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第一部 記憶喪失と竜の子
最初の魔法
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「アプス、どうして……」
「や、やだな……知ってるでしょう? 貴方が本物のマグ先生なら。僕が剣なんて使ったことないって……!」
「なんだって……?」
何故相手に向かっていかないのかと俺が問おうとすると、苛立った声でアプスは返した。
彼の声に合わせて、手元の光がバチバチと線香花火のように短く無数に弾ける。
背負った武器が悲鳴を上げて泣いているかのように輝く電気の波が伝う。
それが勢いを無くすと、路地裏を照らしていた明かりが終わって急に暗くなった。
「先生助けてください。僕には出来ないんです……! 貴方の得意な魔法で、僕の友達を……!」
真実を自ら暴き先ほどまでの勇ましさを放り投げて、弱々しく俺に縋るアプス。
自分ではどうしようもないという悲痛を全面に出した声だった。
彼の気持ちを知ってやりたかったが、俺は彼が言う、彼をよく知るマグではない。
彼が戦えないことも薄々予想はしていなかったわけではないが、この展開になるということに気付くまで今この瞬間がくるまでの時間を思い切り費やしてしまった。もっと早く知っていたところで、事態が急変することもなさそうだが。
「ま、魔法でって……? だって俺、何も覚えてなくて……!」
期待に応えたいのは、否、今応えなくては彼らの憧れである教師・マグの名前をも廃らせてしまう。
気持ちの中ではおうと頷き、すぐにでも二人の力になりたい。
けれど現実はそう上手くいかないことばかりで、俺の気持ちもこのままでは挫けそうだ。
――――――魔法とは一体、どうやって使うものなのか。
まったくわからない。
俺には、剣が抜けないアプスを責めることも、不注意で拐われたスーを叱ることもこのままでは出来ない。二人の教師として振る舞うなんてもってのほかだ。
誰かが、例えばこの世界に来るときに魔法についての説明や扱い方を教えてくれたならすぐに俺にも見せ場が出来ていたかもしれない。
でも、俺にそんな親切な係はついていなかったし、マグに魔法が使えることだってアプスの口から聞かなければ知らないままだったかもしれない。
つくづく不親切な異世界に来てしまったが、俺がこの世界を選んで来たのかもわからないし、文句を言える相手も存在しない。
――――――魔法を、やってみるしかない。
「……わかった。退いててくれ、アプス」
わからないが、挑戦はできる。
魔法というものをマグの体が覚えていてくれたのであれば俺にも扱えるかもしれない。
アプスが灯していた光の玉も魔法だとすれば、その真似をすれば何か起こせるかもしれない。
可能性はないわけではない。
「頼むぞ、マグ先生。あんたの魔法を俺にも使わせてくれ」
自分自身に囁くと、アプスを下げさせ敵に向かって手を突きだす。
と、突然体の主が囁きに応えたかのように、薄い光の帯を大気から引き寄せ始めた。
力を込める片腕の爪の先に痺れるような痛みが走り、その指先に吸い寄せられるように緑色の細やかな光が浮き上がる。体が急に軽く感じられる。
思い出そうとすれば頭痛を起こして邪魔ばかりしていた脳が俺の言葉に従っているのだろうか。
頭の中に無数の文字が現れる。何が書いてあるかまでは読み取れないが、何百何千と羅列するそれが、手元の光の帯の上を走り出す。
それは無尽蔵に拡がり、頭の中が巨大な一冊の辞書を高速で読み漁っているかのようだ。情報同士がぶつかり合い、その度に光を散らして俺の指先に現れる。
止まらない。文字の波に溺れてこのままでは酔ってしまいそうだ。そろそろ、このうちの一つを自分の魔法として選ばなくてはならないのだと体が震えて教えてくる。
光の玉。それと似たものを探して自分の魔法にする。超速の辞典に爪を立て、針を落として打ち止めるように自分の片手に命令しよう。
「これだ……!」
マグの扱う魔法のうちの一つを記憶の辞書から選び出し、俺は振りかざした手の指を折る。
――――――その瞬間、真っ白な閃光が視界を埋め尽くして爆発した。
辺り一面四方の全てから上空足元に至るまで強い光が視界を遮る。
