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第三章 執着のテンシ
第18話 卒業しない理由
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――時は、ミナトが中学一年生の頃まで遡る。
それは五月末の事。学ランを着て、髪にまだメッシュを入れていなかったミナトは、友人と通学路を歩いていた。
分かれ道で友人と別れ、一人で歩き始めたミナトに、スーツ姿の怪しげな男が近づいてくる。
男は警戒するミナトに、両親とノワールの命を盾に脅し、近くに停めていた車に乗るよう言ってきた。怪物に喰われている、人間の動画を見せながら。
ミナトは男の命令に従い、途中で船に乗り換え、顛至島に連れてこられた。時期的に他の転入生はおらず、ミナトは一人で、第一ゲームに挑む事となる。
「――あの、どうして隠さんだけ、そんな風にここへ連れてこられたんですか?」
旋はミナトの話を、最後まで黙って聞くつもりだった。しかし、どうしてもその理由が気になり、口を挟んだ。
「後から軽く聞いた話だと、ノワにぃと両親のことを逆恨みしてる執着のテンシが、運営にオレを連れてくるよう命令したらしいよ。基本的に転入生は運営が適当に選ぶらしいけど、執着のテンシはどーしてもノワにぃとオレの両親に嫌がらせしたかったんだろうね~。どっかでオレの存在を知って、わざわざ指名してくれちゃったみたいだよ」
「逆恨みって……ロクでもない理由ですね……」
「だよね~。おまけに、ノワにぃと両親にオレをゲームに参加させたことを、ご丁寧に伝えさせたんだってさ~。その上、『息子を助けにくれば、お前らの親や友人達を喰い殺す』って、父さんと母さんを脅したみたいだし。どこまでも嫌らしい性格してるよ、執着のテンシは特にね……」
ミナトは呆れかえった表情で補足説明した。それを聞いた旋は、執着のテンシに対してドン引きしている。旋の表情に、ミナトはクスリと笑い、話を戻す。
――第一ゲームがスタートしても、参加者がミナト一人である事から“恐怖のテンシ”はいつも以上に舐めた態度で、長時間動かなかった。その隙にミナトはアクマ族のアッシュと契約を結び、恐怖のテンシを倒していく。
だが、執着のテンシの乱入により、窮地に陥ってしまう。その時、ミナトがゲームに参加されられている事を知ったノワールが、顛至島に乗り込んできた。
「ノワにぃ!」
五メートル以上、体を巨大化させたノワールは、触手でミナトを優しく包み込む。
「ミナトくん、もう大丈夫だ。後は私に任せるといい」
ノワールはいつもと違うクールな口調でそう言うと、斧に変形したアッシュごとミナトを自分の体内に招き入れた。ノワールの狼のような顔は、怒りで険しい表情になっており、牙もむき出しにしている。
「ミナトくんに手を出した事、後悔させてあげよう」
その言葉と共に、ノワールは全身の触手を一斉に伸ばし、テンシ達を切り裂いていく。
散々、暴れ回った後、ミナトを連れ帰ろうとしたノワールの前に、テンシ全体の大ボスであるシテンシが現れる。
ノワールとシテンシは、同族にしか分からない言葉でしばらく話し合っていた。それから話し合いが終わると、アッシュの代わりに、ノワールがミナトの相棒となる。ミナトは一方的に、そう告げられた。
余談だがそこで一度、アッシュとは別れ、後に違う人間と契約した彼と再会。アッシュの新たな相棒は現在、とある事情から戦えないため、一時的に再びミナトと組む事になったと言う。
「――話を戻すけど……その時ノワにぃは『今すぐミナトくんを連れて帰れないなら、せめて彼の相棒として私もゲームに参加させろ』ってシテンシに言ったらしいんだ。でもそんなのテンシ達的には、何のメリットもない要求な訳で、最初は当然、拒否された。だからノワにぃはオレの相棒になる条件として、自分の命を差し出した。『ミナトくんが卒業するか、死んでしまったら、テンシ族の裏切者であるこの私を処刑してくれて構わない』ってね。……それを知ったのは随分、後のことだったけど……」
