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友達と会話、そして

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 お約束通り、とでも言うべきだろうか。
 挨拶を交わした少女とキャルとの関係性は元同級生。町中で出会して声をかける程度の仲ということは友達同士のようだ。情報不足の私には解らないが向こうはそう思っているだろう。

 二十歳(はたち)の彼女の名前は、ネフィ。
 外見だけでいえばキャルよりも大人びた雰囲気を持った女性だが口を開くと少し人懐こい印象もある。
 自然に名前を聞きだす方法を考えてぎくしゃくしていると、彼女の方から気楽にモーニングに誘ってくれた。

「そう、じゃあキャルはその騎士様に会いに行くのね? どんな方なの? お顔は? 声の印象は?」

「待って待ってってネフィ。私ね、全然その人のことを見てないのよ」

「まぁ」

 パン屋の店先に併設されたカフェでの談話。質問責めをする彼女へは困ったように笑うしかできない。私自身本当にキャルを助けた騎士様がどんな人なのかまったくもって知らないのだ。

「だったらどうやって騎士様を探すの?」

「名前。パパが言ってた、イリア・ライフォルドって騎士様が私を家までつれてきてくださったって……」

「イリア様!? 本当に……?」

 与えられた情報はキャルのパパから聞いた名前だけだと打ち明けた途端。あきれたようにコーヒーカップを揺すっていたネフィが突然興奮して復唱した。

「霧氷の貴公子って二つ名の名誉騎士様じゃない!」

「霧氷の貴公子? 名誉騎士?」

「キャルあなた知らないの?」

 仰々しい二つ名に名誉騎士という聞いたこともない単語。どっちも現代日本じゃ絶対使わないだろうなというような。
 疑問符を浮かべる私にやれやれとネフィは続ける。

「北の寒村を襲った大きな岩竜を一人で生け捕りにしただとかで名誉勲章を授かった有名な方よ。氷の魔法に長けていて剣も強いだけじゃなく、若くて涼やかで愛想も良くてかっこいい……」

「へ、へぇ。だから霧氷の貴公子なんだ……」

 うっとりとして語るネフィに相槌をうつ。どうやら私がこれから会いに行く人物は彼女の憧れる騎士様のようだ。「イリア様に助けていただいたなんて」と羨ましそうに見詰めてくるネフィの視線をかわしながら朝食のロールパンをちぎる。口に放ると小麦の甘い香りが広がった。

(なるほどなぁ。ネフィはそう言っているけどこの世界のイケメンの基準が解らないし、筋骨隆々で顎が三つに割れたスーパー汗臭マッチョの可能性も捨てきれない。岩竜がどんなかは知らないけど、きっと私をレイプしたドラゴンのことも指先一つででんぐり返らせてつまんでポイだったのかもしれない……そうだったら面白いような、会いたくないような、ちょっと会ってみたいような……)

 複雑化してきたイリア様とやらのイメージをぬぐい、コーヒーでパンを流し込むようにして朝食を終えると、ネフィに別れを告げて私たちはパン屋を立ち去った。


***


「着いたわ。ここ、ね……」

 王国騎士団(バテンカイトス)の金鷹(ギース)隊に所属する騎士達が駐在している支部は、繁華街を抜けたすぐ先にでかでかと門を構えていた。
 いよいよ確かにファンタジー度が増してきた。何故か読める横文字が謎に多い地図からしてそうなのだが。
 部隊の名前や騎士団の別称をネフィや道すがら街の人々にきいた私は迷うこと無く此処まで来ることが出来た。

(ありがとう。村人的な人たち……)

 門の向こう側には噴水がいくつか点在した広い庭が見える。またその奥にある立派な建物が騎士団の支部というものなんだろう。
 真っ白な洋館。金の装飾と翼をひろげた鷹の雄々しいエンブレム。そこらじゅうに鷹を描いた三角の旗がさしてある。なんだか仰々しく感じて尻込みをしてしまいそうだ。

 私は意を決して鉄格子の門の前に立っている鎧姿の若い男性に会釈をして声をかけた。

「あの、失礼します。イリア・ライフォルド様は……」

「イリア殿ですか? でしたらあちらに……」

 尋ね人はすぐに見付かった。
 直感でわかってしまった。
 
 鎧の彼が手を上げてから噴水の一つを示す。そこに霧氷の貴公子様ことイリアは居た。
 縁に腰を掛け、中庭で剣舞の鍛練を行っている騎士達を優しげな表情で見守りながら記録紙のようなものにペンを走らせていた。
 私が彼を見付けてすぐ、イリアもこちらに気付いたようだ。後輩騎士達に向けていた柔らかい表情はそのまま、私に振り向いてにこりとほほ笑む。

「おはようございます。貴方は昨晩の」

「お、おはようございますイリアさん。キャル・ノティエです」

「……そう、キャルさんでしたね。体調はいかがですか?」

 挨拶を交わし立ち上がるイリアは予想外に高身長だった。敷地内にいる他の騎士のような鉄や銀の鎧を纏っておらず、すらりとした体型を高級そうな布地の服に包んでいた。この世界の軍服のようなものなのだろうか。金鷹のエンブレムを肩に縫い付けた制服をきっちりと着こなしている。剣は今は提げていない。
 髪は深い緑。瞳は空のような水色。目鼻立ちがはっきりとしていて気強そうな印象もあるが、携えている柔和な笑みのお陰で怖いと感じることはない。

(顎三段割れガチムチバキバキマッチョじゃなかったわ……まぁこれはこれで……って、なに考えてるんだろ私……)

 どうやらこの世界でのイケメンも現実の世界と同じ査定でよかったようだ。髪や目の色、日焼けのない雪のような肌を見たらどうにもファンタジーではあるのだが。漫画やアニメの世界でのイケメンというやつなら納得もできる。私の中でキャルの見た目を鏡で見た時と同じような順応能力が働いた。
 それと、ほんのりと僅かに自分の頬が熱くなる感覚というものをこの世界で新しく覚えた。
 何か形容しがたい感情が私の内側でぐつぐつぶわりと沸き上がる。
 そんな私の変化を彼は見逃さなかった。

「熱があるのですか?」

「え、そ、そういうわけでは……」

 体調をきかれた直後にしくじってしまった。まさか見惚れていただなんてこのタイミングで言うことでもない。

「昨晩のこともありますし無理もない。館内で少し休憩しましょう。折角会いにきてくださったのですからお茶を用意させてください」

 問いに答えられずにいると察したように彼の方が気遣ってくれた。心配だと眉と声音を下げながら私の手を引く。
当然のような優雅で品位ある立ち居振舞いにますます頭がくらっとしそうだ。

(紳士ってこういうのを言うんだろうな……さすが、霧氷の貴公子様ね……)

 イリアに連れられるまま中庭から館の中へと通される。
 入り口すぐには絢爛豪華なシャンデリア。中世の物語か近代の歴史書でしかみたことのない風景。
 敷かれた赤いカーペットを踏むのもしのびないほどの完成された景色をゆったりと見る間もなく、「こちらへどうぞ」の声に引き戻された。
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