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魔族

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腕を捕まれた騎士は、恐怖に満ちて、蒼く強張った顔をしていた。

「ま、魔族」

震えた声で騎士は言葉を発した。
それを皮切りに、群衆もざわつき始める。

「今の光は一体」
「魔族だ」
「何で魔族がここに」

突然姿を現した魔族に、群衆は動揺を隠せない。
目の前の魔族は、掴んでいた騎士の腕を離した。すると騎士は腰を抜かせたように尻餅をついた。


「...ジキル、なのか?」

カルミアが戦々恐々と尋ねると、魔族はゆっくりと振り返った。
どくん、と心臓を鷲掴みにされたようにカルミアの心臓が高鳴る。

ーー墨を垂らしたような濡羽色の髪は、まっすぐ顎下まで伸びている。
鮮血を彷彿とさせる赤瞳。透き通るような白い肌。すっと通った高い鼻筋。ほんのり精悍さを纏った薄い唇。

見る者全てを惹き付ける容姿だ。完璧に配置された顔立ちは、冷淡さすら感じられる。

カルミアの問いに、目の前の魔族がコクリと頷いた。ーーやはりジキルだった。

「今までの姿は一体」
「この姿だと人間はうるさいからな。魔物に姿を変えていた」
「...そう、だったのか」

国交を断絶して長い月日が経ってるというのに、人間の魔族への偏見が今だ強い。群衆の反応を見ても一目瞭然だ。
確かに今の姿のままでは何かと不便だろう。

「カルミア」

ジキルは、ギルバートを指差した。
ギルバートは無表情だった。けれどその目は確かに憎悪がこもってるように感じた。

「あの男とはどういう関係だ?」
「...どういう関係と言われましても」

ギルバートとの関係性を問われて、カルミアは思い悩んだ。

なんと言えばいいのだろう。
一国の王と側室?
.....いや、まだ側室に迎えられてなかったな。
じゃあ妾、かな?


(ギルバートと僕は確かに想いが通じあっていた関係性だった。でも今もそうかと問われるとそれは違うように思える)

ーーピッタリと来る言葉が見つからない。


「カルミアが鎖で繋がれていたのは、あいつの仕業か?」
「....そうだね」

ジキルはふっと鼻で笑った。そしてギルバートに聞こえるように、大声で放つ。

「男の執着心程醜いものはないな!!」

ギルバートのこめかみがピクリと動いた。

「お前に何が分かる」

ゾッとするほど冷たい声だ。

「あともう少しでカルミアは完全に俺の物になるはずだった。壊れた人形のように意志がなくなって、俺から永遠に離れなくなるはずだった。なのにお前のせいで」
「...俺のせいじゃないさ。全部はこいつの意思だ」

ジキルはカルミアを横目で盗み見た。
全て見通されてるようなような気がするのは何故だろう。

「壊れた人形なぞ面白くも何ともない。そんな事も分からないなんて、可哀想な奴だな」
「黙れ!!」
「ーーカルミアはお前には勿体ない」

ジキルは天高く腕をあげた。親指と中指を擦り、パチリと音を鳴らす。
その刹那、息が出来ない程の強い風が渦を巻き、カルミア達を取り巻いた。
背後でターニャがスカートを押さえながら、甲高い悲鳴を上げる。


「カルミア!!!!」

ギルバートがバルコニーから降りようと、手すりに足をかけた。カルミアを追いかけようとしているのだろう。しかしいくらギルバートでも、あの高さから落ちたら一溜りもない。
真っ青になったカルミアは、ギルバートに向かって叫んでいた。

「止めてくれギルバート!!」

ギルバートの動きがピタリと止まる。

「.....ギルが大切にしないといけないのは、僕じゃない。ディアとその子供だ」

ギルバートは、今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。まるで欲しいオモチャが手にはいらない子供のようだ。仮にも大国の王が、なんていう顔をしてるんだよ、とカルミアは思った。

「お別れだよ、ギルバート」

ギルバートの顔がくしゃりと歪む。

「転移するぞ」

ジキルの声を端緒に、カルミア達を取り巻く強風はさらに威力をあげる。

身体中を覆う強烈な浮遊感。
それと同時にぐにゃりと歪曲する視界。


ーーやがて強風は竜巻へと変わり、カルミア達の姿を完全に消し去った。






ざわざわと雑然たる声が波のように広がる。
カルミア達の姿が消えても尚、どよめきが消えることはなかった。

バルコニーに佇んでいたギルバートは、憎々しげな表情で、拳を握りしめた。

「許さない、魔族っっ!!」

「絶対取り返してやる」と呟いたギルバートの声はいくつものざわめきの中に虚しく沈む。
クローディアはその様子を悲しそうに眺めていた。
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