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妻からの手紙

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 妻が息を引き取った。それから私は、大急ぎで葬儀の準備などをこなしていた。慌ただしく何日も日が過ぎた。
 すべての手続きを滞りなく済ませて家に帰ると、一通の手紙が届いていた。宛先には妻の字で私の名前が記されていた。
 もしかしたら、彼女からの私への何かの言葉が記されているかもしれない。そう思うと、居てもたってもいられずに、手紙を開けた。
 妻は息を引き取るまでの数ヵ月はほとんど言葉を発することが出来なかったのだ。
 彼女は、私にどんな言葉を残したのだろう?不安になりながらも手紙に目を移した。


 貴方がこの手紙を読んでいる時には、私はこの世には居ないでしょう
 ごめんなさい。ちょっと言ってみたかっただけです。許してくださいね
 許してほしいと言ったところで、私は死んでいるから、何の関係もないのですけれど。あ、ちょっと困った顔しているわね。うふふ
 貴方と過ごした日々はとても楽しくて、私の灰色の人生を薔薇色に変えてくれた。
それまで、私は与えられた人生をただ無気力に生きていたの、何もかもが全て決まっていたから
 大きな会社の社長の娘として生まれてきたから、その責任がついて回るのは当然だけど、自由がなかったといえばその通りだったわね
 意外って思われるかもしれないけど、我が儘なんて言えなかったわ。だって、それを言ったら恥ずかしい事ですもの。親に抱き締められた記憶すら私にはなかったの
 私、別に与えられた人生でも良かったの、だってそれを何も『おかしい』とも『いや』とも思わなかったから。ただ何も感じなかったの。それが、当然だと思っていたから
 貴方と出逢えて本当に良かった。素直な自分になれたの。両親に初めての我が儘を言ったときは驚かれたわ
 『貴方と結婚したい』と言ったときの顔は本当に面白かった。私、両親に愛されていないと思っていたの
 だけど、「初めての我が儘だから、本当は応えたくないけど許す」と言ってくれたわ。それと、「嫌になったら戻ってきなさい」とも言われちゃった
 初耳よね。私、一度もそんな事言わなかったもの
 だけどね、両親も両親なりに私の事を愛してくれているんだ。ってその時に気が付いたの
 でもね、考えてみればそうだったわ。学校の行事には必ず来てくれたし。病気になったときは、大急ぎで駆けつけてくれたわ
 これも、きっと貴方のおかげね。きっと一生そんな事には気がつかなかったから。本当に感謝しているの
 私が居なくなって貴方は大丈夫かしら?猫でも飼っていたらまたべつかもしれないけれど。寂しくない?

 5年半の結婚生活は凄く楽しかったわ。残りの一年は私の闘病生活だったけれど、貴方はいつも苦しんでいる私の背中をやさしく撫でてくれたわね
 なにも言わずに私の事を支えてくれてありがとう
 最後の記念にってバーベキューしてくれたでしょう?あの時の炎が青色で「人魂だ!」って大騒ぎしたわよね……
 ダメだわ。思い出したら手が震えてきちゃう。人生でこんなにも笑った事なんてないくらいあの時は笑っちゃったわ
 暗い雰囲気にならなかったから良かったけど、連れてきてくれた貴方の部下の女の子とても怖がっていたわね
 ごめんなさい。あれをしたの私なのよ
 知ってる?リンが多い物を燃やすと青い炎が出るのよ。冗談半分でやってみたけど、本当にできちゃうなんて……ごめんなさい。でも、許してくれるわよね?
 死にぞこないがパンチの効いたジョークを出しただけですもの
 ねえ、お願い。私が死んでから恋をしてもいいけれど、恋人なんか作らないで。お願いよ
 苦い顔しているのがわかるわ。そんな事しないって言いたいのはわかるけど、だけど、どうしても貴方を束縛したいの
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