神様と翼のない少女

岡暁舟

文字の大きさ
上 下
4 / 18

叛逆者

しおりを挟む
 それから少女飛鳥を探すのに、それほど時間はかからなかった。誰かがやって来るのを察したのか、飛鳥は奥に隠れようとしていた。

 「逃げても無駄だ・・・君の行動パターンは概ね分かっている・・・」

 普段あまり大きな声で喋らないのだが、密閉された空間であるため声はよく響いた。

 「あれっ・・・もしかして私、見つかってます?」

 そう言って、飛鳥は顔を見せた。

 「ああ、さっきの・・・」

 思い出したようだ。記憶は確かなようだ。

 「どうして脱走したんだ?」

 僕は質問した。飛鳥はしばらく黙っていた。そして、不意にこう切り出した。

 「あなたは・・・私を叱るためにやって来たのですか?」

 この際だから本心を打ち明けても構わないと思った。

 「そう言うわけではない・・・僕は君の助けになりたいと思ってね」

 「助けに?私を助けてくれる人なんて、この世界には存在しませんよ」

 「ああ、なんとでも言ってくれ・・・」

 左前腕末梢ルートのロックを解除した。

 「・・・なにをしているんですか?素人が点滴をいじっちゃダメでしょ?」

 「素人だって?冗談じゃない。こう見えても僕はプロフェッショナルだ。君を救うためにやって来たね」

 「どうやって救ってくれるんですか?」

 僕はアンプルの蓋を割って、シリンジにカリウムを吸い込んだ。そして、シリンジごとルートに接続した。

 「さあ、シリンジを持って・・・」

 僕は飛鳥にシリンジを握らせた。

 「最終決定は君に任せるよ。このシリンジの中には一瞬で君を死に至らしめる薬が入っている。勢いよく注射してしまえば、直ちにこの場で死ぬことになる・・・君は要するに死に方が分からないのだろう?色々模索しているようだが、まだ死んでいない。こうして、僕と会話をしている。残念ながら生き続けているんだ。どんなに努力しても、全てが無駄ということ・・・そんな可哀想な君にプレゼントだ・・・」

 飛鳥は少し震えていた。

 「この注射をすれば・・・私はこのまま死ぬんですか?」

 「ああ、そう言うことになるな・・・」

 殺人教唆・・・彼女がここで自殺を遂げてしまえば、順調に築き上げたキャリアは全て崩壊してしまう。ああ、なんて滑稽なのか。今日出会った少女のためにここまでするとは。僕は神様なんかじゃない。人を救う生業でありながら、いまこの瞬間、人を殺そうとしている。

 でも、仕方がない。少女には少女なりの重い十字架が伸し掛かる。僕には僕なりの重い十字架が伸し掛かる。このまま叛逆者として生き続ける・・・別に悪い話ではない。

 「どうした・・・死なないのか?それとも、死ぬのが怖いのか?」

 思わず煽ってしまう。飛鳥は不意に笑った。

 「おかしいのか?まあそうだよな・・・自分から死を選ぶ人間なんてやはり・・・」


 「人殺し!!!」

 突如として飛鳥は叫んだ。僕は慌てた。どうして叫ぶ必要がある?彼女は死にたがっていた・・・チャンスじゃないか。どうして大声を出す・・・僕には理解出来なかった。

 「人の力がなくたって、私は簡単に死ねるんだ!」

 「どうやって死ぬんだ?人はやはり、簡単に死ぬことはできないんだ」

 「あなた・・・周りから神様ってもてはやされているみたいだけど・・・それってただ勉強が出来るだけの人生計画なんて何もないおバカさんなんでしょう?」

 「おバカさんって・・・」

 この発言はさすがに許容出来なかった。というより、彼女は僕の何を知っているというのか。一体僕の何を知っているというのか・・・ああ、彼女の言う通り酷い人生だった・・・それを変えるのは努力して世界を掴むしかない、新しい世界にたどり着くため必死にあがなうしか方法がなかったのだ。最初から人生を終えるというこれほどスペシャルで簡素な結論にたどり着くことが出来る人間・・・それこそが究極のおバカさんってものだ!!!

 「直接死んでもらってもいいか?このままだと、僕が悪者になってしまうから・・・」

 「あなたは既に叛逆者じゃないの?」

 飛鳥は笑った。

 「そんなあなたが生き続ける限り・・・この世界はきっと不幸になるだろうから。私とは違った意味でこの世界を不幸に導く人間。だからね、私たちは早いうちにこの世界から消えてしまったほうがいいのかもね・・・」

