忘れられた妻

毛蟹葵葉

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チネロが18歳になるのを待って二人は婚姻する運びになった。
成長したチネロは野暮ったさはなくなり、アメジストの瞳が印象的な女性に成長していた。
誰に対しても優しくて、母を亡くしてから父と弟を支え続けた芯の強さも待ち合わせ、学園内では彼女は密かに人気だった。

式当日、チネロは純白のドレスに身を包み、愛情の満ちた目でセインを見た。

「良く似合っているよ」

セインはチネロの姿に目を細めて、幸せそうに微笑んだ。
けれど、チネロは、ヤスリで削られたようにピリピリと胸が傷んだ気がした。

「もっと、豪勢にすることだってできたのに」

チネロの晴れ姿を見たメリッサは、式を少し不満に思ったのかセインを責める口調で話す。
メリッサは婚約をして数年の間に、身体の調子を崩して領地で静養生活をしていた。
そして、セインの婚姻に合わせて両親は引退した。

「僕が早くチネロと結婚したかったから。母さん。ごめんなさい」

「それは、仕方ないわね。許すわ」

ふふふ。と幸せそうに笑うメリッサに、チネロの両目からじんわりと涙が出てきた。

式はセインの強い希望で身内だけを呼ぶ簡素な物になった。
チネロはそれにとても満足していたし、身体が弱くなったメリッサの事を考えると式すらしなくていいと思っていた。
チネロは初めて出会ったその日から、セインの偽りの優しさに気づかず、今日が人生で一番幸せな日だと信じて疑わなかった。

「幸せになってね」

チネロ以上に幸せそうなメリッサと離れて、式を終えて屋敷に行くと、メイド達が面倒くさそうにチネロの身支度を整えた。
それは、あまりにも乱雑でチネロは腕を引っ掻かれた痛みに涙が出そうになった。

「今日は特別にやってあげるけど、これからは、自分でやるのよ。いいわね。これ以上手を煩わせないで」

捨て台詞を吐かれたチネロは、裸のまま押し付けられた薄手の寝衣を着る事しかできなかった。
他に着る物はないのかと問いかけようにも、すでにメイド達はいなくなっていたのだ。
混乱していて気がつかなかったが、家から連れてきた侍女もいなくなっている。
何が起こっているの?
不安と恐怖に震えるチネロは身の置き場もなくベッドの端に座ってセインを待った。
閨の教育は一通り受けていないけれど、男性に身を任せればいい。と、それだけをチネロは教えられた。

セインを待つ間。チネロは先程のメイドの態度を思い出した。相談した方がいいだろうか。彼なら親身になって相談に乗ってくれるだろう。

いなくなった侍女の事も聞いた方がいいかもしれない。

手を煩わせるな。と、メイドに言われたので家で雇っていた侍女を連れてきてもいいだろうか。と、聞いた方がいいかもしれない。


しかし、どれだけ待ってもセインは寝室には来ない。


空が白みかけた頃。セインが乱雑に寝室の扉を開けた。

そして、チネロを一目見て吐き捨てるように呟いた。

「まるで、場末の娼婦のようだな」

その声音は、冷たくチネロは自分の耳を疑った。
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