上 下
113 / 202

突然のヒート ①

しおりを挟む
「離してください」
 瑞稀が晴人の手を振り払うように、腕を大きく振り上げると、
「離さない!」
 ガタンと椅子が後ろに倒れるほど、勢いよく晴人は立ち上がり瑞稀を自分の方へ引き寄せると、そのまま瑞稀を抱きしめた。

「愛してるんだ……」
 涙を堪えるような震えた晴人の声。
「僕は……僕は……」

ー貴方なんて愛していませんー

 その言葉が出てこなかった。
 愛する人に抱きしめられた感触。
 鼻腔をくすぐる、愛しい香り。
 目をつぶれば思い出される、幸せだった時の思い出。
 今でも晴人を心から愛している気持ち。

 晴人に対する気持ちがコップの中から溢れだした水のように、とめどなく溢れ出す。

もう……ダメだ……。

 瑞稀が晴人の胸に顔を埋めると、張り詰めていた気持ちの糸がプツンと切れた音が頭の中で響く。すると、

!!

 目の前が真っ白になり意識が飛びかけ、瑞稀は晴人に倒れかかり晴人は瑞稀を支えた。
「瑞稀! 瑞稀!」
 晴人により抱きしめられると心臓が痛くなるほど脈打ち、目の前がぐるぐる回り出し、体が燃えるように熱い。

そんな、まさか……。

瑞稀はある感覚を思い出した。

ヒートだ!

 千景を出産してから、瑞稀のヒートは来ていない。
 出産をしたら体質が変わるのはよくあること。
 それでも念のため、病院で検査をうけると、瑞稀はもうこの先ヒートになる確率はほぼないに等しいと言われたのだ。

なのにどうして……こんな時に……。

 徐々に熱を帯び出した体からは、フェロモンが出ているのが自分でもわかる。
「っく!!」
 瑞稀のフェロモンに当てられた晴人は下唇を噛み締め、懸命に正気を保とうとする。

 晴人は倒れそうな瑞稀を抱き上げ、店内奥にあるソファーに寝かせると、スーツの内ポケットに入っていたピルケースからラット抑制剤を取り出すと、規定量の2倍飲む。
 はじめは興奮した獣のような荒い息遣いをしていた晴人だったが、薬が効き始めたのか徐々に息遣いが整ってくる。
 晴人がタクシーを呼ぶ間に、喫茶店のマスターは店のドアにかけてある「open」の札を「close」に変え鍵をかける。

「瑞稀、大丈夫だ。俺とマスター以外、誰もここには来ない。心配はいらないよ」
 穏やかな口調で晴人は語りかける。

「ヒート抑制剤は持ってる?」
 瑞稀の意識は朦朧とし始める。
 薬を飲んだはずの晴人の瞳の奥に、また野獣のような光が宿り出す。
「……はい……」
「どこ?」
「胸……ポケット、に……」
「ごめんね、取るよ」
 チラリと晴人は瑞稀の胸ポケットを見て、ゴクリと生唾を飲む。

 ぎゅっと手に力を入れ握り拳を作り、その拳を額にあて気持ちを落ち着かせると、そっと瑞稀の胸ポケットに手を伸ばす。
「取るよ……」
 晴人は震える手で瑞稀のポケットの中に指を入れて抑制剤を取り出す時、ヒートでぷっくりと硬くなってしまっていた瑞稀の乳首に服が擦れ、

「はぁ……ぁぁ……」

 瑞稀の甘い声が漏れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】自称ヒロインに勝手に断罪されそうなので完膚なきまでに叩きのめしました。愛しの婚約者は渡しませんよ?殿下から愛されているのは私です。

