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相談事

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 遡ること数日前。
 私はイリアに黙って産婦人科を訪れていた。と、いっても私の世界でのイメージとは異なるお医者様のもとへ。だ。

 私が頼りにしてきたヒュペリカム医院は街のメインストリートから外れた煙っぽくて怪しい場所に建っていた。
 崖の下にあり、医院の裏側は岩壁。お世辞にも陽当たりがよいとはいえないけれど、院長先生の趣味らしく花壇にカラフルな植物が植わっていた。
 
「なるほど、射精障害ねぇ。薬を使ってみるのもいいけれど、精神的なところで障害が起きている場合もあるのよ……」

 診察室で私の話をきいたリメロ・キャスパル院長が眉をひそめて耳をぴくんと動かす。
 彼女の耳は顔の横ではなく頭の上にある黒い三角の猫耳。
 竜が騎士に紛れて生活しているような世界なので、今となってはインパクトに欠けるかもしれないがリメロ院長は猫の特徴を持つ獣の亜人だった。
 
「何か心当たりは?」

 リメロ院長が長い尻尾を自分の足に絡めながら私の顔を見て尋ねる。
 このお医者様はなかなか個性的なようで、白衣の下はランジェリーのように薄手。銀髪の内側も緑にインナーカラーをいれている。
 態度もさながら。机に片手をつきながら、といった体勢で話していた。
 
「人間とするのは酷くご無沙汰、とは言ってました……」

「貴女の彼って、人間じゃない生き物?」

「わ、わかるんですか?」

「その言い方だもの。普通ではないんでしょう」

 失言だったろうか。しかし、相手はお医者様だ。隠していても埒が明かないし、私だって件について人より詳しく話せると思ったから獣人の医師を選んだのだ。

「色んな人を診てきたのよ。図星みたいね」

「実は……私の婚約者はドラゴンなんです……」

 リメロ院長には正直に話した。
 森の中で襲われたことも、今は和解して一緒に住んでいることも。

「……そう。一人で抱え込まなくていいわ。ワケがあるからうちに来たこともわかってる。私が診てあげるから安心して」

 「リメロ先生……」

 第一印象は厳しげだったが、柔らかく微笑んで私を安心させてくれたリメロ院長を信頼の眼差しで見る。
 流石、異種族専門ともいえるほど……と、ある人物からの推薦を理解した。人ではないものの性事情にも精通している先生。頼りがいがありそうでよかった。

「それにしても、竜ね……。確かにうちでも扱っていないわけではないけれど珍しい方かしら」

 ふむふむ。と、耳からピアスチェーンで繋いでいる眼鏡を押し上げ、リメロは机上の資料を手に取る。
 本のページを探しながら一番下の引き出しを開けて、模型を取り出した。

「こ、これは……」

「竜の陰茎のモデルよ。いくらか個体差はあるけれど」

 森で襲われた時に目にした竜姿のイリアのものとたぶんきっと似ているのだろう。あの時は必死すぎて形状を把握なんてできなかったけれど。
 肘から手指くらいの長さと大きさがある模型をまじまじと見つめる。
 リアルな凸凹がなかなかにグロテスクなそれは、上先にいくにつれ舌のように細くなっていく形。人間のものとは違って引っ掛かる部分がない代わりに小さな棘が数列ついていた。

「勃起が十分なら問題はこの辺りから先ね」

 模型の底辺を擦りながらリメロ院長が言う。

「塗布が難しければ飲み薬が手っ取り早いわ。ただ……」

「ただ……? なんですか?」

「薬の調合には同じ種族の体液が必要なのよね。それこそ、竜に使うなら竜の精液を入れなくちゃならなくて」

「べ、別の竜からとってくるってことですか?」

「買い付けが上手くできれば取り寄せるわ。ただし、貴重なものだから高額になる可能性がある。考えてみてちょうだいね」

「は、はい……」

 商売をするではなくあくまでも医者として。と、リメロ院長は躊躇いを混ぜた表情で私に告げた。


(困ったな……竜の体液なんてどうやって手に入れたらいいんだろう。それが出なくて困ってるっていうのに……)

 賑やかな市場を過って少し行ったところ。海に近い小さな公園のベンチに座り、午後の爽やかな潮風を受けながら一人考える。
 
 リメロ院長はきちんと相談にのってくれたし、これからどうすべきかも解っている。
 イリアの射精障害の治療薬には他の竜の体液が必要で、それはとても貴重で高価なもので。手に入れば連絡をくれるとは言っていたけれど、いつになるか目処は立たないらしい。
 とすれば私から出来ることを探して動くしかないのだが、イリア以外の竜がいるとすれば……イリアが討伐したという山の方にでもなるんだろうか。
 そもそも討伐されてしまっていてはもう生息していないかもしれない。
 図書館で魔物図鑑を借りてきて詳しく調べたら何かわかるだろうか。

「あら? キャルちゃんじゃない。どうかしたの? そんなに怖い顔をして。美人さんなんだから勿体無いわよ」

 嫌味のないお世辞を加えながら話し掛けてきた覚えのある声。
 背中側から私の肩にそっと触る彼女。

「エステラさん? こ、こんにちは。私そんな顔してました?」

「こんにちは。ええ。難しい事を考えてる顔よ。どうなの? あれから彼とは上手くいってる? それとも、また彼の事で?」

 赤髪の美女にはお見通しみたいだ。
 私の悩みはエステラが言うほど表情に出てしまっていたんだろうか。

「それが……」

 私は詳しく彼女に話してみることにした。
 一人で考えていてもどうにもならないし、キャルよりも年上で経験豊富そうなエステラなら何か手掛かりをくれるかもしれない。
 イリアが上手く射精出来ないことまでは言わないでおいて、必要な物が手に入らず困っていることを彼女に伝えてみた。

「……なるほどね。それなら私にも手伝えることがあるかもしれないわ」

「本当ですか?!」

「ええ。これから時間があればうちへ遊びに来ない?」

 私の話を真剣にきいたあと、エステラはそう提案してくれた。
 やっぱり彼女は思った通り頼りになる。美人で格好良くて、優しくて堂々としていて。イケメンで素敵な彼氏さんとも仲良しという完璧さ。それに加えて私の悩みの解決の糸口まで示してくれるなんて。

「喜んで。おうかがいします、エステラさん」

「そう。じゃあお茶菓子を買って馬車を捕まえましょ」

 それからエステラとケーキ屋でカットケーキを三つ選んだ。
 私と彼女はイチゴの乗ったショートケーキ。もう一つは家で待たせているシュルドが好きな洋酒がきいたチョコレートクリームのケーキ。

 彼女が例の彼と同棲している家とは一体どんなところなんだろう。キャルとパパの家、イリアの邸宅……自分の家以外に上がるのは初めてで少しワクワクしてきた。

 この世界で出来た友人の家に遊びに行く。
 私に彼女の誘いを断る理由はなかった。彼女を信用しきっていたし、とにかくイリアのためにしてあげられることを見つけられればいいとだけ思っていたから。

 だから、まさかあんなことになるなんてこの時はまだ想像していなかった。

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