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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に
第四十六話 暴風が如く(21)
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「っ!」
瞬間、シャロンは思わず息を呑んだ。
もう既に追いつかれていたからだ。
いや、二人の距離は先ほどからほとんど変わっていないのだ。
闇にぼんやりと浮かぶ白い両目がそう物語っていた。
しかしおかげで次の攻撃の軌道は読めた。
左足と両手を使って安全地帯に飛び込む。
もはや立ち上がる暇も無い。
地面を這うように、犬のように逃げ惑う。
その哀れな背中を、刃が何度もかすめる。
「っ!」
その風圧を感じるたびに、怖気が背中を駆け上がる。
かつてない醜態を晒すシャロン。
だが、それはどうでもいいことだった。
どれだけ無様であろうが、みっともなかろうが、とにかく生き残る。生きてさえいればいつか何かが出来る、シャロンはそんな哲学を持っていた。
ゆえに、これだけの絶望と恐怖の中であっても、シャロンはあきらめていなかった。虫を使ってディーノを探っていた。
が、虫が送ってくる情報はどれも希望とは正反対のものであった。
「!?」
ある虫からの情報にシャロンの目が見開く。
その内容は、「丸い影が迫ってくる」という単純なものであった。
それが盾を前に構えた体当たりであることは瞬時に分かった。
回避不能であるという単純な結論もだ。
だが、選ぶことは出来た。
這いつくばったまま押しつぶされるか、立ち上がって受けて吹き飛ばされるかだ。
そしてシャロンは後者を選んだ。
「きゃああぁっ!」
甲高い声を上げながら、地面の上を二転、三転。
痛みから生まれたものでは無い、恐怖によるただの悲鳴。
しかし、ふと気付けば、
「……!」
いつの間にか、右手の中に剣があった。兵士の死体から拾っていた。
シャロンの本能と、混沌がそうさせていた。
シャロンの本能と混沌は理解したのだ。この戦いがどういうものなのかを。
魔法は役に立たない。感知もほとんど機能しない。
頼りになるのは重さと速さのみ。
そうだ、この戦いは言わばただの殴り合い、原始的なぶつかり合いなのだ。ディーノはそのような無骨な土俵の上に相手を強制的に登らせる存在なのだ。
だが、シャロンの理性は、いや、本能も混沌もまだ理解していない。それがどれだけ絶望的なものなのかを。
だから、知らぬがゆえに、シャロンは剣で立ち向かおうと思った。
立ち上がりながら構える。
握り手を腰の辺りに置き、剣先を上へ。
その鋭利な先端が浮かび上がっている両目を指した瞬間、影は蠢き、銀閃を放った。
シャロンが剣を振るい、それを迎え討つ。
が、
「っ!」
シャロンが放った銀閃は一方的に打ち負かされた。
衝撃に足元がふらつく。
揺らぐ視界の中に、影が放った追撃の銀色が映り込む。
避けられない。ゆえに、シャロンは刃に左手を添え、剣を盾にするように構えた。
次の瞬間、
「あぁぅっ?!」
甲高い金属音と共に、激痛が溢れた。
刹那遅れて喪失感が心を蝕み始める。
叩き折られた刃と共に大事なものが、左手首から先が無くなっていた。
赤い蛇口と化した手首から生まれる激痛が喪失感を逆に覆いつくす。
「う、あぁっ!」
言葉にならない悲鳴を漏らしながら、折れた剣を影に向かって投げつける。
そしてシャロンは背を向けて再び逃げようとしたのだが、
「っ!」
腱の切れた右足が、義足の左足が言うことをちゃんと聞いてくれない。
歩き慣れていない子供のように足がもつれる。
時に地面に手をつきながら、必死に走る。
時に瓦礫を拾い、影に向かって投げつける。
それが丸盾で防がれる音を聞きながら、シャロンはある兵士の死体のそばに這い寄った。
地に寝そべっている亡骸の首襟を掴む。
ひっくり返して腰にある剣をもらうつもりだった。
が、
「!」
それは間に合わないと、虫の報せが届いた。
だから、シャロンは、
「あああっ!」
右腕の中で星を爆発させ、死体を影に向かって投げつけた。
同時に膝を爆発させて地を蹴り、投げた死体の腰に、剣に手を伸ばす。
そしてシャロンの右手が剣の柄を握り締めた瞬間、
「っ!」
目の前で銀閃が水平に走った。
死体の腹が綺麗に割れ、上半身と下半身が別れ始める。
その裂け目から覗き見えた白い眼と視線が交わる。
瞬間、シャロンは好機だと思った。
ディーノの視線に、僅かであるが驚きの色が混じっているのを感じ取ったからだ。
視線が交わる直前までディーノの両目は影に覆われていたのだ。死体を投げつけただけだと思い込んでいたのだ。
ディーノが槍斧を切り返し始める。
