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第二章 これより立ち塞がるは更なる強敵。もはやディーノに頼るだけでは勝機は無い
第十二話 炎の一族(1)
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炎の一族
◆◆◆
瀕死の重症を負ったアランが意識を取り戻したのは一週間後のことであった。
「アラン様、やっとお目覚めになりましたか。心配致しましたぞ」
目を覚ましたアランに第一声を掛けたのはクラウスであった。その隣にはディーノの姿もあった。
「済まない。気苦労をかけた」
アランは起き上がろうとしたが、クラウスに制止された。
「体を起こしてはなりません。アラン様は頭にとてもひどい怪我をされていて、動ける状態では無いのですから」
クラウスはアランの体を支えながらゆっくりと横に寝かしつけた。
ベッドの上で、アランは顔だけをディーノのほうに向け、声をかけた。
「久しぶりだなディーノ、元気にしてたか?」
「死に掛けた奴に『元気か?』なんて聞かれるのはすげえ妙な気持ちになるな。……まあ、そんなことはさておき、本当に久しぶりだな。一年ぶりくらいか?」
「……あれからもうそんなに経つのか。こっちでの生活はどうだ?」
「んー……、まあ、悪かねえな」
相変わらず適当な返事だなとアランは思ったが、その懐かしさが嬉しかった。
「そういえば、あれから戦いはどうなった? 今の状況はどうなっているんだ?」
「……大丈夫に決まってるだろ。この俺がここを守ってんだから」
相変わらず嘘が下手だな、とアランは思ったが口には出さず、ただ「そうか」と返した。
アランが気を失っている間、この城は一度攻撃されていた。敵の中にリックがいなかった為なんとか守りきることができたものの、城はかなりの被害を受けていた。
「……話はこれくらいにしておこう。体に障る(さわる)。後のことは何も心配せず休んでろ」
そう言ってディーノは強引に話を終わらせ、部屋から出て行った。
クラウスもディーノの後ろに続き、
「後で食事を持ってきます。それまでゆっくり休んでいて下さい」
と言って、部屋を出て行った。
一人部屋に残されたアランはベッドから降り、部屋を見回した。
安静にしていろと言われたが、今のアランにはどうしても確認したいことがあった。
テーブルの上に置かれた刀を見つけたアランは、それを手に取り鞘から引き抜いた。
そしてアランはあのときと同じように、柄の底に右手を押し当て、意識を集中した。
すると、間も無く刀身が薄く光り始めた。
アランは光魔法を我が物としていた。あの時光魔法を使えたのは偶然やまぐれではなかった、それを確認したアランの心は喜びに満ち溢れていた。
そしてしばらくそうしたあと、アランは戦いの最中に見たあの「夢」のことを考え始めた。
(あれはなんだったのだろう――)
これに答えが出ないことはアラン自身が一番よくわかっていた。あの夢はただの「神秘」であって、それ以上でも以下でも無いのだと。
しかし夢に出てきた人物がソフィアであったことがその神秘性を強くしていた。アランは死後の世界のことなど全く信じてはいなかったが、今は「あの世というものがあってもいい」と思うようになっていた。
だが結局のところその真実はアランにとってはどうでもいいことで、大切なのは「光の剣」を使えるようになったことだけであった。それを祝福してくれる者は誰もいなかったが。
いや、たった一人だけアランを祝福している者がいたかもしれない。
人智の及ばぬ遠いところからアランを見守っているソフィアだけは、彼のことを祝福していたであろう。
◆◆◆
その日の深夜――
クリスは暗い私室の中で机に向かい、一人思い悩んでいた。
空を厚い雲が覆っているためか、月明かりすら届かないその室内はほとんどが闇に覆われていた。机の上に置かれた一本の蝋燭だけがぼんやりとクリスの疲れた顔を照らし出していた。
その時、一人の足音がこの部屋に近づいてきたが、クリスはそちらに顔も向けず黙っていた。
そして聞こえるか聞こえないかぐらいの控えめなノックのあと、静かにドアが開き、臣下が部屋に入ってきた。
「主君、そろそろお休みになられたほうがよろしいかと」
「ああ……」
臣下の言葉にクリスは生返事だけを返した。
臣下はすぐには立ち去らなかった。暫しの静寂のあと、クリスは再び口を開いた。