 次の瞬間、密室がオープンになった。人々が雪崩のように押し寄せてきた。飛鳥がステージの中心で熱弁した。

 「怖かったです!」

 彼女はこう言いだした。

 「そこにいる・・・名前知らないけど、お兄さんに無理やり部屋から連れ出されて、君は生きている価値がないって・・・決めつけられてしまったんですよ!」

 「そんなこと、お兄さんが決める権利なんてありませんよね!でもね、お兄さんはひどくてこんな薬を持ち出して、私に注射しようとしたんですよ!」

 カリウムのアンプルがその場のたくさんの聴衆の目に入る・・・これは非常にまずいことだった。僕の隣で成り行きを見守っていた同僚は、軽蔑したような目で僕を見た。

 「神様・・・それはさすがにアウトでしょう・・・」

 この同僚以外にも、チラチラと多くの視線を浴びるようになっていった。

 「私は怖くなってしまい、思わず叫んでしまいました。死にたくない・・・そう、そこのお兄さんの手で私は殺されそうになったんです・・・本当にひどい話・・・ねえ、皆さんもそう思いますよね?」

 僕はたちまち犯罪者に転がり落ちていくのだった。まあ、自分が蒔いた種であったので仕方がないといえばそれまでだった。でも・・・やっぱり僕は神様ではないのかな。神様だったらこんなミスはしないよね。

 「飛鳥!!!」

 もう一人の脇役が最高のタイミングで現れた。架空の悲劇を全身身に纏い颯爽と姿を見せた母親らしき女。彼女は飛鳥の元に駆け寄って抱きしめた。

 「お母さん!!!」

 飛鳥は叫んだ。やはり僕の予想は正しかった。傑作だよ、本当に。お膳立てしてあげたのはこの僕なのに。まあ、いいや。ここで終わってしまうのは残念だけど、所詮はその程度の人間だった、ということか。思い上がりもたいがいに、という神様からの忠告だったのかな。

 「ここじゃ寒いから、病室に帰ろう。もう何も言わなくていいから・・・」

 これ以上の説明は確かに不要・・・彼女の立派な演説の効果で、ここに不名誉な叛逆者が誕生したのだ。飛鳥が演説を終えて姿を消してからおおよそ十分後のこと、機関の上層部連中と警察がやって来た。

 「残念というか、なんというか・・・」

 上層部の一人が呟いた。監督責任として自分たちの威信もこのまま崩れ去っていくのだろう。要するに巻き沿いってことだ。こんな下らない大それたことをしてしまった僕のせいで。

 ああ、両親は今頃どんな顔をしているのだろう。刑務所に収監されたら一度くらい様子を見に来てくれるのだろうか。いや、来ないか。不名誉に不名誉が重なってしまったから。今回の不名誉は自らの行動の結果だから責任を取るのは、まあ当たり前のことだから。

 「行きましょうか・・・」

 警察の対応はおもいのほか丁重だった。犯罪者に厳しいのが当たり前のはずだが、そういった感情をむき出しにしているわけではなかった。それがプロフェッショナルということなのか、それとも・・・。

 こうして、僕は呆気なく国立医療振興センターを後にすることとなった。同僚や先輩・・・短い間だったが、僕のことを神様と崇めた人間たちはみな、ほっと一息ついたように見えた。結局は神様なんかじゃなくて、架空の舞台で意味もなく踊り続ける人間に過ぎなかったということだった。



 新しい12月25日の後半戦が終わりの鐘を告げた。僕にとっては、再度人生終了のお知らせを突き付けられる結果となった。もういい、諦めた。諦めがついたんだよ。知っている。このまま神様を演じ続けることはできない。僕は所詮、人間なのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

暴走族のお姫様、総長のお兄ちゃんに溺愛されてます♡

五菜みやみ
ライト文芸
〈あらすじ〉 ワケあり家族の日常譚……! これは暴走族「天翔」の総長を務める嶺川家の長男(17歳)と 妹の長女(4歳)が、仲間たちと過ごす日常を描いた物語──。 不良少年のお兄ちゃんが、浸すら幼女に振り回されながら、癒やし癒やされ、兄妹愛を育む日常系ストーリー。 ※他サイトでも投稿しています。

隣の家の幼馴染は学園一の美少女だが、ぼっちの僕が好きらしい

四乃森ゆいな
ライト文芸
『この感情は、幼馴染としての感情か。それとも……親友以上の感情だろうか──。』  孤独な読書家《凪宮晴斗》には、いわゆる『幼馴染』という者が存在する。それが、クラスは愚か学校中からも注目を集める才色兼備の美少女《一之瀬渚》である。  しかし、学校での直接的な接触は無く、あってもメッセージのやり取りのみ。せいぜい、誰もいなくなった教室で一緒に勉強するか読書をするぐらいだった。  ところが今年の春休み──晴斗は渚から……、 「──私、ハル君のことが好きなの!」と、告白をされてしまう。  この告白を機に、二人の関係性に変化が起き始めることとなる。  他愛のないメッセージのやり取り、部室でのお昼、放課後の教室。そして、お泊まり。今までにも送ってきた『いつもの日常』が、少しずつ〝特別〟なものへと変わっていく。  だが幼馴染からの僅かな関係の変化に、晴斗達は戸惑うばかり……。  更には過去のトラウマが引っかかり、相手には迷惑をかけまいと中々本音を言い出せず、悩みが生まれてしまい──。  親友以上恋人未満。  これはそんな曖昧な関係性の幼馴染たちが、本当の恋人となるまでの“一年間”を描く青春ラブコメである。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...