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第三章 執着のテンシ
第35話 延長戦-アクシデント-②
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少し時は戻り――草原エリアにいるリツと奈ノ禍は、数名の生徒と分担して、執着のテンシと戦っていた。
リツと奈ノ禍が引き受けた個体を含め、彼女達が目視できる範囲には三体のテンシがいる。戦況はと言うと、救出ゲームで消耗した体力が回復しきっていない事に加え、負傷者もでており、生徒側が劣勢だ。
当初の予定では、リツの歌の力でテンシを三体とも大人しくさせ、戦況をひっくり返すつもりだった。ゆえにリツは現在、四葉のクローバーの半分は大鎌、残りはいつでも歌えるようヘッドセットマイクに変形させている。けれども、テンシに作戦を読まれているのか、紐や蔦で主にリツを狙ってくるため、彼女は歌う事に集中できない。
救出ゲームの最中は張られていた、鉄格子の隙間を塞ぐ強固なガラスのような部分は現在なくなっている。そのため、鉄格子のどの隙間から紐が飛んでくるか分からず、余計に戦い辛い。
――この感じだと……作戦は諦めるしかないか……。
奈ノ禍はテンシの攻撃をかわしながら、心の中でそう思った。
無理に作戦を決行するより、今すぐ大鎌に全振りしてもらった方がいい。そう判断した奈ノ禍がリツに声をかけようとした瞬間、大量の蔦と紐、更にそれらに紛れて大蛇が、二人に迫る。
「やばっ……」
奈ノ禍は咄嗟にリツの手を引き、ふわりと飛び上がった。
「めちゃくちゃ追ってくるっす!」
リツと奈ノ禍は怒涛の攻撃を避けたり、大鎌で斬り落としつつ、反撃を試みるが、なかなか隙をつけない。そうこうしている内に、大蛇が目前に迫ってきて、奈ノ禍はリツを自分の後ろに突き飛ばし、大鎌を振るう。
「奈ノ禍サン!」
大鎌は大蛇の口元を斬りつけるが、奈ノ禍は攻撃に飲み込まれそうになる。そんな彼女を助けようとリツは体勢を立て直し、真っすぐ飛び出す。
「リッツー来ちゃダメ!」
迷わず奈ノ禍に手を伸ばしたリツも一緒に、大量の蔦と紐に飲み込まれる……と、思われた。が、逆に黒い球体がテンシの本体ごとその攻撃を飲み込み、蔦や紐の切れ端だけがリツと奈ノ禍に降り注ぐ。
「これって……」
テンシを閉じ込めた巨大な黒いシャボン玉を見て、奈ノ禍は目を見開く。それから辺りを見渡し、探していた人物……圷乙和を視界に捉えると、怪訝そうな顔をした。
乙和はサーモンピンクのバズーカを肩に担ぎ、黒いシャボン玉の上に座ったまま、リツと奈ノ禍に近づいてくる。何が起こったのか、すぐには判断できなかったリツも乙和の存在に気がつくと、驚きつつも口を開く。
「圷サン、助けてくれて――」
「あーた、なんのつもり?」
ゲリラゲームでの乙和の言動から、彼女が理由もなく他人に手を貸さない事を、奈ノ禍は理解している。だからリツの言葉を遮り、一歩前に出ると、少し警戒気味に問いかけた。それでも乙和は、奈ノ禍の態度を気にする事なく、淡々と答える。
「リツちゃんのお歌のおかげでゲームを楽にクリアできたから、そのお礼をしただけだよ?」
「あー……そーいえば、あーたのチームが一番、近かったね……」
「あの……一体、何の話っすか?」
意図的に周囲の人間の手助けをした訳ではないため、リツは何の事か分からず、きょとんとした顔をしている。
「それよりあれ、もう倒しちゃっていい?」
余計なコトを言うな。そう言いたげな奈ノ禍の視線に気がついた乙和は、黒いシャボン玉の中のテンシを指さしながら、サラリと話題を変えた。そこで、“今はゆっくり話している場合ではなかった”とリツは思い、乙和の指さす方を見る。すると、シャボン玉の中のテンシは、まるで船を漕ぐように体を前後に揺らしていた。
「ちょっと待ってくださいっす!」
リツは慌てて乙和を制止し、背伸びをしてテンシの体の中を見ようとするが……見えない。そんな相棒を見て、奈ノ禍は目を伏せる。
「リッツー……その、言い辛いけど、このテンシの中のコ達はもう……」
「喰べられて死んじゃってると思うよ?」
「ちょっ……あーた、もう少しオブラートに――」
「はっきり言った方が諦めもつくでしょ?」
「あーたねぇ……」
相変わらず淡々と言葉を発する乙和に最初、奈ノ禍は怒りを覚えたが、あまりの悪気のなさに呆れてしまう。
奈ノ禍と乙和のやり取りから、全く希望がない事が分かったリツは悲しそうな顔をする。
「もう倒しちゃっていいよね?」
改めてそう問いかけてきた乙和の目を見て、リツは意を決したように首を縦に振る。
