76 / 586
第四章 神秘はさらに輝きを増し、呪いとなってアランを戦いの場に連れ戻す
第二十六話 ディアナからサラへ(4)
しおりを挟む
◆◆◆
一方、バージルの修行の日々は淡々と続いていた。
それは緩やかであったが、着実に変化していった。
バージルは今では十秒ほど石を浮かせられるようになっていた。
そして、リックにも変化が現れていた。
あの「見えない訓練」の後、右手に巻かれる包帯の量が明らかに減ったのだ。
そして季節が移り、春が訪れた頃――
その日、バージルは訓練場にてリックと対峙していた。
双方は既に構えている。後はどちらが先に仕掛けるか。
クレアはその様子を少し離れたところから見守っていた。
一時間前――
「息子と手合わせさせて欲しい?」
「はい」
「……」
バージルからの突然の申し出に面食らったクレアはすぐには答えられなかった。
「いけませんか?」
バージルの眼差しに悪意は感じられない。だが、それでもクレアはその訳を尋ねた。
「何故です。見るだけでは不服ですか?」
これにバージルは「はい」とはっきり答えた。
「……」
クレアは暫し沈黙し、考えた。
(……精鋭の肩書きを持つ盾の一族の男。息子の修行の成果を見るには不足ない相手。悪い話では無い。それに技の「理」を教えさえしなければ見られるのも組み手も大して変わらない)
クレアは「いいでしょう」と答えた後、言葉を付け加えた。
「ただし、真剣勝負は許しません。相手を殺さないように手加減すること。それと、有効な手が一撃決まった時点で終わりとします」
この言葉を聞いたバージルは、深い礼を返した。
だが、その顔は僅かに笑みを浮かべていた。
(……ここまではよし。後は勝負で技を使わせるだけだ。……お前たちが祖先から受け継いできた技術、もっと見せてもらわねばここに来た意味が無いからな)
そうして今に至る。
リックとバージル、双方の距離は少しずつ縮まっていた。
間合いの広さでは槍斧を持つバージルの方に分がある。既に大きく踏み込めば攻撃を仕掛けられる距離。
だが動かない。「一撃入った時点で終わり」というルールがバージルに緊張を与え、慎重にさせていた。
対し、リックの緊張はバージルよりは軽かった。
それはバージルが構えている武器がリックのよく知るものであったからだ。
ゆえに、リックは先に仕掛けた。
足に魔力を込め、鋭く踏み込む。
「!?」
その速度に、バージルは驚きをあらわにしつつも迎撃を放った。
槍斧を右から左へ水平に一閃。直撃すれば首が飛ぶ一撃。
これをリックは斧先が届くか届かないかのところで急減速をかけることで回避した。
リックの足が一瞬止まる。バージルはそれを見逃さなかった。
さらに一閃。リックの右肩を狙って斜めに振り下ろす。
これをリックは体を右斜めに大きく傾けて回避した。
槍斧を振り抜いた隙を突いて踏み込む。
だが、リックはすぐに足を止め、後方に飛び退いた。
バージルが光の壁を展開したからだ。
リックはそのまま距離を取り、構えを整えた。
「……!」
一方、クレアはバージルが放った一連の攻撃に目を見開いていた。
加減が全く感じられない。あの振り方で寸止めが出来るとは到底思えない。一体どういうつもりなのか。
「……っ」
答えの出ない問いに、唇をかみ締める。
しかしクレアは試合を止めるべきだとは思わなかった。
息子の回避動作に慣れと余裕が感じられたからだ。
かつて長物を使う無能力者と何度か戦ったと聞いた。バージルが使っている獲物はそれと似ているか同じものなのだろう。
そう考えたクレアは見開いていた目を細め、この戦いの行く先を思案した。
そしてその視線の先、構えたまま微動だにしない息子は、母と同じくバージルとどう戦うべきかを思案していた。
(奴の攻撃、あの無能力者には劣るが侮れん。それに何よりもあの防御魔法、厄介だ)
そう考えた直後、リックはこの戦いが始まる前に母から言われた言葉を思い出した。
「息子よ、もし危ういようであれば奥義を使いなさい」
「バージルに見せてよろしいのですか?」
「構いません。戦場で強者と対峙すれば使わざるを得ないのですから。戦場で見せるもここで見せるも大差はありません」
クレアは「それに――」と、言葉を繋げた。
「見るだけで簡単に盗めるようなものではありませんし」
一方、バージルの修行の日々は淡々と続いていた。
それは緩やかであったが、着実に変化していった。
バージルは今では十秒ほど石を浮かせられるようになっていた。
そして、リックにも変化が現れていた。
あの「見えない訓練」の後、右手に巻かれる包帯の量が明らかに減ったのだ。
そして季節が移り、春が訪れた頃――
その日、バージルは訓練場にてリックと対峙していた。
双方は既に構えている。後はどちらが先に仕掛けるか。
クレアはその様子を少し離れたところから見守っていた。
一時間前――
「息子と手合わせさせて欲しい?」
「はい」
「……」
バージルからの突然の申し出に面食らったクレアはすぐには答えられなかった。
「いけませんか?」
バージルの眼差しに悪意は感じられない。だが、それでもクレアはその訳を尋ねた。
「何故です。見るだけでは不服ですか?」
これにバージルは「はい」とはっきり答えた。
「……」
クレアは暫し沈黙し、考えた。
(……精鋭の肩書きを持つ盾の一族の男。息子の修行の成果を見るには不足ない相手。悪い話では無い。それに技の「理」を教えさえしなければ見られるのも組み手も大して変わらない)
クレアは「いいでしょう」と答えた後、言葉を付け加えた。
