忘れられた妻

毛蟹葵葉

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これまで、チネロがいる手前セインはエリーを屋敷に呼び出す事が出来なかった。
しかし、チネロは連れ出されて、使用人は我が身の可愛さから余計な事を言わないだろう。とセインは思い。エリーを屋敷に呼び出す事にした。

「セイン様。お会いしたかったですわ。人目を気にして会うのはとても辛かったですから」

エリーは無邪気に微笑む。
セインはその笑顔を見て、今まで我慢させてきた事を申し訳なく思った。

「しかし、良かったのですか?私を呼び出して……。人目がありますし」

「大丈夫だ。ここの使用人は口が硬いし、それに、アレはこの屋敷にはいない」

「まあ、出戻りでもなさったのですか?なんと情けない。貴族という立場を忘れてしまったのかしら、相手にされなかったから逃げたのかしら?」

エリーは驚いてチネロの意気地のなさに呆れて、ため息を吐いた。

「少し困ったことが起こったんだ」

そうセインは口火を切り、今まであった経緯を全てエリーに説明した。

「まあ、セイン様は、何一つ悪くないですわ。悪いのは立場を弁えない使用人です。それにしても困った事になりましたね」

「本当に、無能な奴らだ。もしも、チネロを虐待で訴えられたら、ローディンをチネロの浮気相手として訴え返そうかと思っている」

「あちらが、訴えを起こさなければ、婚姻していた事すら社交界に知られずに済みそうだったのに……」

「病気を理由に婚姻の口止めをしていたがな、あまり意味のない事になってしまった」

「少し、汚い事をしなくてはいけないかもしれませんね」

「わかっている」

セインはエリーと自分を守り抜くためなら、どれだけでも悪どいことをしてもいいと思うようになっていた。

「アレが『不貞』をした証拠が必要だと思います」

エリーは、右頬に右手の人差し指を当てて考える素振りを見せる。

「彼女はまだ純潔でしょう?それを奪うのです。誰に奪われたとしてもわかるわけがありませんし、ローディンがした事にできるはずですわ」

エリーはとても良い事を思い付いた。と、言わんばかりにポンと手を叩く。

「確かに、それが良いかもしれないな。念には念をだな」

「ええ、お金で動く男達を雇いましょう。調べればすぐに二人の居場所はわかりますから。自分たちが手を汚す必要などありませんから」

「そうだな。金さえ積めばいくらでも仕事をしてくれる男を探そう」

セインはエリーの言う通り、汚いことは自分たちでする必要はない。と思った。

「そうですね。それと、ローディンの目の前でアレの純潔を奪えば、彼はきっとお優しいですから自分が抱いた。と、証言をするはずですわ。アレを襲った男たちも処分すれば完璧だと思いますわ」

エリーの言う通り偽善者のローディンなら、チネロを庇うためにそう証言するだろう。
強姦の証言を取られるのが嫌で泣き寝入りする女がいる。と、セインは聞いた事があった。

「それはいい考えだ」

「セイン様、ずっとアレの話ばかりですね。少しは私の方を見てください」

エリーは蠱惑的に微笑んで、セインの膝の上に自分の手を乗せる。

「チネロと離縁が認められるまではダメだ」

あと2ヶ月待たないとチネロと白い結婚が成立しない。セインはそれまで待ってエリーを抱こうと思っていた。

「多少前後しても大丈夫ですよ。男と女は違いますから……。それに、待たされ続けて気が狂いそうです」

エリーが切なげにハラハラと涙を流すと、セインはそれをどうしても聞かないといけないような気になってきた。
確かに、男と女は違う。
自分が不貞を起こしたとしても証拠などない。使用人も口を開かないだろう。
ここであったことは秘密だ。セインはそう自分に言い聞かせる。

「僕もそうだ」

二人の唇はゆっくりと重なり合った。
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