忘れられた妻

毛蟹葵葉

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「離縁届を出す時は、僕も付き添います。だから安心してください」

ローディンはチネロを安心させるようにそう伝えて、部屋に送り届けた。

とても、華奢な手だった……。
ローディンは自室に帰るとチネロの手の事を思い出す。少しでも力を込めれば、たちまち骨が砕けてしまいそうだった。
初めて彼女と出会った時、冷たい身体は今にも命を手放しそうでローディンは怖かった。しかし、今は温かく今ここで生きている事を証明してくれる。

彼女の不幸のきっかけを作ったのは間違いなく自分だ。
あの時、白い結婚の事を話さずに親に相談するようにもっと強く言えばよかった。

何度、後悔しても時間は戻らない。

出来る事はチネロが幸せになれるために自分が動く事だ。
彼女の心の傷が少しでも癒えればそれでいい。

『ローディンさん』

チネロは何も知らずにローディンを信じきって疑いのない微笑みを浮かべてくれる。
自分にそれを向けられる資格などないのに、時折り、罪悪感に耐えきれなくて全てを打ち明けたくなる事がある。

けれど、それをして救われるのは自分だけだ。

自分の罪への向き合い方は、後から考えればいい。
まずは、チネロが立ち直る事を優先して考えなくてはならない。

あとは……。

ローディンは、オグト家に届いたチネロ宛の離縁届がどこか引っかかっていた。
今はオグト家の庇護の中にあるからローディンとチネロに手出ししない。と、言われているような気がして。
ローディンとチネロがオグト家の庇護から外れたその瞬間に、セインは何か行動を起こしそうな気がした。

知らなかったとはいえ、チネロにここまでのことをしたのだ。知られてしまえば罰は使用人が受けるにしても、周囲の人間のセインを見る目は変わるだろう。
セインは、離縁時にチネロにお金さえ払えば問題ないと考えて行動していた。と、ローディンは考えている。しかし、した事はその領域を越えている。

自分を正当化したい後ろ暗い事がある人間は、相手の小さな落ち度を大きな問題だと声を大きくして言う事が多い。

きっと、セインも同じだろう。

「アイツは何をするつもりなんだ……?」

考えた所で向こうの考えを把握する事など不可能だ。

セインの性格上では、犯罪行為をする事は考えられない。だが、一人で考えて行動しているようにはとても思えないのだ。
指示付きで離縁届を送ったのはセインの考えではないように思える。

「離縁届を出したら、きっと、アイツは何かしら行動に移すだろう」

きっかけは、どうであれ、ローディンはチネロの手を取ってセインから逃げ出した事実には変わりない。不貞を疑われてしまえばこちらに落ち度が生まれる。
そこを、セインが声を大きくして叩き出すような気がする。
もちろん対策は既にしてあるけれど、それでも、ローディンの不安は消えなかった。

「嫌な予感がする。たぶん、僕一人の力では何もできない事だ」

チネロに護衛をつけた方がいいかもしれない。自分が雇うのではなく、オグト家の信用できる人間を彼女につけた方がいい。

ローディンはそう考えるとすぐに行動に移すことにした。
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