悔しそうな、悲しい顔をしてそう話したミナトに、旋はどう返せばいいか分からなかった。
困っている旋を見て、ミナトは「こんな話してごめんね」と言う。
「いえ、ジブンが聞きたいって言ったことなんで……。その、隠さんはいつ、その条件のことを知ったんですか?」
「シテンシが取り仕切る最終ゲームだよ。最終ゲームでは、各テンシのボスの内一体、もしくはシテンシ相手に戦う。制限時間以内に、翼の羽を半分以上、散らせられたらゲームクリアで卒業できる。まだ何も知らない頃に挑んだその最終ゲームで、執着のテンシとあたってさ。かなり追いつめてたんだけど、負けたくなかったのか、ノワにぃを苦しめたかったのか……理由は分かんないけど、執着のテンシが突然そのことを伝えてきた。多分、オレがノワにぃを見捨てて、卒業できないのを分かった上でね……」
「……それで、ずっとこの学園にいるんですか?」
「うん」
「あの……その時の最終ゲームの結果や、ノワールさんとどう折り合いをつけたのかは……聞いてもいい話ですか……?」
「うん、いいよ。……最終ゲームはクリアできなくても、また一からテンシの種を集めるために、振り出しに戻されるだけで死ぬ訳じゃない。だからオレは時間切れを狙って、馬鹿なことをして……その結果、最悪のカタチでゲームオーバーになってしまった。更にそれを棚に上げて、ノワにぃが自分の命を差し出してたことに一方的に怒って……しばらく口も聞かなくなって……。なんとか仲直りはしたけど、正直なところ全然、折り合いはついてないんだ……。ノワにぃとオレの考えは平行線のままで、何も変わっていない。お互い、好き勝手に行動してる状態って感じかな……。ま、ノワにぃになんと言われようと、現段階ではこの学園を卒業する気はないけどね。もう一つ、卒業したくない理由があるし」
「もう一つ……?」
ただでさえ、どうにもならなそうな状況であるのに、これ以上何があると言うのだろう。旋はそう言いたげな顔で、ミナトを見つめ、首を傾げる。
「敗者についてはまだ聞いてない感じ?」
「はい……ちなみに、記憶を奪われる前のジブンは、その敗者について知っていたんですか?」
「あ~……うん、知ってたよ~」
ミナトはどこか気まずそうにそう答えてから、“敗者”について簡単に説明した。
二十年程前までは、現運営トップの嘉御崎家と共に、那々折家という一族が肩を並べていた。ところがある時、“快楽のテンシ”が両家で争えと命令し、ゲームで負けた方をトップから引きずり下ろし、更には罰を与えると告げた。
他の運営関係者も巻き込んで、二つの派閥で争った結果、嘉御崎派が勝利。
敗北した那々折派の人々はその罰として、今後、生まれてくる子供を最低でも二人、運営に引き渡さなければならない。そして、取り上げられた子供達は、一生、MEAL GAMEから抜け出せない存在……『敗者』として、運営に育てられる。
「オレは敗者って呼ばれる子達が“一生、ゲームから抜け出せない”なんて知らなかった。知らなかったとは言え、仲良くなった敗者の兄弟に、『一緒にゲームをクリアして卒業しよう』なんて無責任なことを言って……。その上、心身共に彼らを酷く傷つけてしまった。だから、その償いとして、敗者の子達を救う方法も見つけるまでは、絶対に卒業しないって決めたんだ」
「その方法は……見つかりそうなんですか?」
「既に、あるにはあるけど……」
「あるけど……?」
「一度、挑戦して、失敗したんだ。それで……多くの仲間を失った。……この先は、旋くんにも関係のある話だけど……聞く?」
ミナトの問いかけに、旋は複雑そうな顔で少し考えた後、静かに首を横に振る。
「レイから聞く……と言うより、きっちり記憶を返してもらいます。隠さんの口ぶりからして、記憶を取り戻したら分かることなんですよね?」
「うん」
「だったらレイが記憶を返してくれるまで待ちます。隠さんの話を聞いて、なんとなく、そうするべきだと思ったので」
「そっか……分かった。でもこれだけは言わせて。旋くんはオレのこと、『ミナトさん』って呼んでたよ」