「ただし、真剣勝負は許しません。相手を殺さないように手加減すること。それと、有効な手が一撃決まった時点で終わりとします」
この言葉を聞いたバージルは、深い礼を返した。
だが、その顔は僅かに笑みを浮かべていた。
(……ここまではよし。後は勝負で技を使わせるだけだ。……お前たちが祖先から受け継いできた技術、もっと見せてもらわねばここに来た意味が無いからな)
そうして今に至る。
リックとバージル、双方の距離は少しずつ縮まっていた。
間合いの広さでは槍斧を持つバージルの方に分がある。既に大きく踏み込めば攻撃を仕掛けられる距離。
だが動かない。「一撃入った時点で終わり」というルールがバージルに緊張を与え、慎重にさせていた。
対し、リックの緊張はバージルよりは軽かった。
それはバージルが構えている武器がリックのよく知るものであったからだ。
ゆえに、リックは先に仕掛けた。
足に魔力を込め、鋭く踏み込む。
「!?」
その速度に、バージルは驚きをあらわにしつつも迎撃を放った。
槍斧を右から左へ水平に一閃。直撃すれば首が飛ぶ一撃。
これをリックは斧先が届くか届かないかのところで急減速をかけることで回避した。
リックの足が一瞬止まる。バージルはそれを見逃さなかった。
さらに一閃。リックの右肩を狙って斜めに振り下ろす。
これをリックは体を右斜めに大きく傾けて回避した。
槍斧を振り抜いた隙を突いて踏み込む。
だが、リックはすぐに足を止め、後方に飛び退いた。
バージルが光の壁を展開したからだ。
リックはそのまま距離を取り、構えを整えた。
「……!」
一方、クレアはバージルが放った一連の攻撃に目を見開いていた。
加減が全く感じられない。あの振り方で寸止めが出来るとは到底思えない。一体どういうつもりなのか。
「……っ」
答えの出ない問いに、唇をかみ締める。
しかしクレアは試合を止めるべきだとは思わなかった。
息子の回避動作に慣れと余裕が感じられたからだ。
かつて長物を使う無能力者と何度か戦ったと聞いた。バージルが使っている獲物はそれと似ているか同じものなのだろう。
そう考えたクレアは見開いていた目を細め、この戦いの行く先を思案した。
そしてその視線の先、構えたまま微動だにしない息子は、母と同じくバージルとどう戦うべきかを思案していた。
(奴の攻撃、あの無能力者には劣るが侮れん。それに何よりもあの防御魔法、厄介だ)
そう考えた直後、リックはこの戦いが始まる前に母から言われた言葉を思い出した。
「息子よ、もし危ういようであれば奥義を使いなさい」
「バージルに見せてよろしいのですか?」
「構いません。戦場で強者と対峙すれば使わざるを得ないのですから。戦場で見せるもここで見せるも大差はありません」
クレアは「それに――」と、言葉を繋げた。
「見るだけで簡単に盗めるようなものではありませんし」
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
赤貧令嬢の借金返済契約
夏菜しの
恋愛
大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。
いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。
クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。
王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。
彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。
それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。
赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。
私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
山猿の皇妃
夏菜しの
恋愛
ライヘンベルガー王国の第三王女レティーツィアは、成人する十六歳の誕生日と共に、隣国イスターツ帝国へ和平条約の品として贈られた。
祖国に聞こえてくるイスターツ帝国の噂は、〝山猿〟と言った悪いモノばかり。それでもレティーツィアは自らに課せられた役目だからと山を越えて隣国へ向かった。
嫁いできたレティーツィアを見た皇帝にして夫のヘクトールは、子供に興味は無いと一蹴する。これはライヘンベルガー王国とイスターツ帝国の成人とみなす年の違いの問題だから、レティーツィアにはどうすることも出来ない。
子供だと言われてヘクトールに相手にされないレティーツィアは、妻の責務を果たしていないと言われて次第に冷遇されていく。
一方、レティーツィアには祖国から、将来的に帝国を傀儡とする策が授けられていた。そのためには皇帝ヘクトールの子を産む必要があるのだが……
それが出来たらこんな待遇になってないわ! と彼女は憤慨する。
帝国で居場所をなくし、祖国にも帰ることも出来ない。
行き場を失ったレティーツィアの孤独な戦いが静かに始まる。
※恋愛成分は低め、内容はややダークです
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でもある時、マリアは、妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる