上 下
23 / 48

私の初恋の夕顔

しおりを挟む
「あの時、そうだったの?」

「はい。僕は貴女の顔が見たかったんです」
 朔也は言葉の意味を理解して全て肯定した。
 私の心に絡み付く、夕顔は既に蕾が綻びかけていた。何もかも全てが手後れだ。自分の兄に恋をしかけていたなんて。
 この想いは私の心をギリギリと締めつけ、ただ胸が苦しい。

 しかし、今はそれにショックを受ける前にするべき事がある。

 麗美の事だ。与一が殺されてから不可解な事ばかり彼女にはあった。私は泣きそうな気持ちを抑えて、無理に表情を取り繕い朔也の方を向く。

「質問してもよろしいでしょうか?」
 まず知らなくてはいけないことは麗美の事だ。彼女はどうやって昨日過ごしたのだろう。
「何でしょう?」
「麗美さんの事です」
「なに?探偵気取りかい?」
 奏介は皮肉な笑みを浮かべ茶化す。少しだけ腹が立ったが、私はそれを無視する。
「彼女は私を閉じ込めてからもずっとああでしたか?」
「え?」
 構わず続けると、奏介は思いもしなかった事を聞かれたようなポカンとした顔をした。
「健康な精神状態で長時間の錯乱状態に陥るはあまりありません。彼女はずっとあの状態でしたか?」
 皆、私の説明に納得したような顔をした。
「確かに……。考えもしなかった」
 奏介は、考え込むように呟く。
「そうだね。何度か人を変えて様子を見に行ったけど。ずっと『殺される』って大騒ぎしていたよ。それに、見てよこの部屋。犯人と争ったにしても、あまりにも乱れているでしょ?」
 私の質問に答えてくれたのは真人だ。彼は部屋の中をもう一度確認するように一眺めした。
 麗美の部屋は片付けがなっていないでは収まらないくらい物が散乱し、陶器なども割れている。
 揉み合うにしても部屋がこのまで乱れるだろうか?
「はい。揉み合ってできただけでないのですね?」
 しかし、彼女は殺されるときどのくらい揉み合ったのか、この部屋では全くわからない。
「そうだね。どれだけ揉み合ったのかこれじゃわからないよね」
 奏介は私の考えと同じようだった。
「部屋の物を投げているようで、凄い物音がありましたよね?」
「うん。確かに麗美さんは感情的になるけど、あそこまではなかったわ」
 朔也の確認するような言葉に、香織はその時を思い出したのか、怯えたように自分の両腕を抱き締め。それを、真人は抱き締めた。
「四人で交代で様子を見たけどずっとあんな感じだったよ」
「そうね。真人さん」
 それは、どう考えても異常だ。まるで、幻覚が見えているような反応だ。ドラッグを使用したような可能性もある。
「そうですか。その、何かドラッグをしていたとか知りませんか?」
 私の一言で三人は怯えたように顔を見合わせた。聞いてみて、関係が薄く弱味を見せたらつつき合うような、従兄弟の彼らにそれがわかるはずもない事に気がつく。
「ないと思う。そう、思いたい。普段から気が短いところはあるけど昨日のように、一日中取り乱す事はなかったと思うよ」
「そうですね」
 真人の返事に朔也は同意するように返事をした。
 「おい!朔也!お前なにか入れたのか?」
 奏介は反射的に朔也を責め立てた。なぜ、突然そんな事を言い出すのだろう。
「僕は貴女たちじゃありませんよ?」
「クソッ」
 奏介は朔也を忌々しそうに睨み付ける。
「だいたいそんな事をしたらすぐに証拠が出ます。僕はそんな事をしません。まずは、お互い殺されないように考えるべきではありませんか?」
 朔也の言う通りだった。助けはすぐには来ないのだから。まずは、生き残る事を考えるべきだ。
「いつぐらいに助けは来ると話していましたか?」
「嵐の影響で明日の昼だそうです」
「明日だって?僕の透析はどうなるんだ?!無能な奴らだ」
 奏介は、苛立ち混じりに叫び出す。
「奏介さん。落ち着いて。きちんと食事と水分を制限できれば問題はありません」
「他人事だと思って……」
 奏介は眦をつり上げて私を見る。しかし、命が関わっている事なのに、何も言わないわけにはいかない。
 このまま彼を放置すると危険だ。何をしでかすのか私にも想像がつかない。

「とにかく落ち着いてお互い考えませんか?」
 朔也の一言に皆小さくため息をつく。確かに私も頭に血が昇りすぎていたかもしれない。
「少しだけ席を外すよ」
「私も」
 そう言うと真人と香織は麗美の部屋から出ていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】縁因-えんいんー 第7回ホラー・ミステリー大賞奨励賞受賞

