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初夜 ⑤

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「美味しいか?」
「はい!とても美味しくて、懐かしい味がします」
 幼い頃食べたミルク飴と同じ味が、口いっぱいに広がる。

「とっても懐かしいです。アレク様もお一ついかがですか?」
 僕が差し出すと、
「そうだな」
 アレク様もミルク飴を一つ食べる。

「ね、懐かしいでしょ?」
 なぜそんなことを聞いてしまったのかわからないけれど、一緒にミルク飴を食べていると、なぜかとても懐かしくなって、つい口からそんな言葉が出てしまった。

「え?」
 一瞬、アレク様は目を丸くしたが、すぐに、
「本当に懐かしいな」
 と優しく微笑んた。


 初夜だと言うのに、部屋の中にはミントの爽やかなハーブティーの香りと、僕とアレク様の笑い声。
 いつまで経っても僕が思っている初夜らしいことが始まらない。

 あれ?おかしいな……。
 今日、僕が読んだ小説と、ちょっと違う…。
 僕は知識がなさすぎてわからないけど、そういうこと・・・・・・は僕の方から言い出すべきものなの?

 ベッドの上に2人分のティーカップを置いたまま、アレク様は僕の髪の毛先を右手の指に絡ませ、遊ばせている。

「悩み事か?」
「いえ、悩み事ではないのですが……」

ー初夜は僕から誘うのものなのですか?ー

 なんてまるで、そうなることを期待しているようで言えず、頬を赤らめ困ってしまう。

「頬が赤いぞ、恥ずかしいことなのか?」
 恥ずかしくて赤くなってしまった僕の頬を、アレク様は手の甲で優しく摩った。
 アレク様の手は気持ちいい。
 もっとして欲しくてアレク様の手の甲に、頬を擦り寄せる。
「そんなことをされると、我慢ができなくなる……」

 アレク様の手がピタッと止まる。
 もっと撫でて欲しい。
 アレク様を見上げると、ふいっと顔をそむけられ拒否された気がした。

「アレク様は僕のこと嫌いですか?」
 もし嫌いだと言われたら、もうアレク様は僕に会いにきてくれなくなるのだろうか?
 そんな不安はあったけど、訊かずにはいられなかった。

「そんな!ユベールのことは、だ、だ、だい、す、す……」
 アレク様は目を丸くされ、次の瞬間顔を真っ赤にし、どもらせながら目を泳がせる。そして僕に何か伝えようとしてくれている。
 なんて可愛いんだろう。もう、ぎゅーってしてあげたくなってしまう。

 恐れ多くて出来ないけど……。
 でも『だい、す』ってなんだろう?
 首を傾げながら、色々考えてみるけれど、何も思いつかない。

「僕はアレク様のこと、もっと知りたいです。もっとお話したいです。それにアレク様にもっと触れてもらいたいです」
 僕が偽物の側室だとしても。

「ユベール、それ本当に言っているのか?」
「僕、アレク様にだけは嘘をつきません」
 アレク様との約束。
 でも約束がなかったとしても、アレク様にだけは嘘はつきたくなかった。
 本当の僕を見て欲しかった。
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