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三話

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 誰かにポンっと手を置いた。
「紗南、ほらここ塗って」
「う、うん」

 看板の下書きを担当した女の子だった。長い時間ボーッとしていたようだ。今は文化祭の準備に集中しなければ、と音楽をイヤホンを片耳につけ筆を動かした。紗南は文化祭のクラスの出し物の装飾を担当している。音楽を聞きながら作業するのは理由がある。とある楽曲でセンターで踊るためだ。この学校のダンス部は強豪で全国大会へ出場するほどレベルが高く、ある曲のセンターの取り合いがとても激しい。作業をしながらでも頭のなかで踊って少しでも練習の足しにしようという算段である。そしてダンス部にはこんなジンクスがある。

『ダンス部伝統の曲のセンターで踊ると願いが叶う』

 このジンクスは地域でも有名で、これのためだけにダンス部に入る生徒もいる。
そう、紗南は恋を叶えるためにセンターを狙っている。人選や配置は毎年3年生が決めているので、自分で頑張って練習して1.2年生の中で1番上手くならなければならない。先輩と仲が良かろうが悪かろうが関係なく、実力でしか勝負することしかできない。現在ダンス部の3年生の間で『センターになりそうだ』と言われているのは、紗南を入れて3人。紗南はこれを知っていた。何故かというと先日こんな会話を部活が始まる前偶然にも聞いたからだ。

「今年のセンター候補は3人くらいかな」
「そうね、やっぱり経験者の3人は候補に入るわね」

 今年のダンス部の1.2年生で経験者は強豪校にも関わらず3人だけである。高い倍率の故、普通は上位3人に入ったら満足したり嬉しかったりするものなのだが、紗南は手を抜けない。また、時々1年生がセンターになる「」があるので尚更である



・・・


 紗南はダンス練習を続けた。
愛実は弓道部で、練習場所が全く違うので誰がセンターだとか、何を踊るだとかを知らない。このように練習内容が何も分からない生徒たちは、毎年誰がセンターになるのかは本番までのお楽しみなのである。

「ねえねえ、今年のセンターは誰になりそうなの!?」
里菜が聞いた。本番まで待てないダンス部ファンの生徒もいる。
「えっと…今なりそうって言われてるのは全員2年生だね」
「えぇ~個人名は出してくれないのかぁ」
「なんでそんなにネタバレを急ぐのさ。楽しみにしとく~とかはしない方?」
「だって待てないし!」
「あと2週間だよ」
「無理!」
「いやいや、ダンステスト終わるまでほんっとうに誰になるか分からないよ?」

この質問は里菜だけでなく、愛実にもされた。
愛実の場合、候補は2年生と言った後
「へえ。あ、もしかして紗南も候補に入ってる?」
と言った。
愛実は恋愛には疎いが、こういう時は鋭い。

「あ、それよりさ、愛実ちゃんとはどう?なんかいい事はあった?」
「いや、最近自主練を昼にもしてるせいでお昼も一緒に食べられてないし、クラスにも行ってない...」
「そっか。で、文化祭一緒に回ったりとかの約束した?」
「そりゃあばっちしよ」
「紗南がついに自分から誘うなんて…泣ける…」
「大げさな!たしかにいつもは自分から遊びに誘えなかったけど!」
「うんうん。青春だねえ」
「恥ずいから里奈の話もなんか聞かせろ」
「え、特にない」
「なにそれずるっ」

キリのいいところで教室の後ろのドアから女の子の声がした。
「里菜ちゃん、先生が呼んでる!クラスの出し物の予算についてだってさ」
「はあい、今行く」
紗南は先生のところへ行く里菜の後ろ姿を見て、
「(里菜は男の子の彼氏がいるんだもんなあ)」
と羨ましそうな顔をしながらため息をついた。

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