上 下
46 / 48

真海との誓い

しおりを挟む
真海と鳴海が居なくなるまで、その背中を僕はぼんやりと見つめ続けた。
恐らく真海は全てを知っている。なぜかそんな気がする。

「早く帰ろう」

鳴海の顔を見るという目的を果たした僕は帰ろうとした。
「少しいいかしら?」
僕に声をかけたのは鳴海と瓜二つの真海だ。
年齢ゆえにできたシミや皺すら彼女には、円熟した気品のように思えるくらい。内面から出たであろう美しさが僕には眩しかった。
しかし、やはり鳴海とは別人だ。
素直で天真爛漫な鳴海には彼女にはない別の魅力を持ち合わせている。
僕は純粋な彼女だから好きになっていた。
「何か?」
「貴方は全てを知っているんでしょう?村井さんは与一の駒になってしまったことも」
僕はなんて答えればいいのかわからなかった。
だけど……。
「近いうちに貴女は殺されます」
僕は気がつけば口走っていた。わかっていても鳴海が傷付くなんて許せない。
これは最後のチャンスだ。逃げ出せば二人はもしかしたら助かるかもしれないと僕は思っていた。
「わかっているわ。けれど、どうせ逃げたところで無駄よ」
「だけど!」
僕は真海に食って掛かる。やる前からそんなふうに決めてしまうなんてどうかしている。
「いいの」
いや、だけど。僕も真海も与一の事をよく知っている。逃げたところで少しの時間稼ぎにしかならない。
「私はいいの。どうなっても、鳴海と村井さんが生きていてくれれば」
真海からしたら村井を人質に取られているようなものだ。逃げるに逃げられないのか。
鳴海に今のところ危害を加えるつもりは与一にはない。それがきっと彼女はわかっている。
「だけど、鳴海さんを助けたいのなら逃げて」
「出来ないわ。もう、逃げるなんてたくさんよ。私が何をしたっていうの?」
真海は何一つ悪いことなんてしていない。それは、僕も村井も鳴海もそうだ。
「それは」
「お願いがあるの。私は殺されてもいい。だけど、村井さんを助けて」
真海は被害を最小限にするための自分の運命を受け入れている。
自分が死ぬ事は鳴海や村井を助ける最低条件であると彼女は知っているのだ。
「わかった」
僕に出来ることは真海の願いを叶える事。
そして、鳴海は何も知らずに幸せなままでいてもらう。生まれた理由を知られる訳にはいかない。
だけど、ひとつだけどうしても知りたい事があった。
村井の事だ。
「村井さんはなぜ与一の駒になったんですか?貴女の事を大切に思っていたんですよね?」
「わからない。だけど、手紙の彼はもう別人よ。文面は同じなんだけど、どこか違和感あって」
真海は目を伏せてそれ以上は言わなかった。
信じられないが、僕は恐らく村井と同じような方法で与一に乗っ取られるのだろう。
「そうですか」
その方法を探ろうとしても恐らく与一は隠し通すだろう。けれど、時期が近付いたら、きっと僕にそれを教える。
その日までに与一の絶対的な信用を得なくてはならない。
もしも、それが失敗したら不意打ちで僕は僕でなくなるだろう。
「時間がかかってもいつか必ず村井さんを、鳴海さんを助けます」
「ありがとう」
真海は両目に涙を浮かべて微笑んだ。
僕に出来ることは決まっていた。

「僕は行きます」
「さようなら。きっと二度と逢うことはないと思うけど」

結局、真海の言葉の通りになってしまう。
彼女はその数年後に癌で亡くなった。与一の手にかかったのだろう。


僕はそれからまた何年もかけて水面下で鳴海を守るために準備をしていった。

皮肉な事に『偶然見つけた発癌性の薬品』を手に取った麗美達が、僕の母親を殺し、与一を手にかけようとしていた。
薄々気が付いていたが、僕は与一の傀儡と成り果てたふりをしていたのでそれをあえて見逃した。

