上 下
36 / 43

聖女と魔女の境界 1

しおりを挟む
 ラディスと書斎で話し合った次の日から、レイラは精力的に国のあちこちを飛び回って、瘴気の浄化につとめた。

 一日に何か所も回るので、レイアは癒しの力を使いすぎて、夜には疲労でベッドに突っ伏して気絶するように眠ってしまうという日々が続いていた。

 ラディスはマッサージをして欲しいと口に出していうことはなかったが、日に日に疲れがたまっているように見えた。

 水に癒しと浄化の力をのせたもので、お茶を入れてみたのだが、なんだか 

 もちろん寝室はラディスと一緒なので、気づけばラディスの腕の中でよしよしされながら寝ていることもあるのだが、疲れているレイラは抵抗する気力さえ起きない。

 私たちの関係ってホント何?  そう思いながら寝てしまう。

 レイラは時折、自分に余裕がないとラディスのことを思いやったり癒すこともできないのだなと申し訳なく思ってしまう。

 レイラが瘴気の浄化に向かうのにラディスの時間が取れないときは、シルファやロビィにも同行を頼もうとしたが、ラディスは頑として許可しなかった。

「……シルファはダメだ」

「えぇ、じゃあロビィは?」

「……ダメだ」

 レイラが説得を試みるも、執務室で書類に目を通しながら、ラディスは顔も上げずにぼそぼそと短い返答をしただけだった。

 ラディスの眉間にはいつもの深いしわが寄っている。

 取り付く島もない。

「私としても、あなたと二人っきりでお出かけするのは魅力的な提案なのですけどね」

 目線で助けを求めると、シルファはウインクをしながら困ったように笑う。

 イケメンだとウインクみたいなキザなことをしても様になるんだなと感心していると、ラディスににらまれた。

「いい子だから、少しの間おとなしく待っていろ」

 完全に「待て」のできないペット扱いである。

 シルフィの補足によると、シルファは力のある魔族だが荒事というよりも知略に長けたタイプなので護衛には向かず、ロヴィは従者という立場だが実は戦闘に特化したタイプで守るよりも攻めることが得意なため、やはり護衛には向かないということを教えてくれた。

 レイラが鳥かごの中にいながら転送されてさらわれたという失態を犯したこともラディスが許可しない理由の一つだそうだ。

 その他の魔族は論外。部下であってもレイラを任せるに値する人物はいないときっぱり言われてしまった。

 これは最初からレイラをラディスが庇護すると宣言した後、日中は鳥かごに入れられ、夜はラディスの寝室で過ごすという徹底ぶりから予測できたことではあった。

 気にしないと言いたいところだが、魔王のそばにいるレイラを隙あらば排除しようとしたり、魔王の弱点になると踏んでかどわかそうとするものも実際いるのだから、おとなしく従うしかなかった。

 レイラはもう一つ、現場にはカヨが現れる可能性が高いので、ラディスは頑なに同行するのだとも思っていた。

「シスから何か返事はあった?」

「ない」

 ラディスの返事は、やはりそっけない。

 なぜかシスもレイラを連れ戻すことをあきらめていないらしい。

 ラディスの城に侵入したロ・メディ聖教会の手の者が複数捕らえられていた。

 シスには瘴気の浄化するとラディスを通して伝えてあるはずなのだが、伝わっていないのか、自分の手柄をラディスに横取りされたくないのか、魔族は信用できないと思っているのか、返事がなかったので、いまいち何を考えているかわからなかった。

