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第六章 アランの力は遂に一つの頂点に

第四十五話 伝説との邂逅(5)

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 そしてその驚きの発露と同時に、読み合いは止まった。
 女の意識がクレアから外れたのだ。
 女の瞳が動き、視線がクレアの背後に向けられる。
 そこには、

「母上!」

 母の窮地を救うために床を蹴ったリックの姿があった。
 その踏み込み速度は母と同等。
 リックもまた母と同じようにその心臓を高鳴らせていた。これほどの実力差がある相手に温存など出来ない、それを理解していた。
 そして、前に伸び始めたリックの影と併走するものがあった。
 それはカルロの炎。
 着地狩りから庇ってくれた、その恩に報いるためにカルロは思わず動いていた。
「巻き込まれるぞ、止まれ」というカルロの意識と、「問題無い」というリックの意識、二つの心の声が交錯する。
 この交錯をクレアは反撃の好機と見た。
 息子が何をするつもりなのか、クレアは理解していない。息子の心を読んだわけでは無い。アランからの答えはまだ届いていない。
 ただ、息子を「信用」している、それだけである。
「信頼」、それはどんな感知、どんな共感よりも、武神の号令すらも凌駕する連携、それを実現するものであった。
 思考を読むという過程そのものが存在しない。ゆえに、

「!」

 クレアは女よりも一瞬早く動くことが出来た。

「蛇ッ!」

 クレアの像がぶれ、その右足が蛇のように奔る。
 姿勢を低くしながらの振り返り足払い。刀での迎撃を警戒したゆえの下段。

「チッ!」

 迫る炎と足払い、女には跳び退くという選択肢しか見出せなかった。
 女の影が後方に流れ始める。
 直後に、女の視界は赤色で染まった。
 眼前を埋め尽くすように通り過ぎていく炎。
 その次の瞬間、

「雄ォッ!」

 赤い壁を突き破って、リックが女の眼前に現れた。
 光る盾を右手に携えて(たずさえて)。
 その盾は丸いものでは無かった。まさしく傘のような六角錐の形状をしており、高速で回転していた。
 かつてアンナとの戦いに使った「炎払い」の盾だ。
 しかしこの時点で女はリックの考えを読んでいた。
 ゆえに先に動いたのは女。
 手首を水平に鋭くしならせ、小さな動作でそれ相応の大きさの三日月を放つ、
 威力は無く、着弾までに分裂もしないが速い。リックが避けられない程度には。

(くっ!)

 ゆえに、リックは攻撃に用いる予定だった傘を防御に使わざるを得なくなった。
 迫る三日月に傘を叩き付け、払う。
 衝突点から閃光が溢れ、双方の視界を白く染まる。
 時間にして数瞬。
 しかしこの僅かな時間がこの速度の世界では大きな差を生む。
 視界が回復し、二人の視線が交錯する。
 女の姿勢は変わっていないように見える。
 攻撃意識も感じられない。台本は開かない。ただの様子見のように思える。
 が、

(違う!)

 瞬間、アランだけが気付いた。
 女の筋肉が、右足が動き始めている。
 リックの足を払う気だ。
 しかしやはり女から「蹴る」という意識は感じられない。
 どうなっている? その言葉が浮かぶよりも早く、アランは答えを見つけた。

(……虫が、足に?!)

 雲水が使っていたのと同じ技。
 こいつも使えるのか、ならば本体の思考だけばかり読んでいては駄目だ、その事に気付いたアランは感知と台本の機能を修正にかかった。
 しかし手遅れ。リックに伝えるのは間に合わない。

「――っ」

 そして訪れるであろう結果に、アランは奥歯を噛み締めようとしたが、

「「!?」」

 直後、アランと女の意識は驚きに染まった。
 リックが女の足払いを左足で止めたのだ。

「っ?!」

 そしてその衝撃を感じた瞬間、リックの意識もまた二人と同じ色に染まった。
 しかしその色には焦りの色が滲みつつあった。
 背中には冷や汗が流れつつある。
 なぜ防御出来たのか、自分でもよく分からなかったからだ。

(もしや……?!)

 その秘密に真っ先に気付いたのは女。
 誰かに操られた気配は無い。
 当然、こいつの感知能力が高いわけでも無い。
 だが一つ、分かりやすい特徴がある。
 思考が小さく、そして動作に移るまでが早いのだ。
 それも異常に。
 そして、女がその答えを言葉として表現しようとした瞬間、

「!」

 突如目に差し込んだ光に、女は目を細めた。
 受け止めた左足を地面に下ろしながら放つ左正拳突きだ。
 その閃光に重なって伝わる脳波から、女は確信を得た。

(やはり!)

