恋の始め方がわからない

毛蟹葵葉

文字の大きさ
上 下
22 / 40

乞いする女

しおりを挟む
乞いする女

 医務室に入ると誰も人はおらず、信木はベッドに横たわった。
 信木はよほど調子が悪いのか不安げな顔で私を見ている。

「八王子さんって、姫川さんと親しいんですか?」

 信木の突然の質問に私は驚いて瞬きする。
 今までどんな男性社員と話していても彼女がわざわざそんな事を聞いてくる事はなかった。
 弓削に対してもそうだ。
 
「え、なんでそう思うの?」

 会社で姫川と親しいと言えるのか正直微妙だ。
 話しかけられる事は多くなった気がするが挨拶だけだ。
 その挨拶が増えた気もするけれど、プライベートで何回か会ったから、気を遣って声をかけているようにしか思えない。

「なんだかいつも馴れ馴れしく声をかけている気がして……、最近よく話してますよね」

 姫川が馴れ馴れしいかどうかは置いておいて、信木が気になるという事は、客観的に見ても声をかけられているのだろう。

 しちゃったし、徐々にフェードアウトしていくと思うから気が付かないで欲しかった。

「同期なんだし、たまたまじゃないかな」

「同期だったことも覚えてなかったのに」

 適当に理由なんて無さそうだ。と、返すと、信木が痛いところを突いてきた。

「ま、まあ、そういう時もあるよね。私が同期か覚えてるか気になって声かけてたのかもよ」

 そもそも、姫川が私に声をかけてくる理由なんてわかるわけがない。
 それに、声をかけていると言い切るのも微妙なラインだ。言い訳をしながら気がついた。

「私、ああいう人信用できない」

 信木の人を断定するかの物言いに頭が痛くなってきた。
 そういえば、彼女は入社した時から、こういう事を平気で言う人だった。
 やめてほしい。そういうのは好きじゃない。と、ハッキリと言ったら二度と言わなくなったけれど。
 ……誰かと親しくなる前に、知らない間に人間関係を壊されていたのかもしれない。今更だが。

「なんでそんなこというの」

「イケメンで性格が良くて、女子からモテてるからです」
 
「あの外見なら当然だよ。モテるからって信用できないって決めつけるのは良くないよ」
 
「それに、私たちが外されてるの知ってるのに見て見ぬふりしてたじゃないですか」
 
「姫川さんは、関係ないでしょ。それに、彼も外されてたんだから何も出来ないのは仕方ないんじゃない?」
 

 信木は、必死に姫川を貶めようとしているようにも見える。

「私、あの人がどんな人と付き合って別れたか知ってるんですよ」

「そりゃ、あの年まで恋人が居なかった事なんてないでしょうよ」

 私同様に人間関係が狭い信木が知っているという事は姫川の異性関係は、派手なのかもしれない。
 だけど、手慣れたセックスを見ている限り納得しかなかった。
 あれだけ上手だもの。納得だわ。経験ないのに上手な方がちょっと怖いし。
 異性関係が派手でも最低限のルールやマナーを守ってるんだし、何も悪く言われる理由なんてないじゃない。
 彼の女癖の悪さを聞いたことなんて一度もない。
 何だか腹が立ってきた。

「そうですよ。だからこそですよ」

 だからこそ何なんのよ。
 
 うんざりとしてしまう。姫川の事を知らないのはお互い様だ。
 表面上しか知らない彼の内面をなぜ語れるというのか。
 私は姫川の全てを知っているかのように腹を立てていることに気がついて、冷静になる。

 たった一度寝ただけで、全てを知っている彼女ツラするなんて烏滸がましいにも程がある。

 途端に、自分自身が恥ずかしくなってきた。

 何様のつもりなのだろう。

「……勘違いしたらダメです。あの人は誰に対しても優しくて親切だから、自分が特別とか思わない方が」

 信木が言いたいのはつまりそういう事のようだ。
 姫川を好きになるな。と、それだけ。

 私も「一度寝ただけで彼女面」するつもりなんてもちろんない。

「姫川さんが誰にも優しいのはこの会社で誰もが知ってることだよ」

 彼の優しさに深い意味なんてない。私は特別でも何でもない。

「ちゃんとわかっていてくれて、よかった。八王子さんは、絶対に恋愛なんてしないで、ただ、傷つくだけです」

 信木は心配そうな顔をして、いかにも私のためだと「恋をするな」と警告してくる。

「あ、違うんですよ。騙されるとかそういう事じゃなくて、八王子さんが傷つくのが許せないんです」

 私が恋愛に向いていない。と、思うようになったのはいつだろうか。ふと、そんなことが気になり始める。
 だけど、事実だ。

「……もう、わかってる事を言わないでよ。姫川さんにそういう感情なんて持たないわよ。だから、心配しないで」

 私は気になることから目を逸らした。
 目を向けたところでもう手遅れだから。

「良かった」

 信木は、私に恋する女のような熱っぽい潤んだ目をして微笑んだ。

 恋をしていいのは、こういう可愛い子だけだ。私みたいな可愛げのない女はしてはいけないんだ。

 そう心の中で言い聞かせた。






~~~

風邪でしばらく休みます

アヘ顔ダブルピース
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

記憶のない貴方

詩織
恋愛
結婚して5年。まだ子供はいないけど幸せで充実してる。 そんな毎日にあるきっかけで全てがかわる

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

バイバイ、旦那様。【本編完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。 この作品はフィクションです。 作者独自の世界観です。ご了承ください。 7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。 申し訳ありません。大筋に変更はありません。 8/1 追加話を公開させていただきます。 リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。 調子に乗って書いてしまいました。 この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。 甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

処理中です...