目を焼くような強烈な光はまるで、太陽を全身に浴びたように激しく熱く瞼を震わせた。
「うわっ!」
爆発音と共に強い風を巻き込む光によって体が後ろへ押され、俺は思わず地面に尻餅をついてしまった。
白い視界が次第に景色を隙間に見せるようになると、光は粒子となって狭い路地を照らしながら降り注ぐ。
魔法を使うと念じた際、脳の内から具現化されて手元で回っていた文字を纏った帯はもう俺の前から消え去っていた。
膨張した何かが破裂したような音がしたはずだったが、路地裏の壁が壊れた様子もなく、スーを抱えた騎士の男にも怪我を負わせてはいなかった。
どうやら俺がマグの扱う魔法から選んだのは、凄まじい光による目眩ましの術だったらしい。
「は、はは……脅しやがって、それだけか……」
俺の術を受けた男は咄嗟に目を塞いだらしく大したダメージを浴びることなく、その場を凌いだらしい。
だが、目眩ましでも十分だった。彼の腕から気を失ったスーがすり抜けたその隙を見逃さない。
「アプス、今だ! スーをあいつから取り返し、て……?」
後方に退かせていたアプスに指示をするが、彼からの返事はない。
振り向くと、彼もまたスーと同じく気を失い地面に突っ伏してしまっていた。今の閃光の術をまともに見てしまったのだろう。
「おいおい、肝心なときにお前なぁ……って、ま、待て!」
俺が余所見をした隙に男はスーを拾い上げて体勢を立て直し、路地を駆け出す。
反対側から通りに逃げられてしまってはまずい。はぐれたら、街の歩き方もわからない俺一人ではとても追い掛けることはできない。なんとしても捕まえなければ。
しかし、尻餅をつくほど反動が出る魔法を使った直後で思うように走れず、奴との距離が縮まらない。
このままでは。
そう思った直後、前方に巨大な人影が現れ、スーを誘拐した男の前に突如立ちはだかった。
それは身の丈が2メートル以上あるであろう女性の影で、彼女は手に大きな鉛色の棍棒を持っており、横切ろうとした男の顔目掛けて振り下ろした。
「ぐわっ!!」
「ひゃっ! ひゃあっ! ……っ! や、やばい…! し、死んでない? 死んでないですか? だだ、大丈夫です……か……?」
グシャッ。と、肉が崩れるような音がして男の体が地面に衝突する。
その様子に、そうさせた当の本人の大柄な女性は慌てふためいて持っていた棍棒を手離した。
相当に重いものだったのだろう、俺が彼女の前でよろめくと同時に轟音が響く。
「あわわわ……打ちどころ悪くなかったですか…? 大丈夫か、な……? うぅ、恨まないでください……怒らないでください……ひいぃ……っ!」
間近で見た女性は近づけば近づくほど背が高く、長く見続けるには首が痛くなる覚悟が必要そうだった。
彼女は頭のウェーブのかかった癖っ毛が頬や首の回りで巻いており、本来耳がある位置には下向きの長い動物耳が生えている。
涙を目の端一杯に溜めて、自分が倒した男の背中を見下ろしながら懸命に許しを得ようと早口になっているが、顔が潰れて伏している男には聞こえていなそうだ。
俺から見えるところで、息をしていることが辛うじてわかるがもう虫の息といった程度。彼女の話をきく余裕はない。
「あ、あの……」
「は、はは、はいいぃっ!! な、何でしょうか?!」
一々吃らなくては喋られないのだろうか。
大柄女性は大きな体をきゅっと縮ませて涙を拭いながら俺を見た。
体を小さく縮ませるという例えは彼女には無理かもしれない。ひたすら縦に身長が高く、胸は脂肪にしては厳つすぎる。上手く内股がつくれていない脚はガタガタと震えていて。腰は引き締まっているが、突きだした臀部からは鞭のようにしなる細くて毛の生えた茶色い尾が揺れている。
何に怯えているのか知れない下がり眉。黒いコートの上に黄色のストールを巻き、首に家畜用の大きな平たいベルがついていた。
「あっあっ、お連れのお嬢さんですね?! だ、大丈夫です。この子は全然何ともないですよぅ……」
獣人として最初に出会ったシグマとはまた違い顔は人間のものだが、大きさと鈍臭い雰囲気を持つ動物の獣人だ。
俺が何もいわなくても、彼女は騎士からスーを取り返していてくれたらしい。
「あ、ありがとう。貴女は……」
「は、はい……! 私、フィーブル・アーディバロンと申します。その、これでも、この街を守る騎士なんですぅ……」
