき、口を開いた。

「だが、これらは全てお前が目を閉じてくれたから出来たのだよ。目から入り続ける視覚情報をごまかすのは難しいからな。しかもお前は意識を自ら落としてくれた。心を読まれまいと思ってそうしたのだろうが、その手は私には逆効果よ。夢の中でお前は私に色々と話してくれたぞ」

 私が色々と話した? 何のことだ? そう聞きたげな男に、王は答えた。

「……まあ、それは覚えていないだろうがな。十分ほど眠っていたことにすら気付いておるまい?」
「……」

 あまりのことに男が言葉を失うと、

「そうだ。その顔が見たかったのだ」

 王は「にんまり」と、嫌らしい笑みを浮かべながら語った。

「すまんな。これは私の悪い癖なのだ。どうしても、自分の力を自慢するのが楽しくてたまらぬ。お前のその顔が見たくてたまらぬのだ。説明されても理解出来ない、その諦めと驚きが混じった顔が大好きなのだ。自分の強さを実感出来るからな」

 王はそう語った後、笑みを消し、

「……話は終わりだ。連れて行け」

 別れの言葉を述べた。
 守衛が男を立ち上がらせ、引きずるように入り口の方に連行していく。
 小さくなっていくその背を見ながら、王はぽつりと言葉を漏らした。

「……内部からのかく乱は我が国の専売特許かと思っていたのだが、どうやらその考えを改めねばならないようだ」

 その内容に、目の前でひざまずいている臣下達の気が惹かれたのを感じ取った王は、言葉を続けた。

「あれはよく出来ておるよ。間違いなく洗脳は通じん。人格と記憶が強く結びついておるゆえ、どちらかをいじれば両方壊れる。そうなるように訓練されているのだろう。だから私は、奴自身に夢の中で喋らせる、という手を取った」

 十分という短い時間でそこまで、その凄まじさに若い臣下の一人が思わず声を上げた。

「さすがは『魔王』様。その力、敬服至極に存じます」

 若い臣下は「皇帝」では無く、『魔王』と呼んだ。
 この場では「皇帝」と呼ぶのが正しい。
 が、王はこれを改めさせるつもりは無かった。
 理由は二つある。一つは、そっちの呼び名の方が好きだからだ。自分の力の強さをより実感出来る。
 もう一つはこの国の歴史と御伽話(おとぎばなし)が関係している。
 王はその御伽話が好きであった。

「……ふふ」

 そして気を良くした魔王は、優越感に笑みを浮かべた。
 が、直後、

「!」

 一転、魔王の目つきは鋭いものに変わった。
 魔王はすぐさま玉座を立ち、窓へ歩み寄った。
 窓の向こうから、はるか遠いところで何かが起きたのを感じ取ったからだ。
 その何かは熱く力強い。おそらく海の向こう、我々が内部から攻撃を仕掛けている国から発せられている。
 その正体を察した魔王はゆっくりと口を開いた。

「……もう一つ、考えを改めねばならないようだ」
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