「はい。お願いします」
「うん。任せて?」
リツの言葉に、乙和はコクリと頷くと、右手を銃の形にする。そして可愛らしい声で、無邪気に「ばーん」と言う。すると、テンシの体は圧力をかけられたように何ヵ所も凹へこみ、最終的にはバラバラになった。それと同時に、黒いシャボン玉が割れ、テンシの残骸が地面に転がる。
「……相変わらず、次女の能力はえっぐいなー」
乙和が“ばーん”と言う前に、素早くリツの目を手で覆った奈ノ禍は少し引き気味に呟く。その言葉に対して乙和は特に何も言わずに、他のテンシや生徒に視線を向ける。
他の生徒達は今もなお苦戦しているようで、テンシをまだ倒し切れていない。
「次はあの子達を助けに行くの?」
「リッツーは助けに行くって言うと思うケド……」
乙和の問いに奈ノ禍は、リツの目を覆っていた手を離しながら答える。やっと周囲が見えるようになったリツは力強く頷き、「もちろんっす!」と言う。
「仕方ないなぁ……。じゃあ、わたしもリツちゃんのお手伝いするね?」
「ありがとうございます! 圷サン」
乙和の発言に少し驚きながらも、リツは心底うれしそうにお礼を言った。一方、ゲリラゲームで乙和がリツに対して言った数々の発言を若干、根に持っている奈ノ禍はジト目になる。
「別にあーたはムリに付き合ってくれなくてもいいケド。安全なトコでゆっくりしてれば?」
「ううん。お礼は最後までするよ?」
「あっそ……」
複雑な感情を抱きながらも奈ノ禍はそれ以上、何も言わなかった。何よりいろいろ言われたリツが乙和を受け入れているため、少なくとも今は素直に共闘しておくべきだと思い直す。
奈ノ禍と乙和がケンカを始めたらどうしようと、ドキドキしていたリツはそうならなかった事に内心ホッとする。
「それじゃあ、三人で加勢に──」
リツがそう言いかけた瞬間、嫌な気配を感じ、三人は空を見上げた。それと同時に、紐と蔦を振り回しながら、勢いよくテンシが降下してくる。その紐と蔦は不意打ちで、リツ達の武器を吹き飛ばし、三人は丸腰になってしまう。
「リッツー!」
奈ノ禍は反射的にリツを庇うように抱きしめ、テンシの止まらない攻撃を避ける。けれども、完全に全ての攻撃を避けきれず、奈ノ禍の背中と脚に紐が当たってしまう。
「乙ちゃま、おいで」
契約相手の次女にそう囁かれると同時に、乙和はシャボン玉の中へ引きずり込まれ、一時的に難を免れる。しかし、すぐさま蔦にシャボン玉を掴まれ、放り投げられてしまった。
リツと奈ノ禍が引き受けた個体を含め、彼女達が目視できる範囲には三体のテンシがいる。戦況はと言うと、救出ゲームで消耗した体力が回復しきっていない事に加え、負傷者もでており、生徒側が劣勢だ。
当初の予定では、リツの歌の力でテンシを三体とも大人しくさせ、戦況をひっくり返すつもりだった。ゆえにリツは現在、四葉のクローバーの半分は大鎌、残りはいつでも歌えるようヘッドセットマイクに変形させている。けれども、テンシに作戦を読まれているのか、紐や蔦で主にリツを狙ってくるため、彼女は歌う事に集中できない。
救出ゲームの最中は張られていた、鉄格子の隙間を塞ぐ強固なガラスのような部分は現在なくなっている。そのため、鉄格子のどの隙間から紐が飛んでくるか分からず、余計に戦い辛い。
――この感じだと……作戦は諦めるしかないか……。
奈ノ禍はテンシの攻撃をかわしながら、心の中でそう思った。
無理に作戦を決行するより、今すぐ大鎌に全振りしてもらった方がいい。そう判断した奈ノ禍がリツに声をかけようとした瞬間、大量の蔦と紐、更にそれらに紛れて大蛇が、二人に迫る。
「やばっ……」
奈ノ禍は咄嗟にリツの手を引き、ふわりと飛び上がった。
「めちゃくちゃ追ってくるっす!」
リツと奈ノ禍は怒涛の攻撃を避けたり、大鎌で斬り落としつつ、反撃を試みるが、なかなか隙をつけない。そうこうしている内に、大蛇が目前に迫ってきて、奈ノ禍はリツを自分の後ろに突き飛ばし、大鎌を振るう。
「奈ノ禍サン!」
大鎌は大蛇の口元を斬りつけるが、奈ノ禍は攻撃に飲み込まれそうになる。そんな彼女を助けようとリツは体勢を立て直し、真っすぐ飛び出す。
「リッツー来ちゃダメ!」
迷わず奈ノ禍に手を伸ばしたリツも一緒に、大量の蔦と紐に飲み込まれる……と、思われた。が、逆に黒い球体がテンシの本体ごとその攻撃を飲み込み、蔦や紐の切れ端だけがリツと奈ノ禍に降り注ぐ。
「これって……」
テンシを閉じ込めた巨大な黒いシャボン玉を見て、奈ノ禍は目を見開く。それから辺りを見渡し、探していた人物……圷乙和を視界に捉えると、怪訝そうな顔をした。
