恋の始め方がわからない

毛蟹葵葉

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誘い

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誘い

「あはは、びっくりしてる?引いた?でも、興味があって」

 笑い声混じりにそう問いかけると、姫川は明らかに不愉快そうに眉間に皺を寄せた。
 そういえば彼が下ネタを話している所を見た事がなかった。
 もしかしたら、嫌いなのかも。

「いや、別に」

 姫川は、何でもない。と、返すが、明らかに気分を悪くしているようだ。
 これ以上この話をしたら、お互いに気分が悪くなるだろう。
 ただ、自分の考えがフラフラしている状況で、マッチングアプリを利用し続けるのはどうなのかと思い始めていた。
 理由は違うが姫川の言う通り利用を控えるか、やめるのはありなのかもしれない。

「もう、この話はおしまいね」

 素直か。と、思いつつも、姫川と気まずくなってまで、マッチングアプリを使いたいとも思えなくなっていた。
 姫川の存在が自分の中に組み込まれている事にあえて目を逸らす。
 目を向けたら大変なことになりそうだから。
 
「……僕とかどうですか?」

 あまりにも突然すぎる提案に、今度は私が目を見開く。

「……何でよ」

 なぜ、そんな話の流れになるのか理解できなかった。
 彼が私にそういった感情を持っているようには、とても見えない。

「僕は初対面の男よりも信用できると思いますよ」

 ……確かに姫川の言う通りだ。
 初対面で会う男達よりも遥かに姫川の方が信用できる。

「今まで何もなかったって事は、信用に値しない人ばかりと出会っていたんでしょ?何度も人間関係を構築するの面倒ではないですか?」

「……」

 思っていた事を言い当てられて、私は黙る事しかできない。
 二度と会わない男だったら、私は「はい」と返事をしただろう。
 抵抗感があるのは、姫川と今後も関わるからだ。

「避妊は当然しますし、今まで通り変わらず接しますよ」

「そうしてもらえるとありがたいわ」

「……酔いが覚めたら少し僕のこと考えてくれますか?」

 姫川の事だから、その通りにしてくれるだろう。
 それくらいの信用はある。
 それだけ、彼は異性との経験があるのかもしれない。
 でも、なぜそこまでしてくれるのだろうか。

「なんでなの?」

「貴女が望まぬ妊娠とかして欲しくないですし、不幸になるのを見てるのは嫌だな。と思って、それと、ご無沙汰なので久しぶりにしたいな。と」

 答えはシンプルで私へのちょっとしたお節介と自分の欲求を満たしたい。というものだった。……変な正義感からの提案ではなさそうだ。
 だけど、そちらの方が割り切りやすくてありがたい。

「私みたいな女を抱けるの?背が高いし、男みたいに見えない?」

「僕からしたら小柄ですよ。男みたいと思ったことなんて一度もありません。八王子さんは可愛いですよ」

 姫川なりのフォローのつもりなのだろう。少し嬉しかった。
 背の高い私でも、女性として見てもらえることが。

「……したら、マッチングアプリを削除してくださいね」

「そうする」

 姫川はよほど私に痛い目に遭ってほしくないようだ。

「あと、人前であまりお酒を飲むのはやめた方がいいです」

「知ってる……。腐れ縁のアイツからも同じことを言われてるから」

 素面なら絶対に言わない事を酔ってしまえば、滑るように口から飛び出てしまう。

 しばらくお酒を飲むのはやめよう。

 ああ、疲れた。

 久しぶりにたくさん話したせいなのか、急に眠たくなってきた。
 瞼が重たいな。と、思った時には眠りに落ちていた。

 眠りから醒めたのは一瞬のようだった。

「あ、起きました?」

 姫川が、私の顔を覗き込んでいた。
 彼は着替えていたようで、グレーのスエット上下だ。
 外はすでに明るく朝日が眩しい。かなり眠っていたようだ。

「あれ?姫川さんの家?」

「そうですよ。よく眠れましたか?」

 楽しげな姫川の様子に、昨日のやり取りはなかった事になっているみたい。
 それに少しだけ安堵する。

「はい。グッスリ」

 私も何もなかったかのように笑っておいた。
 そこは絶対につつかないほうがいい気がしたからだ。

「もう少し休んでいって、いいですよ。お休みですしモーニングとか行きますか?」

「あ、大丈夫です。帰ります」

 もう少しいてもいい。と言われるが私はすぐに断る。

「……返事はいつでもいいよ」

 姫川はにっこりと笑った。
 酔った上でのやり取りを持ち出すとは思いもしなくて驚く。

「っ……!」

「またね」

 姫川は今度は蕩けるような笑みを浮かべる。まるで、特別な存在に見せるような笑み。
 そんな顔を見せられて、恋すら知らない女は容易に勘違いしてしまいそうだ。

 だけど、私は自分の事をよく理解しているので、弁えている。
 ときめく事はあっても、勘違いはしてはいけない。

 背が高くて無愛想な女に恋なんて似合わないから。
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