夢見 歩
恋愛
━━━━━━━━━━━━━━━ 「マリンセント様、 ルーズ様を解放してください!!! 愛のある結婚をするべきです! あたくしがルーズ様を幸せにします!」 一体何なのでしょう。この小バエは。 わたくしの婚約者である トワイライト国の第一王子 ルーズベルト様の腕に纏わりついて ギャーギャーと喚いております。 勘違いしないでください。 愛されているのは貴方ではなく 私ですよ?愛のある結婚? 私と殿下は愛し合っています。 二人の仲を切り裂こうとする 貴方のことは絶対に許しません。 お覚悟はよろしくて?? ━━━━━━━━━━━━━━━ 婚約破棄はしません。 相思相愛すぎて他人が 入り込む余地はありません。 婚約破棄からの幸せも ひとつの形として素晴らしいです。 ですが、今作は自称ヒロインに 当て馬になってもらいました。 自称ヒロインに救いはありません。 ※カクヨム様にも掲載中です。 ※続編希望が多ければ追執致しますのでぜひ感想をお寄せください!

もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、騎士見習の少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。

僕は本当に幸せでした〜刹那の向こう 君と過ごした日々〜

エル
BL
(2024.6.19 完結) 両親と離れ一人孤独だった慶太。 容姿もよく社交的で常に人気者だった玲人。 高校で出会った彼等は惹かれあう。 「君と出会えて良かった。」「…そんなわけねぇだろ。」 甘くて苦い、辛く苦しくそれでも幸せだと。 そんな恋物語。 浮気×健気。2人にとっての『ハッピーエンド』を目指してます。 *1ページ当たりの文字数少なめですが毎日更新を心がけています。

聖女姉妹の姉は、妹に婚約者を奪われました

天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私ミレッサと妹シアノは数週間前に聖女の力を得て、聖女姉妹と呼ばれていた。 一週間前に私はルグド王子、シアノは侯爵令息カインとの婚約が決まる。 そして――シアノの方が優秀だから、婚約者を変えたいとルグド王子が言い出した。 これはシアノの提案のようで、私は婚約者を奪われてしまう。 ルグド王子よりカインは遙かにいい人で、私は婚約者が変わったことを喜んでいた。 そして数ヶ月後――私の方が、妹より優れていることが判明した。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】Atlantis World Online-定年から始めるVRMMO-

双葉 鳴|◉〻◉)
SF
Atlantis World Online。 そこは古代文明の後にできたファンタジー世界。 プレイヤーは古代文明の末裔を名乗るNPCと交友を測り、歴史に隠された謎を解き明かす使命を持っていた。 しかし多くのプレイヤーは目先のモンスター討伐に明け暮れ、謎は置き去りにされていた。 主人公、笹井裕次郎は定年を迎えたばかりのお爺ちゃん。 孫に誘われて参加したそのゲームで幼少時に嗜んだコミックの主人公を投影し、アキカゼ・ハヤテとして活動する。 その常識にとらわれない発想力、謎の行動力を遺憾なく発揮し、多くの先行プレイヤーが見落とした謎をバンバンと発掘していった。 多くのプレイヤー達に賞賛され、やがて有名プレイヤーとしてその知名度を上げていくことになる。 「|◉〻◉)有名は有名でも地雷という意味では?」 「君にだけは言われたくなかった」 ヘンテコで奇抜なプレイヤー、NPC多数! 圧倒的〝ほのぼの〟で送るMMO活劇、ここに開幕。 ===========目録====================== 1章:お爺ちゃんとVR   【1〜57話】 2章:お爺ちゃんとクラン  【58〜108話】 3章:お爺ちゃんと古代の導き【109〜238話】 4章:お爺ちゃんと生配信  【239話〜355話】 5章:お爺ちゃんと聖魔大戦 【356話〜497話】 ==================================== 2020.03.21_掲載 2020.05.24_100話達成 2020.09.29_200話達成 2021.02.19_300話達成 2021.11.05_400話達成 2022.06.25_完結!

完結 無敵の魔王は転生後、最弱なフリをする。すべて想定内です!?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
魔王として転生してしまった彼女は記憶が一部欠如していた。所謂ゲームの中に転生したのだ。 マヌケで不幸な事故死だったが、これ幸いと異世界を満喫する。 ところがクリア後のはずが物語りがループしていると気が付く。 「魔王グウェナエルの野望」というクソゲーに転生した彼女は一体どうなるのか。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

処理中です...