だが、それよりもシャロンの踏み込みのほうが速い。
逆手持ちの要領で剣を強引に引き抜きながら、二つになった死体を押しのける。
そしてシャロンは死体の腹から溢れ広がった赤いカーテンの隙間を通り抜けながら、
「疾ッ!」
眼前にある影に向かって、刃を走らせた。
しかし無慈悲な丸盾がそれを許さない。
場に響いたのは乾いた金属音。
全体重と速度を乗せた一撃だった。
しかしディーノはびくともしていない。
この時、シャロンの理性はようやく絶望に蝕まれ始めていた。
刃を手にすれば、武器さえあれば、そう思っていた。
しかし違った。何もかも差が大きすぎる。体重差も筋力の差も、武装の差も。
「ぐっ!」
盾がシャロンの体に叩きつけられ、双方の距離が開く。
そこへディーノが切り返した槍斧を水平に一閃。
これを剣で受け流すシャロン。
いや、受け流したというよりは、押しのけられたという表現のほうが近い。
衝撃にシャロンの体勢が大きく傾く。
そこへ今度は逆水平の一撃。
受けた刃から派手に火花が散り、シャロンの体が逆方向に傾く。
だがまだ倒れない。
間髪入れずに袈裟斬り、逆水平、そして振り上げる逆風と続く。
まるで嵐の中に晒された草花のようにシャロンの体が踊る。
されど倒れない。懸命に堪える。
いつ終わってもおかしくない状況。
だが、ここに至って、シャロンの心は冷静さを取り戻しつつあった。
ひらめきのような何かが、シャロンの中に生まれつつあった。
同じ言葉が何度もシャロンの中で木霊していた。
考えろ、と。
この状況を覆せる何かを見つけ出せ、と。
それが剣では無い事はもう明らかになった。
重量差も筋力差も圧倒的。ならば同じもので勝負しては駄目だ、と理性が声を上げ続けていた。
そして直後、シャロンの理性は言葉を変えた。
私にあって、この男に無いものはなんだ? と。
それはすぐに思いついた。
この男は、
(魔法使いでは無い)
ということ。
分かりきった当たり前の事。
だが、言葉は続いた。
「「その違いを有利に活かす手を考えろ」」と。
なぜだか、二つの声が重なっていた。
一つは理性の、自分の声。
そしてもう一つは、混沌から響いた偉大なる者の声。
混沌はその声を響かせたと同時に、シャロンの脳裏にある映像を浮かび上がらせた。
それは先の、リックとの戦いのものだった。
何を意味するのか、何を言わんとしているのか、聞くまでも無くシャロンは理解出来た。
相手が魔法使いでは無いという事実と繋がったからだ。
そして相手の両手は武器で塞がっている。
つまり、
(関節技が通じる!)
ということ。
瞬間、シャロンは思わず息を呑んだ。
もう既に追いつかれていたからだ。
いや、二人の距離は先ほどからほとんど変わっていないのだ。
闇にぼんやりと浮かぶ白い両目がそう物語っていた。
しかしおかげで次の攻撃の軌道は読めた。
左足と両手を使って安全地帯に飛び込む。
もはや立ち上がる暇も無い。
地面を這うように、犬のように逃げ惑う。
その哀れな背中を、刃が何度もかすめる。
「っ!」
その風圧を感じるたびに、怖気が背中を駆け上がる。
かつてない醜態を晒すシャロン。
だが、それはどうでもいいことだった。
どれだけ無様であろうが、みっともなかろうが、とにかく生き残る。生きてさえいればいつか何かが出来る、シャロンはそんな哲学を持っていた。
ゆえに、これだけの絶望と恐怖の中であっても、シャロンはあきらめていなかった。虫を使ってディーノを探っていた。
が、虫が送ってくる情報はどれも希望とは正反対のものであった。
「!?」
ある虫からの情報にシャロンの目が見開く。
その内容は、「丸い影が迫ってくる」という単純なものであった。
それが盾を前に構えた体当たりであることは瞬時に分かった。
回避不能であるという単純な結論もだ。
だが、選ぶことは出来た。
這いつくばったまま押しつぶされるか、立ち上がって受けて吹き飛ばされるかだ。
そしてシャロンは後者を選んだ。
「きゃああぁっ!」
甲高い声を上げながら、地面の上を二転、三転。
痛みから生まれたものでは無い、恐怖によるただの悲鳴。
しかし、ふと気付けば、
「……!」
いつの間にか、右手の中に剣があった。兵士の死体から拾っていた。
シャロンの本能と、混沌がそうさせていた。
シャロンの本能と混沌は理解したのだ。この戦いがどういうものなのかを。
魔法は役に立たない。感知もほとんど機能しない。
頼りになるのは重さと速さのみ。
そうだ、この戦いは言わばただの殴り合い、原始的なぶつかり合いなのだ。ディーノはそのような無骨な土俵の上に相手を強制的に登らせる存在なのだ。
だが、シャロンの理性は、いや、本能も混沌もまだ理解していない。それがどれだけ絶望的なものなのかを。
だから、知らぬがゆえに、シャロンは剣で立ち向かおうと思った。
立ち上がりながら構える。