名乗ったフィーブルは下がり眉をそのまま、スーを俺の体に預けながら優しく笑い小さな会釈をした。
「や、やだな……知ってるでしょう? 貴方が本物のマグ先生なら。僕が剣なんて使ったことないって……!」
「なんだって……?」
何故相手に向かっていかないのかと俺が問おうとすると、苛立った声でアプスは返した。
彼の声に合わせて、手元の光がバチバチと線香花火のように短く無数に弾ける。
背負った武器が悲鳴を上げて泣いているかのように輝く電気の波が伝う。
それが勢いを無くすと、路地裏を照らしていた明かりが終わって急に暗くなった。
「先生助けてください。僕には出来ないんです……! 貴方の得意な魔法で、僕の友達を……!」
真実を自ら暴き先ほどまでの勇ましさを放り投げて、弱々しく俺に縋るアプス。
自分ではどうしようもないという悲痛を全面に出した声だった。
彼の気持ちを知ってやりたかったが、俺は彼が言う、彼をよく知るマグではない。
彼が戦えないことも薄々予想はしていなかったわけではないが、この展開になるということに気付くまで今この瞬間がくるまでの時間を思い切り費やしてしまった。もっと早く知っていたところで、事態が急変することもなさそうだが。
「ま、魔法でって……? だって俺、何も覚えてなくて……!」
期待に応えたいのは、否、今応えなくては彼らの憧れである教師・マグの名前をも廃らせてしまう。
気持ちの中ではおうと頷き、すぐにでも二人の力になりたい。
けれど現実はそう上手くいかないことばかりで、俺の気持ちもこのままでは挫けそうだ。
――――――魔法とは一体、どうやって使うものなのか。
まったくわからない。
俺には、剣が抜けないアプスを責めることも、不注意で拐われたスーを叱ることもこのままでは出来ない。二人の教師として振る舞うなんてもってのほかだ。
誰かが、例えばこの世界に来るときに魔法についての説明や扱い方を教えてくれたならすぐに俺にも見せ場が出来ていたかもしれない。
でも、俺にそんな親切な係はついていなかったし、マグに魔法が使えることだってアプスの口から聞かなければ知らないままだったかもしれない。
つくづく不親切な異世界に来てしまったが、俺がこの世界を選んで来たのかもわからないし、文句を言える相手も存在しない。
――――――魔法を、やってみるしかない。
「……わかった。退いててくれ、アプス」
わからないが、挑戦はできる。
魔法というものをマグの体が覚えていてくれたのであれば俺にも扱えるかもしれない。
アプスが灯していた光の玉も魔法だとすれば、その真似をすれば何か起こせるかもしれない。
可能性はないわけではない。
「頼むぞ、マグ先生。あんたの魔法を俺にも使わせてくれ」
自分自身に囁くと、アプスを下げさせ敵に向かって手を突きだす。
と、突然体の主が囁きに応えたかのように、薄い光の帯を大気から引き寄せ始めた。
力を込める片腕の爪の先に痺れるような痛みが走り、その指先に吸い寄せられるように緑色の細やかな光が浮き上がる。体が急に軽く感じられる。
思い出そうとすれば頭痛を起こして邪魔ばかりしていた脳が俺の言葉に従っているのだろうか。
頭の中に無数の文字が現れる。何が書いてあるかまでは読み取れないが、何百何千と羅列するそれが、手元の光の帯の上を走り出す。
それは無尽蔵に拡がり、頭の中が巨大な一冊の辞書を高速で読み漁っているかのようだ。情報同士がぶつかり合い、その度に光を散らして俺の指先に現れる。
止まらない。文字の波に溺れてこのままでは酔ってしまいそうだ。そろそろ、このうちの一つを自分の魔法として選ばなくてはならないのだと体が震えて教えてくる。
光の玉。それと似たものを探して自分の魔法にする。超速の辞典に爪を立て、針を落として打ち止めるように自分の片手に命令しよう。
「これだ……!」
マグの扱う魔法のうちの一つを記憶の辞書から選び出し、俺は振りかざした手の指を折る。
――――――その瞬間、真っ白な閃光が視界を埋め尽くして爆発した。
辺り一面四方の全てから上空足元に至るまで強い光が視界を遮る。
目を焼くような強烈な光はまるで、太陽を全身に浴びたように激しく熱く瞼を震わせた。
「うわっ!」
爆発音と共に強い風を巻き込む光によって体が後ろへ押され、俺は思わず地面に尻餅をついてしまった。
