ちがうそうじゃない

毛蟹葵葉

文字の大きさ
上 下
1 / 3

1

しおりを挟む
1

「ジュディー、私と結婚してほしい」

 上司のサイモンに呼び出さるそうなり告げられた。予想の斜め上のその上をいく一言に私は面食らった。
 ちなみに説明させてもらうと、サイモンと恋人同士ですらないし、そういった雰囲気になったことすらない。
 それに、そんな事はあり得ない。

「……」

 思わず目を見開いて固まっていると、サイモンは慌てた様子でかぶりをふった。
 
「違うそうじゃない。好きだ」

 何がどう違うのか色々とツッコミを入れたいところだが、あえてそこには触れないでおこう。
 私からしてみれば上出来ではないだろうかと思う。
 サイモンは、ほぼ記入されている状態の婚姻届を私に差し出して「結婚しよう」と言ってのける男だ。
 それよりも先に「結婚しよう」と言ったのだから、多少の気遣いが見られる。
 彼にしては良くやっている気がした。
 ……きっと裏があるはずだ。
 この男は、宰相という地位を持ち。効率重視の合理的な考え方をする。そこに、人への気遣いは見られない。
 つまり、彼のフォローをするのが部下である私だ。
 こんなことを唐突に言い出すだなんて、きっと何かあるはずだ。

「その心は?」

 私の質問にサイモンは一瞬だけ視線を泳がせた。
 そうしたのは、きっと、私への好意が全くないことに気付かれた気まずさからだろう。
 
「そろそろ落ち着かないといけない」

 落ち着かないといけない理由でも何かあるのだろうか。
 サイモンはかなりの美形で、デスクワークとはいえ身体が引き締まっていて、その上まだ28歳で令嬢から言い寄られている場面を私は何度も見ていた。
 まだ、独身貴族のままでも何も問題はないはずだ。
 
 モテるのが嫌だから落ち着きたいのか。それならば、もっと早く結婚しててもいいのでは?
 私の疑問への答えはすぐに出た。

「……今回、伯爵になる事が決まった」
「あら、それはおめでとうございます」

 サイモンは、宰相という立場から子爵だ。
 ちなみに、そうなったのにも色々と「事情」があったりする。

 一言で説明するのなら、庶子の王子が反乱。皇帝の首を斬り落とし国を立て直したのだ。
 その際に、後ろ暗い家門は全て爵位を返上して財産を没収した。
 残ったまともな家門や悪事すら働かないくらいに弱った家門と優秀な平民達で国政を担う事になったのだ。
 サイモンは優秀だったので文官として登用されたのだが、あれよあれよという間に出世して宰相の地位を手に入れた。
 子爵は彼個人の爵位だ。
 そんな理由があるので、優秀な彼が陞爵するのは別におかしい事ではない。
 ただ、なぜそこで結婚をしないといけないのか。
 
「それで、領地を貰うことになった。もちろん立て直しが必要だ」

 私はそれで全てを察する。
 つまり、上としては宰相としてやる事はやったので田舎に引っ込めと言いたいのだろう。
 彼は少し人間性に問題がある。見てくれはいいので騙される人は多いが、付き合いが長くなるほどメッキは剥がれていき、どうしようもない人間なのだと気がつくのだ。
 
「それは」
「私の仕事は終わったという事だ」

 サイモンは苦笑いを浮かべた。

「ただ、すぐに領地に行くことはできない。引き継ぎがあるから」
「そうですね」
「そこで、君が先に退職して領地の立て直しを始めてもらいたいのだが」

 可能な限りサイモンが帰ってくるまでに、ある程度領地を立て直しておけと言いたいのだろう。
 
「つまり、貴方が帰ってくるまでの繋ぎという事ですね」
「……?うん、そうなるのかな」

 なんとも歯切れの悪い返事に、私は「あの人」のためなのだ。と、察した。
 彼には恋人がいる。
 しかし、彼女と結婚することは今は不可能に近い。
 私に無茶苦茶なプロポーズをしたのは、おそらく彼女と結婚するためだ。

 ……本当に人の気持ちがわからない人なのね。

 離婚歴があれば、再婚はしやすい。
 合理的に考えた結果。サイモンは彼女を後妻として迎えるつもりなのだろう。

 しかし、彼は私に離婚歴がつくことは全く考えていない。
 ただ、私はこの結婚を受け入れようと思った。
 なぜなら、私にも結婚をしたい理由があったのだ。

 つまり、結婚しろという周囲からの圧力が強く困っていたのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

バイバイ、旦那様。【本編完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。 この作品はフィクションです。 作者独自の世界観です。ご了承ください。 7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。 申し訳ありません。大筋に変更はありません。 8/1 追加話を公開させていただきます。 リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。 調子に乗って書いてしまいました。 この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。 甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた

宮野 楓
恋愛
幼馴染のエリック・リウェンとの婚約が家同士に整えられて早10年。 リサは25の誕生日である日に誕生日プレゼントも届かず、婚約に終わりを告げる事決める。 だがエリックはリサの事を……

婚約者である皇帝は今日別の女と結婚する

アオ
恋愛
公爵家の末娘として転生した美少女マリーが2つ上の幼なじみであり皇帝であるフリードリヒからプロポーズされる。 しかしその日のうちにプロポーズを撤回し別の女と結婚すると言う。 理由は周辺の国との和平のための政略結婚でマリーは泣く泣くフリードのことを諦める。しかしその結婚は実は偽装結婚で 政略結婚の相手である姫の想い人を振り向かせるための偽装結婚式だった。 そんなこととはつゆ知らず、マリーは悩む。すれ違うがその後誤解はとけマリーとフリードは幸せに暮らしました。

【完結】小さなマリーは僕の物

miniko
恋愛
マリーは小柄で胸元も寂しい自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。 彼女の子供の頃からの婚約者は、容姿端麗、性格も良く、とても大事にしてくれる完璧な人。 しかし、周囲からの圧力もあり、自分は彼に不釣り合いだと感じて、婚約解消を目指す。 ※マリー視点とアラン視点、同じ内容を交互に書く予定です。(最終話はマリー視点のみ)

【完結】私の大好きな人は、親友と結婚しました

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
伯爵令嬢マリアンヌには物心ついた時からずっと大好きな人がいる。 その名は、伯爵令息のロベルト・バミール。 学園卒業を控え、成績優秀で隣国への留学を許可されたマリアンヌは、その報告のために ロベルトの元をこっそり訪れると・・・。 そこでは、同じく幼馴染で、親友のオリビアとベットで抱き合う二人がいた。 傷ついたマリアンヌは、何も告げぬまま隣国へ留学するがーーー。 2年後、ロベルトが突然隣国を訪れてきて?? 1話完結です 【作者よりみなさまへ】 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...