衿乃 光希
ミステリー
高校で、女子高生二人による殺人未遂事件が発生。 子供を亡くし、自宅療養中だった週刊誌の記者芙季子は、真相と動機に惹かれ仕事復帰する。 二人が抱える問題。親が抱える問題。芙季子と夫との問題。 たくさんの問題を抱えながら、それでも生きていく。 実際にある地名・職業・業界をモデルにさせて頂いておりますが、フィクションです。 R-15は念のためです。 第7回ホラー・ミステリー大賞にて9位で終了、奨励賞を頂きました。 皆さま、ありがとうございました。

最後ノ審判

TATSUYA HIROSHIMA
ミステリー
高校卒業以来10年ぶりに再会した8人。 決して逃れられない「秘密」を共有している彼らは、とある遊園地でジェットコースターに乗り込み「煉獄」へと誘われる。 そこで「最後の審判」を受けるために……。

35歳刑事、乙女と天才の目覚め

dep basic
ミステリー
35歳の刑事、尚樹は長年、犯罪と戦い続けてきたベテラン刑事だ。彼の推理力と洞察力は優れていたが、ある日突然、尚樹の知能が異常に向上し始める。頭脳は明晰を極め、IQ200に達した彼は、犯罪解決において類まれな成功を収めるが、その一方で心の奥底に抑えていた「女性らしさ」にも徐々に目覚め始める。 尚樹は自分が刑事として生きる一方、女性としての感情が徐々に表に出てくることに戸惑う。身体的な変化はないものの、仕草や感情、自己認識が次第に変わっていき、男性としてのアイデンティティに疑問を抱くようになる。そして、自分の新しい側面を受け入れるべきか、それともこれまでの「自分」でい続けるべきかという葛藤に苦しむ。 この物語は、性別のアイデンティティと知能の進化をテーマに描かれた心理サスペンスである。尚樹は、天才的な知能を使って次々と難解な事件を解決していくが、そのたびに彼の心は「男性」と「女性」の間で揺れ動く。刑事としての鋭い観察眼と推理力を持ちながらも、内面では自身の性別に関するアイデンティティと向き合い、やがて「乙女」としての自分を発見していく。 一方で、周囲の同僚たちや上司は、尚樹の変化に気づき始めるが、彼の驚異的な頭脳に焦点が当たるあまり、内面の変化には気づかない。仕事での成功が続く中、尚樹は自分自身とどう向き合うべきか、事件解決だけでなく、自分自身との戦いに苦しむ。そして、彼はある日、重大な決断を迫られる――天才刑事として生き続けるか、それとも新たな「乙女」としての自分を受け入れ、全く違う人生を歩むか。 連続殺人事件の謎解きと、内面の自己発見が絡み合う本作は、知能とアイデンティティの両方が物語の中心となって展開される。尚樹は、自分の変化を受け入れることで、刑事としても、人間としてもどのように成長していくのか。その決断が彼の未来と、そして関わる人々の運命を大きく左右する。

月明かりの儀式

葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、幼馴染でありながら、ある日、神秘的な洋館の探検に挑むことに決めた。洋館には、過去の住人たちの悲劇が秘められており、特に「月明かりの間」と呼ばれる部屋には不気味な伝説があった。二人はその場所で、古い肖像画や日記を通じて、禁断の儀式とそれに伴う呪いの存在を知る。 儀式を再現することで過去の住人たちを解放できるかもしれないと考えた葉羽は、仲間の彩由美と共に儀式を行うことを決意する。しかし、儀式の最中に影たちが現れ、彼らは過去の記憶を映し出しながら、真実を求めて叫ぶ。過去の住人たちの苦しみと後悔が明らかになる中、二人はその思いを受け止め、解放を目指す。 果たして、葉羽と彩由美は過去の悲劇を乗り越え、住人たちを解放することができるのか。そして、彼ら自身の運命はどうなるのか。月明かりの下で繰り広げられる、謎と感動の物語が展開されていく。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は十五年ぶりに栃木県日光市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 俺の脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

忠犬と痴犬

いっき
ミステリー
年老いた西口さんは、かつては家族が賑やかに暮していた家に、今では老犬のタロと共に静かに過ごしていた。関わりのある人間も少ないが、そういった暮らしを受け入れて疑うことはなかった。そんなある日、家に空き巣に入られた事がきっかけで…… ストーリーは2元的に進みます。

捧げし紫苑と魔法使い

時谷 創
ミステリー
世界には『魔法』が存在し、人々の危機を救う『魔法使い』達がいた。そんな中、高層ビルから落下した鉄筋が停止する事象が発生する。オカ研所属の乃木坂は、仲間と一緒に「魔法使いの謎」を追及しつつ、1年前に起きた幼馴染「時森 立夏」の失踪事件を解明できるだろうか?

処理中です...