白い視界が次第に景色を隙間に見せるようになると、光は粒子となって狭い路地を照らしながら降り注ぐ。
魔法を使うと念じた際、脳の内から具現化されて手元で回っていた文字を纏った帯はもう俺の前から消え去っていた。
膨張した何かが破裂したような音がしたはずだったが、路地裏の壁が壊れた様子もなく、スーを抱えた騎士の男にも怪我を負わせてはいなかった。
どうやら俺がマグの扱う魔法から選んだのは、凄まじい光による目眩ましの術だったらしい。
「は、はは……脅しやがって、それだけか……」
俺の術を受けた男は咄嗟に目を塞いだらしく大したダメージを浴びることなく、その場を凌いだらしい。
だが、目眩ましでも十分だった。彼の腕から気を失ったスーがすり抜けたその隙を見逃さない。
「アプス、今だ! スーをあいつから取り返し、て……?」
後方に退かせていたアプスに指示をするが、彼からの返事はない。
振り向くと、彼もまたスーと同じく気を失い地面に突っ伏してしまっていた。今の閃光の術をまともに見てしまったのだろう。
「おいおい、肝心なときにお前なぁ……って、ま、待て!」
俺が余所見をした隙に男はスーを拾い上げて体勢を立て直し、路地を駆け出す。
反対側から通りに逃げられてしまってはまずい。はぐれたら、街の歩き方もわからない俺一人ではとても追い掛けることはできない。なんとしても捕まえなければ。
しかし、尻餅をつくほど反動が出る魔法を使った直後で思うように走れず、奴との距離が縮まらない。
このままでは。
そう思った直後、前方に巨大な人影が現れ、スーを誘拐した男の前に突如立ちはだかった。
それは身の丈が2メートル以上あるであろう女性の影で、彼女は手に大きな鉛色の棍棒を持っており、横切ろうとした男の顔目掛けて振り下ろした。
「ぐわっ!!」
「ひゃっ! ひゃあっ! ……っ! や、やばい…! し、死んでない? 死んでないですか? だだ、大丈夫です……か……?」
グシャッ。と、肉が崩れるような音がして男の体が地面に衝突する。
その様子に、そうさせた当の本人の大柄な女性は慌てふためいて持っていた棍棒を手離した。
相当に重いものだったのだろう、俺が彼女の前でよろめくと同時に轟音が響く。
「あわわわ……打ちどころ悪くなかったですか…? 大丈夫か、な……? うぅ、恨まないでください……怒らないでください……ひいぃ……っ!」
間近で見た女性は近づけば近づくほど背が高く、長く見続けるには首が痛くなる覚悟が必要そうだった。
彼女は頭のウェーブのかかった癖っ毛が頬や首の回りで巻いており、本来耳がある位置には下向きの長い動物耳が生えている。
涙を目の端一杯に溜めて、自分が倒した男の背中を見下ろしながら懸命に許しを得ようと早口になっているが、顔が潰れて伏している男には聞こえていなそうだ。
俺から見えるところで、息をしていることが辛うじてわかるがもう虫の息といった程度。彼女の話をきく余裕はない。
「あ、あの……」
「は、はは、はいいぃっ!! な、何でしょうか?!」
一々吃らなくては喋られないのだろうか。
大柄女性は大きな体をきゅっと縮ませて涙を拭いながら俺を見た。
体を小さく縮ませるという例えは彼女には無理かもしれない。ひたすら縦に身長が高く、胸は脂肪にしては厳つすぎる。上手く内股がつくれていない脚はガタガタと震えていて。腰は引き締まっているが、突きだした臀部からは鞭のようにしなる細くて毛の生えた茶色い尾が揺れている。
何に怯えているのか知れない下がり眉。黒いコートの上に黄色のストールを巻き、首に家畜用の大きな平たいベルがついていた。
「あっあっ、お連れのお嬢さんですね?! だ、大丈夫です。この子は全然何ともないですよぅ……」
獣人として最初に出会ったシグマとはまた違い顔は人間のものだが、大きさと鈍臭い雰囲気を持つ動物の獣人だ。
俺が何もいわなくても、彼女は騎士からスーを取り返していてくれたらしい。
「あ、ありがとう。貴女は……」
「は、はい……! 私、フィーブル・アーディバロンと申します。その、これでも、この街を守る騎士なんですぅ……」
名乗ったフィーブルは下がり眉をそのまま、スーを俺の体に預けながら優しく笑い小さな会釈をした。
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