「鳴海を呼び出そうと思っている。そして、私が大きくした会社を全て壊してやる」

癌に侵され余命宣告を受けた与一の一言で波乱が始まる。僕はそう思った。身体が震えるほどに心が揺すぶられている。恐怖なのか歓喜なのかわからないくらいに。

これで、鳴海と村井を助けられる。

きっと、麗美達を与一は許しはしない。一番の痛手を残して会社を潰すつもりなのだろう。どれだけの犠牲が出るだろう、それすらも、彼はなんとも思っていないようだ。

もしも、これから起こることで僕が失敗をしたらきっと鳴海は与一の手に堕ちるだろう。
それだけは絶対に食い止めたい。

「どうなさるおつもりでしょうか?」

僕は冷静に何の感情も持たないように心がけて与一に問いかけた。
「島を利用する。そこで、奴らに殺しあいでもさせるとしよう。まぁ、何かしら騒ぎでも起きるだろう。あれを使えば……。私はそこで自分の身体を捨てる」
与一はまるで服を着替えるかのように淡々とそう話す。
「やっと新しい真海を手に入れられる。年老いていく真海は、どうしても許せなかった。あれには綺麗で居続けて貰わなくてならない」
与一は鳴海の事を真海のコピーのように言い出す。
そして、身勝手にも年齢を重ねていった真海を『許せない』とまで言い出す。しかし、鳴海だって同じように年齢を重ねていくのだ。
「しかし、彼女も同じように年齢を重ねていきます」
「ああ、わかっている。そうなっても大丈夫なように替わりの『真海』は用意してある」
それは、まるで、何度も『真海』との恋を続けるような物言いで、僕はそれに違和感を覚える。
与一は永遠に同じことを繰り返していくのだろうか?『真海』を取り換えて。何度も何度も。
「そうですか。しかし、僕の身体も同じように年老いていきます」
「わかっている。だから、私の経験や記憶を全て詰め込んだICチップを、お前に埋め込むんだ」
僕は与一の言葉を疑った。理論上それは可能だが、そんな事をしようなんて誰も思いはしないだろう。
繰り返しのコピーしたデータは劣化していく、理想論は無数の犠牲を生み出し、いつか破綻をする。
しかし、死期の近い与一はそれを信じて疑っていないようだ。

「きっとマスコミはこういうだろうな『死期を悟ったサイガフーズ会長の復讐劇』と。ふふふ」
与一は自分が主人公の物語を話すように楽しげだ。

「あの島で生き残るのはお前と真海の二人だけだ。私がモルヒネで安楽死した後にお前はチップを埋め込むんだ。その、準備の手術は近いうちにさせる。この件は絶対に誰にも知られるな」

その言葉から誰も信用しない与一は村井と僕以外の人間に、この話をしていない事を悟る。

「承知しました」

僕は勝ちを確信した。

「本当に麗美達ときたら、自分の欲望に忠実で私が築き上げた物を何から何までたかろうとしている。誰のおかげでこの世に産まれてきたと思っているんだ」

与一は身勝手にも孫達の事を貶め始める。しかし、その血を引き継ぐだけあり彼らは欲深く身勝手に僕は思っていた。

「お前は違う。何の役にも立たないが、弁えている。多くを望まないからな使いやすくていい」

与一は僕に何の感情もないと思っているのか、また、身勝手な事を言い出す。

「僕は与一様の駒ですから何でも言うことも聞きます」

僕は悪魔に心を売るような気持ちで、与一に微笑みかけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】縁因-えんいんー 第7回ホラー・ミステリー大賞奨励賞受賞

衿乃 光希
ミステリー
高校で、女子高生二人による殺人未遂事件が発生。 子供を亡くし、自宅療養中だった週刊誌の記者芙季子は、真相と動機に惹かれ仕事復帰する。 二人が抱える問題。親が抱える問題。芙季子と夫との問題。 たくさんの問題を抱えながら、それでも生きていく。 実際にある地名・職業・業界をモデルにさせて頂いておりますが、フィクションです。 R-15は念のためです。 第7回ホラー・ミステリー大賞にて9位で終了、奨励賞を頂きました。 皆さま、ありがとうございました。

