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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十六話 暴風が如く(4)

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「任せたぞ」という女の声が響き、「ええ」というシャロンの答えが響く。
 シャロンはやるべき仕事を、呼ばれた理由を理解していた。
 なぜなら、シャロンの得意分野は精神攻撃と魂の扱いなのだから。シャロンは魂を使った攻撃、魂への直接攻撃の技術に長けているのだ。
 そして体の制御権を得たシャロンは、即座にその技を見せた。
 一撃離脱の後退時に右手から網を放つ。
 サイラス達との戦いで見せた、虫を貼り付けてあるもの。
 攻撃用に特化した虫。相手の魂に噛み付き、砕き、そして食らう。
 栄養になるかならないかは関係無い。だが、型が無く、変化し続けているアランの魂達ならば栄養源に出来る可能性は通常より高い。その点でもこの攻撃はアランと相性が良い。
 そして、シャロンのこの攻撃を今の距離で対処する手段は一つであり、アランは即座にそれを見せた。
 炎を纏った斬撃。
 股下から頭上に振り上げる逆風の型で迫る網を焼き払う。
 しかしただの炎魔法では虫は殺せない。
 当然、この炎にも相殺用の虫が仕込んである。
 しかしそれは、自分の魂を削って放っているものであり、すなわち消耗するということだ。
 虫の群れがぶつかり合う。
 その決着が着くよりも早く、シャロンは再び網を放った。
 シャロンはもう一撃離脱の戦法にこだわっていない。相手の魂を消耗させるだけならば、無理に近付く必要が無い。
 ひたすらに網を投げ続ける。
 戦いは再び一転して中距離での魔法の応酬、魂のぶつけ合いに。
 そしてシャロンが期待する効果はすぐに表れた。
 アランの両足から「あの男」の気配が完全に消えたのだ。
 それを感じ取ったシャロンは薄い笑みを浮かべ、

(……良し!)

 喜びの声をアランの心に響かせた。
 勝てる、という思いが確信に変わりつつあった。

(しかし、)

 同時に思う。
 際どすぎる戦いだったと。
 もし、アランが今の境地にあと一ヶ月早く辿り着いていれば、自分に勝ち目は無かったかもしれない、そう思えるほどに。
 シャロンはその思いを正直に、アランの心に響かせた。
 しかし答えは、感情は何も返ってこない。
 が、シャロンはその理由に気付いていた。
 答える余裕すら、シャロンの声に反応する余裕すらもう無いのだ。
 シャロンは網を投げながら時を待った。
 心が読めずとも、この後の展開は予想がついた。
 そして間も無く、状況はシャロンが思った通りになった。
 カルロの気配が弱くなってきたのだ。
 もうすぐ炎を満足に使えなくなるだろう。
 しかしそれはアランも分かっているはず。

(ならば、どこかで勝負に――)

 シャロンがそんな思いを言葉にした瞬間、

(来る!)

 その時は訪れた。
 アランの両足に、「あの男」の気配が蘇ったのだ。
 消えていた他の者達もだ。
 天の川が再びアランの体内に流れる。
 それが最後の力を振り絞ったものであることは明らかだった。
 シャロンにはその一撃を凌ぐ自信が、勝算があった。
 アランが壁際に陣取ってくれたおかげで、後方に広々とした空間があるからだ。
 つまり、機動力の差を利用してここを走り回れば良い、ということ。
 だからシャロンは思った。
 私は運が良い、と。
 しかし直後、

「!」

 瓦礫が崩れる音が、シャロンの耳に入った。
 発生源は真上。
 素早く後方に跳び退く。
 直後、まるでアランの盾になるかのように、シャロンとほぼ同じ大きさの瓦礫が眼前に崩れ落ちてきた。
 着地と同時に視線を上へ、これをやった犯人の方に向ける。
 すると、そいつの影が天井に出来た穴から差し込む光の中に見えた。

「!?」

 瞬間、シャロンは気付いた。
 その影に微妙な濃淡があることを。
 そして同時に感知した。

(風切り音?!)

 細い飛来物が飛んできていることを。

「くっ!」

 それが矢であったことは、すばやく地を蹴りなおして回避した後に判明した。

(この攻撃何か――)

 そして女は矢が自分の横を通り過ぎるのを感じながら思った。
 何か妙だ、と。
 どうしてこんな単純な攻撃の察知が遅れたのかと。
 自分の計算速度はそこまで鈍ってはいないはずだ、と。
 女はその答えを探したが、見出すよりも早く、声が響いた。

「いいや、今回に限っては君の運は悪い」

 それは先に思った「私は運が良い」という言葉に対する否定だった。
 そして直後、その声の主は光差す天井から漆黒の舞台の中に降り立った。
 顔は影に覆われているせいで見えない。
 が、女には見るまでも無かった。
 探していた。話したかった。だから、女はその名を叫んだ。

「ルイス!」
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