乙和はサーモンピンクのバズーカを肩に担ぎ、黒いシャボン玉の上に座ったまま、リツと奈ノ禍に近づいてくる。何が起こったのか、すぐには判断できなかったリツも乙和の存在に気がつくと、驚きつつも口を開く。
「圷サン、助けてくれて――」
「あーた、なんのつもり?」
ゲリラゲームでの乙和の言動から、彼女が理由もなく他人に手を貸さない事を、奈ノ禍は理解している。だからリツの言葉を遮り、一歩前に出ると、少し警戒気味に問いかけた。それでも乙和は、奈ノ禍の態度を気にする事なく、淡々と答える。
「リツちゃんのお歌のおかげでゲームを楽にクリアできたから、そのお礼をしただけだよ?」
「あー……そーいえば、あーたのチームが一番、近かったね……」
「あの……一体、何の話っすか?」
意図的に周囲の人間の手助けをした訳ではないため、リツは何の事か分からず、きょとんとした顔をしている。
「それよりあれ、もう倒しちゃっていい?」
余計なコトを言うな。そう言いたげな奈ノ禍の視線に気がついた乙和は、黒いシャボン玉の中のテンシを指さしながら、サラリと話題を変えた。そこで、“今はゆっくり話している場合ではなかった”とリツは思い、乙和の指さす方を見る。すると、シャボン玉の中のテンシは、まるで船を漕ぐように体を前後に揺らしていた。
「ちょっと待ってくださいっす!」
リツは慌てて乙和を制止し、背伸びをしてテンシの体の中を見ようとするが……見えない。そんな相棒を見て、奈ノ禍は目を伏せる。
「リッツー……その、言い辛いけど、このテンシの中のコ達はもう……」
「喰べられて死んじゃってると思うよ?」
「ちょっ……あーた、もう少しオブラートに――」
「はっきり言った方が諦めもつくでしょ?」
「あーたねぇ……」
相変わらず淡々と言葉を発する乙和に最初、奈ノ禍は怒りを覚えたが、あまりの悪気のなさに呆れてしまう。
奈ノ禍と乙和のやり取りから、全く希望がない事が分かったリツは悲しそうな顔をする。
「もう倒しちゃっていいよね?」
改めてそう問いかけてきた乙和の目を見て、リツは意を決したように首を縦に振る。
「はい。お願いします」
「うん。任せて?」
リツの言葉に、乙和はコクリと頷くと、右手を銃の形にする。そして可愛らしい声で、無邪気に「ばーん」と言う。すると、テンシの体は圧力をかけられたように何ヵ所も凹へこみ、最終的にはバラバラになった。それと同時に、黒いシャボン玉が割れ、テンシの残骸が地面に転がる。
「……相変わらず、次女の能力はえっぐいなー」
乙和が“ばーん”と言う前に、素早くリツの目を手で覆った奈ノ禍は少し引き気味に呟く。その言葉に対して乙和は特に何も言わずに、他のテンシや生徒に視線を向ける。
他の生徒達は今もなお苦戦しているようで、テンシをまだ倒し切れていない。
「次はあの子達を助けに行くの?」
「リッツーは助けに行くって言うと思うケド……」
乙和の問いに奈ノ禍は、リツの目を覆っていた手を離しながら答える。やっと周囲が見えるようになったリツは力強く頷き、「もちろんっす!」と言う。
「仕方ないなぁ……。じゃあ、わたしもリツちゃんのお手伝いするね?」
「ありがとうございます! 圷サン」
乙和の発言に少し驚きながらも、リツは心底うれしそうにお礼を言った。一方、ゲリラゲームで乙和がリツに対して言った数々の発言を若干、根に持っている奈ノ禍はジト目になる。
「別にあーたはムリに付き合ってくれなくてもいいケド。安全なトコでゆっくりしてれば?」
「ううん。お礼は最後までするよ?」
「あっそ……」
複雑な感情を抱きながらも奈ノ禍はそれ以上、何も言わなかった。何よりいろいろ言われたリツが乙和を受け入れているため、少なくとも今は素直に共闘しておくべきだと思い直す。
奈ノ禍と乙和がケンカを始めたらどうしようと、ドキドキしていたリツはそうならなかった事に内心ホッとする。
「それじゃあ、三人で加勢に──」
リツがそう言いかけた瞬間、嫌な気配を感じ、三人は空を見上げた。それと同時に、紐と蔦を振り回しながら、勢いよくテンシが降下してくる。その紐と蔦は不意打ちで、リツ達の武器を吹き飛ばし、三人は丸腰になってしまう。
「リッツー!」
奈ノ禍は反射的にリツを庇うように抱きしめ、テンシの止まらない攻撃を避ける。けれども、完全に全ての攻撃を避けきれず、奈ノ禍の背中と脚に紐が当たってしまう。
「乙ちゃま、おいで」
契約相手の次女にそう囁かれると同時に、乙和はシャボン玉の中へ引きずり込まれ、一時的に難を免れる。しかし、すぐさま蔦にシャボン玉を掴まれ、放り投げられてしまった。
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