 こいつは反射神経が異常に鋭いのだ! 女は答えを叫びながら、リックの拳を迎え撃った。
 迫るリックの手首を狙って、左に振った刃を右に切り返す。
 しかし思考が小さいということは、

「?!」

 動作の切り替えも早いということ。
 ぶつかり合う直前で同時に止まる拳と刃。
 まるで同じ台本で打ち合わせていたかのよう。
 迎撃されると判断したリックが拳を止め、それを感じ取った女が刃を止めたのだ。
 そして動き始めたのも同時。
 胸元に退き始めたリックの左拳を突き裂かんと、刃が追う。
『追いつかれる』、台本がその言葉を示すよりも早く、リックは動作を切り替えた。

(なに?!)

 そして直後に見せたリックの動きは女を驚かせた。
 なんと、剣先を「指でつまんだ」のだ。
 筋肉の硬直が無い「ゆらり」とした動きで。
 動作の始動がはっきりしないゆえに、余計に速く見える。
 だが、女が驚いたのはそこでは無い。
 追いつかれることを察したリックが思考と動作を切り替えたのは感知出来た。
 しかし、その時点ではリックは剣先を掴もうなどとは考えていなかった。
 ただ、無策に拳を剣先にぶつようとしているようにしか見えなかった。そしてそれは思考を読み直してもその通りだった。
 だが、拳に剣先が突き刺さる寸前になって、リックは「掴む」という思考に切り替えたのだ。
 この男には恐怖というものが無いのだろうか?

(否!)

 ふと湧いたその疑問を女は瞬時に否定した。
 この男にも恐怖はある。
 が、

(思考から動作の際にそれが、恐怖が機能していない!)

 のだ。
 通常時と攻撃動作時で感情が使い分けられている。
 正に理想的。完成された「凶戦士」と呼べる存在だ。

「くっ!」

 そして女の声を合図に、二人はまたも同時に動き出した。
「へし折る」という意思と共にリックの右腕が伸び、そうはさせまいと女の左腕が前へ出る。
 その先端の形は対照的。
 石のように硬く握り締められたリックの右拳に対し、女の左手は槍のような貫手。
 添え木と包帯で固定されているゆえにこれ以外の型を作れないからだ。
 だが、それでもこの魔力差ならば一方的に貫ける、そう判断した女は左手を加速させた。
 しかし、直後、

「うっ?!」

 女はまたも驚かされた。
 左手を掴まれたのだ。
 まただ。リックはまた直前で切り替えたのだ。

「ぐっ!」

 そして女の口から苦悶の声が漏れるまでに時間はさほどかからなかった。
 指を握り折られたのだ。
 これで左手の指は全滅した。
 鋭い痛みが腕を伝って脳に走る。
 そこに、新たな痛みが加わりつつあった。
 リックが手首を捻ろうとしている。
 魔法使い相手に、この私に関節技を仕掛けている、その事実は女の逆鱗に触れた。

(図に乗るなっ!)

 そして女はリックの心に叫び声を叩き付けると同時に、左手の魔力を爆発させた。

「つっ!」

 リックの口から苦悶の声が漏れ、女の左手に重ねていた右手が弾かれる。

「破ァァッ!」

 そして女は荒ぶる心のままに、リックに襲い掛かった。

『水平斬り、左掌底打ち、左足払いと同時に袈裟斬り』

 凄まじい速度でめくれ始める台本。
 折れていようが関係無い、そんな叫びが繰り出される女の左手から伝わってくる。
 そしてその速さに劣らぬ対応力を見せるリック。
 今のリックにとって台本は答え合わせに過ぎない。台本が提示するよりも速く動いている。
 迫る刃を、そして左手を受け流し、時に弾く。
 その苛烈さは、双方の心をさらに昂ぶらせるかのように思えたが――

「「……?!」」

 奇妙なことに、二人が抱いたのは違和感。
 何かがおかしいと、女は思った。
 いくら反射神経が良いとはいえ、これだけの実力差がある相手にこうも粘られるものなのだろうか、と。
 そしてそれはリックも同意見であった。
 なぜ粘れているのか自分でもよく分からない。なぜか凌げている。体が勝手に動き、防御してくれている。
 まるでこの女の動きを以前から知っていたかのように――

「!」

 瞬間、リックは気付いた。
 自身の違和感の中に、違う感情が混じっていることを。
 それは既視感。
 女の動きが誰かに似ているのだ。

(これはまるで……)

 その誰かの影は目の前にいる女に重なり、言葉となった。
 彼と打ち合っていた時のような、リックがそう思った瞬間、

「!?」

 女の瞳に新たな色が加わった。
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