最後ノ審判

TATSUYA HIROSHIMA
ミステリー
高校卒業以来10年ぶりに再会した8人。 決して逃れられない「秘密」を共有している彼らは、とある遊園地でジェットコースターに乗り込み「煉獄」へと誘われる。 そこで「最後の審判」を受けるために……。

35歳刑事、乙女と天才の目覚め

dep basic
ミステリー
35歳の刑事、尚樹は長年、犯罪と戦い続けてきたベテラン刑事だ。彼の推理力と洞察力は優れていたが、ある日突然、尚樹の知能が異常に向上し始める。頭脳は明晰を極め、IQ200に達した彼は、犯罪解決において類まれな成功を収めるが、その一方で心の奥底に抑えていた「女性らしさ」にも徐々に目覚め始める。 尚樹は自分が刑事として生きる一方、女性としての感情が徐々に表に出てくることに戸惑う。身体的な変化はないものの、仕草や感情、自己認識が次第に変わっていき、男性としてのアイデンティティに疑問を抱くようになる。そして、自分の新しい側面を受け入れるべきか、それともこれまでの「自分」でい続けるべきかという葛藤に苦しむ。 この物語は、性別のアイデンティティと知能の進化をテーマに描かれた心理サスペンスである。尚樹は、天才的な知能を使って次々と難解な事件を解決していくが、そのたびに彼の心は「男性」と「女性」の間で揺れ動く。刑事としての鋭い観察眼と推理力を持ちながらも、内面では自身の性別に関するアイデンティティと向き合い、やがて「乙女」としての自分を発見していく。 一方で、周囲の同僚たちや上司は、尚樹の変化に気づき始めるが、彼の驚異的な頭脳に焦点が当たるあまり、内面の変化には気づかない。仕事での成功が続く中、尚樹は自分自身とどう向き合うべきか、事件解決だけでなく、自分自身との戦いに苦しむ。そして、彼はある日、重大な決断を迫られる――天才刑事として生き続けるか、それとも新たな「乙女」としての自分を受け入れ、全く違う人生を歩むか。 連続殺人事件の謎解きと、内面の自己発見が絡み合う本作は、知能とアイデンティティの両方が物語の中心となって展開される。尚樹は、自分の変化を受け入れることで、刑事としても、人間としてもどのように成長していくのか。その決断が彼の未来と、そして関わる人々の運命を大きく左右する。

月明かりの儀式

葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、幼馴染でありながら、ある日、神秘的な洋館の探検に挑むことに決めた。洋館には、過去の住人たちの悲劇が秘められており、特に「月明かりの間」と呼ばれる部屋には不気味な伝説があった。二人はその場所で、古い肖像画や日記を通じて、禁断の儀式とそれに伴う呪いの存在を知る。 儀式を再現することで過去の住人たちを解放できるかもしれないと考えた葉羽は、仲間の彩由美と共に儀式を行うことを決意する。しかし、儀式の最中に影たちが現れ、彼らは過去の記憶を映し出しながら、真実を求めて叫ぶ。過去の住人たちの苦しみと後悔が明らかになる中、二人はその思いを受け止め、解放を目指す。 果たして、葉羽と彩由美は過去の悲劇を乗り越え、住人たちを解放することができるのか。そして、彼ら自身の運命はどうなるのか。月明かりの下で繰り広げられる、謎と感動の物語が展開されていく。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は十五年ぶりに栃木県日光市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 俺の脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

死館

ステラー
ミステリー
住宅街の一角にある高い塀と霧で囲まれた不気味な屋敷、通称『死館』。 この屋敷の敷地内に足を踏み入れた者は二度と帰ってこれない。国民の不安が日に日に増していく中、行方不明者は次々と増えていく… 事件開始から10年がたったある日、ついに一人の男が立ち上がった。 屋敷の謎は解けるのか?そして、中には何が待ち受けているのか?? ジャンルはミステリーに分類してますが、(SFアクション)スリラーです笑 全5話で完結です!!

処理中です...