上 下
555 / 586
最終章

第五十八話 おとぎ話の結末(7)

しおりを挟む
   ◆◆◆

「!」

 発砲音と同時にシャロンは目を見開いていた。
 弾を外されたからだ。
 腕を伸ばしても銃口に触れるのがやっと、それはその通りであった。
 ゆえにオレグは銃口を下から二本の指でつまみ、斜め上に押し上げたのだ。
 しかしそれだけでは射線を外すことは出来なかった。
 だからオレグはその手から魔力を放出した。
 光弾で銃口を塞ごうとするかのように。
 そしてそのタイミングは完璧であった。
 相手の心を一方的に読める、その差がはっきりとその瞬間に現れた。
 光弾の中を通す、それでは駄目だからだ。
 光の粒子で弾を下から押し上げなくてはならないからだ。
 光弾の中を通過させると上下左右全方向から不規則にエネルギーが加わってしまう。
 ゆえに、オレグはシャロンが電撃魔法を発動させたのに合わせて魔力を放出した。
 それによって弾丸の軌道はさらに上にそらされ、オレグの首の横を通過するだけで終わった。
 銃口に輝く手を添えた、たったその一動作だけでオレグは弾丸から身を守ったのだ。
 しかしその見事な防御を称賛する余裕はシャロンには無かった。
 驚くシャロンにオレグが踏み込みながら反撃の拳を繰り出す。
 その一撃をシャロンは輝く手を後ろにそえた銃身で受け止めたのだが、

「っ!?」

 銃はへし折れ、生まれ始めたばかりの輝く盾も突き破られた。
 拳が胸に、心臓のある位置に食い込む。

「ぁうっ?!」

 胸骨がへし折れた痛みと、想像を超えた威力に悲鳴を漏らすシャロン。
 後ろに跳び逃げながら受けてこの威力、立ち止まっていたら間違いなく即死の一撃だった。
 だがオレグとの距離はあまり離れていない。
 追いかけてきている。追撃を入れようとしている。
 ゆえにシャロンは、

(疾ッ!)

 心の気勢と共に、腰の得物を抜き放った。
 横一閃。針をただの鈍器としたなぎ払い。
 だが、その反撃はいとも簡単げに叩き払われた。
 そして同時に、オレグの心の声が響いた。
 やはりあの時のお前なのか? と。

「……っ」

 シャロンは答えない。答える義理も余裕も無い。
 そしてオレグにも答えを待つつもりは無かった。
 シャロンの心臓に狙いを再び定めながら、脇の下に拳を構える。
 が、次の瞬間、

「斬!」

 沈黙する二人の間に別の声が、雲水の気勢が割り込んだ。
 オレグの真横から居合で一閃。
 しかしこれもオレグは簡単げに防御。

(これは――)

 予想以上に手ごわい。手ごたえからそれを確認した雲水は即座に刃を切り返し、次の攻撃動作に入ろうとした。
 だがオレグが反撃の動作に入るほうが速い。
 それは雲水には分かっていたことだった。
 だから保険を用意しておいた。
 その保険は次の瞬間に雲水の真後ろから上に飛び現れた。
 雲水の背と肩を踏み台にし、オレグの真上を飛び越えるような軌道で跳躍した影。
 雲水の部下であるその忍者は空中で逆立ちするように体を前に回転させ、オレグの頭上から矢を放とうとした。
 が、

「!?」

 直後、視界を埋め尽くす勢いで迫ってきたオレグの姿に、忍びは目を見開いた。
 忍びに向かって体当たりするようにオレグも跳躍したのだ。
 そしてオレグは下に向き始めた忍者の顔面を突き上げるように、飛び上がりの勢いを乗せて、

「うげっ!」

 拳を振り上げた。
 忍者の首と顔面があってはならない方向に捻じ曲がる。
 そしてオレグはその死体となったばかりの忍びの体を掴み、

「むんっ!」

 下で構えている雲水に向かって投げつけた。
 既に「ある技」の初動に入っていたがゆえに雲水はそれを避けられなかった。

「っ!」

 為す術無くぶつかり合い、なぎ倒される。
 せっかく準備した技が、いやそれよりも倒されたこの状況は非常に良くない――そんな思いが雲水の水面に焦りの色を滲ませたが、

「雄ォッ!」

 その色は直後に響いたバージルの気勢に吹き飛ばされた。
 飛び上がったオレグの真下に潜り込むように踏み込んできたバージルは、その落下の隙に対し、

「でぇやっ!」

 オレグの股下から脳天に向かって裂くように、両手で握った輝く槍斧を振り上げた。
 その無骨な刃を迎え撃つは、

「疾ィっや!」

 オレグの横回し蹴り。
 双方の攻撃の軌跡が光の十字を描くようにぶつかり合う。
 瞬間、

「っ?!」

 衝撃と共に痛みが生じたのはバージルのほうだけであった。
 激痛に震えた心が刹那遅れて驚きに塗りつぶされる。
 それはバージルにとって初めての経験であった。
 ぶつかり合いの衝撃で右腕がへし折れた、豪腕と自負しているそれが一方的に、そんな思いが脳裏に浮かび始めたが、言葉として完成するよりも早く、

「ぐぁっは!」

 同じ軌道の攻撃が、オレグの放った連続回し蹴りがバージルの体を肩からなぎ払った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

山猿の皇妃

夏菜しの
恋愛
 ライヘンベルガー王国の第三王女レティーツィアは、成人する十六歳の誕生日と共に、隣国イスターツ帝国へ和平条約の品として贈られた。  祖国に聞こえてくるイスターツ帝国の噂は、〝山猿〟と言った悪いモノばかり。それでもレティーツィアは自らに課せられた役目だからと山を越えて隣国へ向かった。  嫁いできたレティーツィアを見た皇帝にして夫のヘクトールは、子供に興味は無いと一蹴する。これはライヘンベルガー王国とイスターツ帝国の成人とみなす年の違いの問題だから、レティーツィアにはどうすることも出来ない。  子供だと言われてヘクトールに相手にされないレティーツィアは、妻の責務を果たしていないと言われて次第に冷遇されていく。  一方、レティーツィアには祖国から、将来的に帝国を傀儡とする策が授けられていた。そのためには皇帝ヘクトールの子を産む必要があるのだが……  それが出来たらこんな待遇になってないわ! と彼女は憤慨する。  帝国で居場所をなくし、祖国にも帰ることも出来ない。  行き場を失ったレティーツィアの孤独な戦いが静かに始まる。 ※恋愛成分は低め、内容はややダークです

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でもある時、マリアは、妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

処理中です...