どこか悪戯っぽい口調のミナトの言葉に、旋は最初、キョトンとした。けれども、すぐに彼の言いたい事に気がつき、「ミナトさん」と名前を呼んだ。
それは五月末の事。学ランを着て、髪にまだメッシュを入れていなかったミナトは、友人と通学路を歩いていた。
分かれ道で友人と別れ、一人で歩き始めたミナトに、スーツ姿の怪しげな男が近づいてくる。
男は警戒するミナトに、両親とノワールの命を盾に脅し、近くに停めていた車に乗るよう言ってきた。怪物に喰われている、人間の動画を見せながら。
ミナトは男の命令に従い、途中で船に乗り換え、顛至島に連れてこられた。時期的に他の転入生はおらず、ミナトは一人で、第一ゲームに挑む事となる。
「――あの、どうして隠さんだけ、そんな風にここへ連れてこられたんですか?」
旋はミナトの話を、最後まで黙って聞くつもりだった。しかし、どうしてもその理由が気になり、口を挟んだ。
「後から軽く聞いた話だと、ノワにぃと両親のことを逆恨みしてる執着のテンシが、運営にオレを連れてくるよう命令したらしいよ。基本的に転入生は運営が適当に選ぶらしいけど、執着のテンシはどーしてもノワにぃとオレの両親に嫌がらせしたかったんだろうね~。どっかでオレの存在を知って、わざわざ指名してくれちゃったみたいだよ」
「逆恨みって……ロクでもない理由ですね……」
「だよね~。おまけに、ノワにぃと両親にオレをゲームに参加させたことを、ご丁寧に伝えさせたんだってさ~。その上、『息子を助けにくれば、お前らの親や友人達を喰い殺す』って、父さんと母さんを脅したみたいだし。どこまでも嫌らしい性格してるよ、執着のテンシは特にね……」
ミナトは呆れかえった表情で補足説明した。それを聞いた旋は、執着のテンシに対してドン引きしている。旋の表情に、ミナトはクスリと笑い、話を戻す。
――第一ゲームがスタートしても、参加者がミナト一人である事から“恐怖のテンシ”はいつも以上に舐めた態度で、長時間動かなかった。その隙にミナトはアクマ族のアッシュと契約を結び、恐怖のテンシを倒していく。
だが、執着のテンシの乱入により、窮地に陥ってしまう。その時、ミナトがゲームに参加されられている事を知ったノワールが、顛至島に乗り込んできた。
「ノワにぃ!」
五メートル以上、体を巨大化させたノワールは、触手でミナトを優しく包み込む。
「ミナトくん、もう大丈夫だ。後は私に任せるといい」
ノワールはいつもと違うクールな口調でそう言うと、斧に変形したアッシュごとミナトを自分の体内に招き入れた。ノワールの狼のような顔は、怒りで険しい表情になっており、牙もむき出しにしている。
「ミナトくんに手を出した事、後悔させてあげよう」
その言葉と共に、ノワールは全身の触手を一斉に伸ばし、テンシ達を切り裂いていく。
散々、暴れ回った後、ミナトを連れ帰ろうとしたノワールの前に、テンシ全体の大ボスであるシテンシが現れる。
ノワールとシテンシは、同族にしか分からない言葉でしばらく話し合っていた。それから話し合いが終わると、アッシュの代わりに、ノワールがミナトの相棒となる。ミナトは一方的に、そう告げられた。
余談だがそこで一度、アッシュとは別れ、後に違う人間と契約した彼と再会。アッシュの新たな相棒は現在、とある事情から戦えないため、一時的に再びミナトと組む事になったと言う。
「――話を戻すけど……その時ノワにぃは『今すぐミナトくんを連れて帰れないなら、せめて彼の相棒として私もゲームに参加させろ』ってシテンシに言ったらしいんだ。でもそんなのテンシ達的には、何のメリットもない要求な訳で、最初は当然、拒否された。だからノワにぃはオレの相棒になる条件として、自分の命を差し出した。『ミナトくんが卒業するか、死んでしまったら、テンシ族の裏切者であるこの私を処刑してくれて構わない』ってね。……それを知ったのは随分、後のことだったけど……」
悔しそうな、悲しい顔をしてそう話したミナトに、旋はどう返せばいいか分からなかった。
困っている旋を見て、ミナトは「こんな話してごめんね」と言う。
「いえ、ジブンが聞きたいって言ったことなんで……。その、隠さんはいつ、その条件のことを知ったんですか?」