「ハンス、私はもう挫けそうなのだ……」
ハンスと呼ばれた臣下は何も答えなかった。
「私は父に何一つ及ばない。魔法も、軍を指揮する能力も。父は私に全てを教える前に逝ってしまわれた」
この発言は父への八つ当たりのようなものであった。クリスは抱えている苦しみを何かにぶつけ、吐き出そうとしているだけであった。
「いつまでこんな苦しい状況が続くのだ……」
しかし愚痴をこぼしたとて状況が改善しないことはクリス自身が一番良くわかっている。それを言葉に出すということ、それはクリスの精神が限界を迎えつつある証拠であった。
「……あなたのお父上も昔同じことを言っておられました」
ここでようやく臣下であるハンスが口を開いた。
「……クリス様、あなたのお父上も同じような苦境に何度も立たされたのです。そしてあなたのお父上は苦しい時、いつも同じ言葉を皆に告げていました。クリス様も何度も聞かされているでしょう」
その言葉をクリスは良く知っていた。
「『恥を知り、耐え忍べ』、か」
クリスは父の姿を心に浮かべながらその言葉を反芻した。
「ハンス、私にはわからない。耐えてどうなるというのだ。私は今すぐにでもこの重圧から逃げだしてしまいたいのだ」
これにハンスはゆっくりと、諭すように口を開いた。
「逃げることは悪いことではありませぬ。時には必要でしょう。ですが、我等『炎の一族の二番手』には容易に逃げられない理由があるのです」
少し長い話になるのであろう、ハンスは一息ついてから再び口を開いた。
「我ら『炎の一族の二番手』は先祖代々この地の守りを任されております。この北の地は常に激戦区であり、戦火に晒され続けてきたため今やこの城以外何も残っておりませぬ。
しかし我々には『炎の一族』の長であるカルロ様のような強大な力はありませぬ。勝てないから逃げる、それは簡単でしょう。ですが逃げたところで我らの立場は悪くなるだけでございます。
この地はかつてこの城を中心に煌びやかな街が広がっていたそうです。しかし逃げて名を汚せば、その栄華は二度と取り戻せなくなるでしょう。
この地を任されることを誇りとし、ただ耐える。我等にはそれしか無いのでございます」
ハンスのこの言葉に、クリスは沈黙だけを返した。
「……クリス様、我らはただあなた様を支えるのみでございます。あなたが死ねとおっしゃるなら、この命喜んで差し出しましょう」
そう言ってハンスは主君に対し静かに頭を下げた。
彼らが抱いていたのは脅迫観念に近いものかもしれない。彼らは病んでいると言えた。
しかし彼らが抱くこの「恥」と「忍耐」という観念は、彼らの心を一つに結び付けていた。
クリス達、彼ら「炎の一族の二番手」がこのような感性を持つように至ったのは環境と先祖からの教育によるところが大きい。
赤の他人からすれば残酷な教育であると言えた。共感できない人間からすれば非常に愚かしい考え方と言えるだろう。
しかし耐え忍ぶ彼らの生き様は独特の美しさを備えていた。
彼ら炎の一族は不器用な人間が多い。理に適っていない考え方をするときもある。その血に受け継いだ何かが彼らをそうさせるのであろう。
彼らの根底には「利」よりも重い何かがあった。そしてそれは時に「命」の価値すら凌駕するのであった。
◆◆◆
しかし現実は首を真綿で絞めるようにゆっくりとクリス達を追い詰めていった。
救援が来るまでなんとか持ちこたえなければならなかった。なんとかして時間を稼ぐ必要があった。
そして開かれた作戦会議でクリスの臣下の一人が夜襲を提案し、それは実行に移された。
しかしその臣下はそのまま帰ってこなかった。臣下はサイラスによって配置されていた伏兵の餌食となっていた。
「同じ状況に立たされたら私でもそうする」
夜襲を返り討ちにしたサイラスはそう言った。このようなありふれた手がサイラスに通じるはずもなかったのだ。
◆◆◆
数日後、クリスの城は再びサイラス軍の攻撃に遭った。
サイラス軍にはリックが復帰していた。負傷した腕が完治していないためか、リックは片腕で戦っていたが、それでもその攻撃は苛烈を極めた。
クリスの城はこの猛攻をかろうじて耐え凌ぐことができた。
しかし城の防備は限界を迎えていた。次の攻撃を防ぐことはできないことが誰の目にも明らかであった。
そしてこの間、アランが何をしていたかと言うと――
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