忘れられた妻

毛蟹葵葉

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ローディンとセインが出逢ったのは学園だった。仲良くなったきっかけは些細な事でローディンは覚えていなかった。けれど、青春時代を語るにはセインの存在はとても大きかった。
そんなセインには一人想い人がいた。
ローディンの印象では相思相愛で、節度を持った付き合いをする二人をとても好ましく思っていた。

しかし、ある日、セインが思い詰めた表情でローディンにある事を相談してきた。

「僕に婚約者ができるかもしれない」

ローディンにそう言われて、最初はセインの想い人であるエリーと婚約する物だと思った。
しかし、セインの雰囲気からしてとてもそうではなさそうだった。

「この婚約はアイツの亡くなった母親が、どうしてもと僕の母親に泣きついたらしい。あの人は人がいいから喜んで縁談をまとめたようだ」

セインは、エリーと引き裂かれる恐怖のせいか荒い口調で説明すると、顔を両手で覆った。
ローディンは、セインの母親のメリッサの事を思い出す。人の良い彼女は親友の頼みなら聞くような人だ。
しかし、想い人のいるセインをそっちのけにして縁談話を持ち込むだろうか。きっと、彼女なら息子の意思を尊重するだろう。

「エリーの事を話したことはあるのか?」

「あるわけがないだろう?反対されるに決まっている」

セインはやはり両親には恋人の存在を伝えなかったようだ。そうじゃなければ、メリッサが強引に縁談をすすめるわけがない。

「なぜ、言わなかった」

「引き離されると思ったからだ。だけど、なんだ?婚約者はエリーと同じ子爵の娘だそうだ。だったら、エリーと結婚しても良いはずじゃないか」

セインの言い分はごもっともで、一般的な貴族の価値観で考えれば引き裂かれると思っても仕方ないかもしれない。
しかし、セインの婚約者は子爵の家の娘ということは、彼の両親は結婚相手の爵位にはあまりこだわりがないのだろう。
それなら、話す価値はある。と、ローディンは思いセインに声をかける。

「落ち着け、セイン。とにかく事情を説明して婚約を解消なりした方がいい。両親もわかってくれるだろう」

「できるわけがないだろう?!母さんが乗り気なのに、もし、解消でもしてエリーと一緒になったら彼女は母さんに嫌われる」

確かに、すでにエリーという恋人がいる事をメリッサが知ったらショックを受けるだろう。もとからの予定があった婚約は無しになるかもしれない。
婚約を解消した場合。セインの母は、セインの妻になるエリー以上に、思い入れのある婚約者の少女を気にかけるかもしれない。
嫌われる事は無しにしても。

「僕は、エリーがいるのにあんな子供と結婚しないといけないのか……」

「一度話してみた方がいいと思う」

「あの女との結婚は決定事項だ。僕は次男の君とは違って背負うものがある。政略結婚とはそういうものだ」

セインの悲しみに暮れる姿は悲惨で、ローディンは彼の言ったあまりにも身勝手な言い分を聞き逃してしまった。

「あの女の母親が、余計な事を言わなければ……。恥を晒さずに死ねばいい物を……。無責任で身勝手だ」
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