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 父は、その日のうちに手紙を出したようですぐに返事が来た。
 その返事には、婚約者の交代を咎める様子はなく。すぐにでも領地に来てもらって構わない。と、記されてあった。

 返事が来た次の日に、母が私の部屋にやってきた。
 彼女が私の部屋にやってきたのは、初めてかもしれない。
 お茶の準備をした方がいいのか、クラリスを呼ぼうにも彼女は不在で何もできない。
 母は、お茶すら用意されないことに不愉快そうに眉間に皺を寄せた。

「一ヶ月以内に出ていってくれる?」

「え?」

 あまりに突然のことに、私は驚いて固まってしまう。
 準備もあるのでそんなに早く出ていけと言われるとは思いもしなかったからだ。

「お金は用意するから、自分で馬車と護衛の手配をしてちょうだい。辺境伯夫人になるのだから、それくらいのことはしなさい。今まで手をかけてあげたのだし、これ以上手を煩わせないでね」

「わかりました」

 辺境伯夫人になる事は方便で、私に手をかけるのが面倒だから早く出ていけと言いたいようだ。
 
「できれば、早く出ていって欲しいわ。ライザがね。貴女への罪悪感で苦しんでいるの。申し訳ないとずっと泣いているの。今すぐにもいなくなって欲しいの」

「……」

 もはや、私に対しての親としの情などもう母にはないのだろう。
 ただ、いるだけでライザを悲しませる厄介な存在。そんな目を母は私に向けている。

「貴女が化け物の子供を産んでお役御免になっても、戻ってこないで」

「……」

「厳しい事を言うかもしれないけど、貴女の顔を見るとみんな罪悪感を持ってしまうの。お互いの幸せのために顔を合わせない方がいいと思うの。……私たちは貴女の事を忘れるわ」

 母は、それだけ言い残して部屋から出ていった。

 やる事はたくさんある。悲しむ時間すらないくらいに。

 まず最初にする事は、馬車の確保だった。

 屋敷の馬車は当然借りる事はできない。
 だから、街に出て辻馬車でシズリー領への道順と、相場とお金がどのくらいの価値なのか調べた。

 次は護衛の確保だったが難航した。

「なぜ、この家から出ていく貴女の護衛をしなくてはならないのでしょうか?私たちは忙しいのです。人員を割く事などできません。自分で護衛を雇った方がよろしいかと」

「……」
 
 屋敷の騎士に護衛を頼んだが、恐らく母が手を回したのだろう。断られた。
 身元がわかり信頼できる人物を見つけるのは、無理だと判断して護衛をつけるのは諦めた。

 その次に困ったのは身の回りの世話をする侍女だ。
 私の専属の侍女はクラリスだけだが、一緒に行動すると考えるだけで胃が痛くなる。

「私は、貴女についていく気はありません。あんな田舎に誰が行くものですか、アンタの専属がずっと不満だったのよ。出ていってくれて清々するわ」

 はっきりと断られて、私は割り切って一人でシズリー領に向かうことにした。

 ナイジェルには、シズリー領に向かう道順と、諸事情により同行者はごく少数で時間がかかるかもしれない。と、端的に記した手紙を送った。

 ナイジェルからは、屋敷を出る前に手紙を出すように。そして、気をつけて来るように。と丁寧な返事が来た。
 書面だけの気遣いですら私は震えるほど嬉しかった。
 それほどに、人の優しさに飢えていた。
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