「シテンシが取り仕切る最終ゲームだよ。最終ゲームでは、各テンシのボスの内一体、もしくはシテンシ相手に戦う。制限時間以内に、翼の羽を半分以上、散らせられたらゲームクリアで卒業できる。まだ何も知らない頃に挑んだその最終ゲームで、執着のテンシとあたってさ。かなり追いつめてたんだけど、負けたくなかったのか、ノワにぃを苦しめたかったのか……理由は分かんないけど、執着のテンシが突然そのことを伝えてきた。多分、オレがノワにぃを見捨てて、卒業できないのを分かった上でね……」
「……それで、ずっとこの学園にいるんですか?」
「うん」
「あの……その時の最終ゲームの結果や、ノワールさんとどう折り合いをつけたのかは……聞いてもいい話ですか……?」
「うん、いいよ。……最終ゲームはクリアできなくても、また一からテンシの種を集めるために、振り出しに戻されるだけで死ぬ訳じゃない。だからオレは時間切れを狙って、馬鹿なことをして……その結果、最悪のカタチでゲームオーバーになってしまった。更にそれを棚に上げて、ノワにぃが自分の命を差し出してたことに一方的に怒って……しばらく口も聞かなくなって……。なんとか仲直りはしたけど、正直なところ全然、折り合いはついてないんだ……。ノワにぃとオレの考えは平行線のままで、何も変わっていない。お互い、好き勝手に行動してる状態って感じかな……。ま、ノワにぃになんと言われようと、現段階ではこの学園を卒業する気はないけどね。もう一つ、卒業したくない理由があるし」
「もう一つ……?」
ただでさえ、どうにもならなそうな状況であるのに、これ以上何があると言うのだろう。旋はそう言いたげな顔で、ミナトを見つめ、首を傾げる。
「敗者についてはまだ聞いてない感じ?」
「はい……ちなみに、記憶を奪われる前のジブンは、その敗者について知っていたんですか?」
「あ~……うん、知ってたよ~」
ミナトはどこか気まずそうにそう答えてから、“敗者”について簡単に説明した。
二十年程前までは、現運営トップの嘉御崎家と共に、那々折家という一族が肩を並べていた。ところがある時、“快楽のテンシ”が両家で争えと命令し、ゲームで負けた方をトップから引きずり下ろし、更には罰を与えると告げた。
他の運営関係者も巻き込んで、二つの派閥で争った結果、嘉御崎派が勝利。
敗北した那々折派の人々はその罰として、今後、生まれてくる子供を最低でも二人、運営に引き渡さなければならない。そして、取り上げられた子供達は、一生、MEAL GAMEから抜け出せない存在……『敗者』として、運営に育てられる。
「オレは敗者って呼ばれる子達が“一生、ゲームから抜け出せない”なんて知らなかった。知らなかったとは言え、仲良くなった敗者の兄弟に、『一緒にゲームをクリアして卒業しよう』なんて無責任なことを言って……。その上、心身共に彼らを酷く傷つけてしまった。だから、その償いとして、敗者の子達を救う方法も見つけるまでは、絶対に卒業しないって決めたんだ」
「その方法は……見つかりそうなんですか?」
「既に、あるにはあるけど……」
「あるけど……?」
「一度、挑戦して、失敗したんだ。それで……多くの仲間を失った。……この先は、旋くんにも関係のある話だけど……聞く?」
ミナトの問いかけに、旋は複雑そうな顔で少し考えた後、静かに首を横に振る。
「レイから聞く……と言うより、きっちり記憶を返してもらいます。隠さんの口ぶりからして、記憶を取り戻したら分かることなんですよね?」
「うん」
「だったらレイが記憶を返してくれるまで待ちます。隠さんの話を聞いて、なんとなく、そうするべきだと思ったので」
「そっか……分かった。でもこれだけは言わせて。旋くんはオレのこと、『ミナトさん』って呼んでたよ」
どこか悪戯っぽい口調のミナトの言葉に、旋は最初、キョトンとした。けれども、すぐに彼の言いたい事に気がつき、「ミナトさん」と名前を呼んだ。
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