握り手を腰の辺りに置き、剣先を上へ。
その鋭利な先端が浮かび上がっている両目を指した瞬間、影は蠢き、銀閃を放った。
シャロンが剣を振るい、それを迎え討つ。
が、
「っ!」
シャロンが放った銀閃は一方的に打ち負かされた。
衝撃に足元がふらつく。
揺らぐ視界の中に、影が放った追撃の銀色が映り込む。
避けられない。ゆえに、シャロンは刃に左手を添え、剣を盾にするように構えた。
次の瞬間、
「あぁぅっ?!」
甲高い金属音と共に、激痛が溢れた。
刹那遅れて喪失感が心を蝕み始める。
叩き折られた刃と共に大事なものが、左手首から先が無くなっていた。
赤い蛇口と化した手首から生まれる激痛が喪失感を逆に覆いつくす。
「う、あぁっ!」
言葉にならない悲鳴を漏らしながら、折れた剣を影に向かって投げつける。
そしてシャロンは背を向けて再び逃げようとしたのだが、
「っ!」
腱の切れた右足が、義足の左足が言うことをちゃんと聞いてくれない。
歩き慣れていない子供のように足がもつれる。
時に地面に手をつきながら、必死に走る。
時に瓦礫を拾い、影に向かって投げつける。
それが丸盾で防がれる音を聞きながら、シャロンはある兵士の死体のそばに這い寄った。
地に寝そべっている亡骸の首襟を掴む。
ひっくり返して腰にある剣をもらうつもりだった。
が、
「!」
それは間に合わないと、虫の報せが届いた。
だから、シャロンは、
「あああっ!」
右腕の中で星を爆発させ、死体を影に向かって投げつけた。
同時に膝を爆発させて地を蹴り、投げた死体の腰に、剣に手を伸ばす。
そしてシャロンの右手が剣の柄を握り締めた瞬間、
「っ!」
目の前で銀閃が水平に走った。
死体の腹が綺麗に割れ、上半身と下半身が別れ始める。
その裂け目から覗き見えた白い眼と視線が交わる。
瞬間、シャロンは好機だと思った。
ディーノの視線に、僅かであるが驚きの色が混じっているのを感じ取ったからだ。
視線が交わる直前までディーノの両目は影に覆われていたのだ。死体を投げつけただけだと思い込んでいたのだ。
ディーノが槍斧を切り返し始める。
だが、それよりもシャロンの踏み込みのほうが速い。
逆手持ちの要領で剣を強引に引き抜きながら、二つになった死体を押しのける。
そしてシャロンは死体の腹から溢れ広がった赤いカーテンの隙間を通り抜けながら、
「疾ッ!」
眼前にある影に向かって、刃を走らせた。
しかし無慈悲な丸盾がそれを許さない。
場に響いたのは乾いた金属音。
全体重と速度を乗せた一撃だった。
しかしディーノはびくともしていない。
この時、シャロンの理性はようやく絶望に蝕まれ始めていた。
刃を手にすれば、武器さえあれば、そう思っていた。
しかし違った。何もかも差が大きすぎる。体重差も筋力の差も、武装の差も。
「ぐっ!」
盾がシャロンの体に叩きつけられ、双方の距離が開く。
そこへディーノが切り返した槍斧を水平に一閃。
これを剣で受け流すシャロン。
いや、受け流したというよりは、押しのけられたという表現のほうが近い。
衝撃にシャロンの体勢が大きく傾く。
そこへ今度は逆水平の一撃。
受けた刃から派手に火花が散り、シャロンの体が逆方向に傾く。
だがまだ倒れない。
間髪入れずに袈裟斬り、逆水平、そして振り上げる逆風と続く。
まるで嵐の中に晒された草花のようにシャロンの体が踊る。
されど倒れない。懸命に堪える。
いつ終わってもおかしくない状況。
だが、ここに至って、シャロンの心は冷静さを取り戻しつつあった。
ひらめきのような何かが、シャロンの中に生まれつつあった。
同じ言葉が何度もシャロンの中で木霊していた。
考えろ、と。
この状況を覆せる何かを見つけ出せ、と。
それが剣では無い事はもう明らかになった。
重量差も筋力差も圧倒的。ならば同じもので勝負しては駄目だ、と理性が声を上げ続けていた。
そして直後、シャロンの理性は言葉を変えた。
私にあって、この男に無いものはなんだ? と。
それはすぐに思いついた。
この男は、
(魔法使いでは無い)
ということ。
分かりきった当たり前の事。
だが、言葉は続いた。
「「その違いを有利に活かす手を考えろ」」と。
なぜだか、二つの声が重なっていた。
一つは理性の、自分の声。
そしてもう一つは、混沌から響いた偉大なる者の声。
混沌はその声を響かせたと同時に、シャロンの脳裏にある映像を浮かび上がらせた。
それは先の、リックとの戦いのものだった。
何を意味するのか、何を言わんとしているのか、聞くまでも無くシャロンは理解出来た。
相手が魔法使いでは無いという事実と繋がったからだ。
そして相手の両手は武器で塞がっている。
つまり、
(関節技が通じる!)
ということ。
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