 レイラはため息をつく。

「返事くらいしてくれてもいいのに……少しは打ち解けたと思っていたのは私だけなんだね」

「あ……」

 ラディスが何か言おうとしたが、これ以上ラディスの仕事の邪魔をするわけにはいかない。

 瘴気の報告は減っている。

 このままのペースでいけば、大地の浄化が終わるのも近いだろうと、ラディスが言っていた。

 その言葉を信じて、レイラは、おとなしく鳥かごに戻った。

   *   *   *

 その日の午後、今日の執務を終えたラディスに連れられレイラは遠方の村まで来ていた。

 ここは魔族と人間が得意分野を補いながら共存している珍しい村だった。

 麦畑が広がっているが、昨今、土地が枯れて収穫が思わしくないということだったのだが、最近、動物の狂暴化により、畑が壊滅的な被害を受けたというのだ。

 獣によって畑が被害を受けたという話はよくあることだ。

 けれども原因はそれだけではない可能性がある。

 土地が枯れて獣が狂暴化しているという2点を考えれば、十分レイラが足を運ぶ理由になった。

 ラディスの馬の魔獣の背に乗れば、長距離の移動でもアッという間なのだが、さすがに遠方ということで、1泊はしなければいけないということだった。

 大仰にして村人に不安を与えないために、村にはレイラとラディスの2人で行くが、念のために腕の立つ配下も村中に配置されているという。

 人の多い場所に連れていくのに、レイラはフードで顔をすっぽり隠せる長い外套を羽織らされていた。

 いつものカワイイワンピースでは目立ちすぎるというのだ。

 レイラは自分の姿がすっぽり隠れる外套に安心感を覚えた。

 もっと早くにこれをもらっておけば、スカートの短さや自分がイタイ恰好をしているのではないかと悩まずに済んだのに。

「離れるな」

 レイラの目の前にラディスの手が差し出される。

 何かわからず、とりあえず犬のように「お手」をして見せたが、そのまま握られて硬直してしまう。

「え? 手、つなぐの?」

 何を言っているんだという顔をされ、ラディスの外套の中に引っ張りこまれる。

「わっ、なに???」

 ラディスがレイラの左手を握り締め、腕を背中に回して、後ろから半分抱き込んでいるような状況で外套の中に収められる。

 ラディスのぬくもりと香りにレイラの顔が赤くなる。

「これが一番安全なんだ」

 確かに背中にラディスの腕が回されているので、絶対にラディスの前を歩くし、体が密着している状態なので、はぐれることもないだろう。

 以前のレイラはならばそういうものかと受け入れるのだが、なんだか最近はラディスの過保護を気恥ずかしく思っていた。

 嫌なわけではないのだが、距離感に自分の感情が引っ張られるというか。

 つまり、その、認めたくはないが、レイラはラディスを異性として意識しているようなのだ。

 自分の感情なのに、ようなのだというのは変な話だが、つまるところ予防線だった。

 恋愛経験が乏しいため、自分でコントロールできない可能性がある。

 この感情は育てるわけにはいかない。

 レイラは元の世界に戻りたい。

 戻る決意を鈍らせないためにも、考えてはいけないことなのだ。

「まずは村はずれの畑に行く。すぐに浄化ができそうならはじめてくれ」

「うん」

 レイラはうなずいた。

 そのとき、レイラの視界の端に、艶やかな黒髪が見えた。

「!? ラディス、カヨさんがいた!」

 ラディスが弾かれたように顔を上げた。

 追いかけようと言おうとしたとき、畑の方から、村人が大勢走ってくる。

「狼の群れが襲ってきた! 自警団を呼んでくれ!」

 レイラは咄嗟に、自分ができることを選択し、ラディスの腕から抜け出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

《完結》転生令嬢の甘い?異世界スローライフ ~神の遣いのもふもふを添えて~

芽生 (メイ)
ファンタジー
ガタガタと揺れる馬車の中、天海ハルは目を覚ます。 案ずるメイドに頭の中の記憶を頼りに会話を続けるハルだが 思うのはただ一つ 「これが異世界転生ならば詰んでいるのでは?」 そう、ハルが転生したエレノア・コールマンは既に断罪後だったのだ。 エレノアが向かう先は正道院、膨大な魔力があるにもかかわらず 攻撃魔法は封じられたエレノアが使えるのは生活魔法のみ。 そんなエレノアだが、正道院に来てあることに気付く。 自給自足で野菜やハーブ、畑を耕し、限られた人々と接する これは異世界におけるスローライフが出来る? 希望を抱き始めたエレノアに突然現れたのはふわふわもふもふの狐。 だが、メイドが言うにはこれは神の使い、聖女の証? もふもふと共に過ごすエレノアのお菓子作りと異世界スローライフ! ※場所が正道院で女性中心のお話です ※小説家になろう! カクヨムにも掲載中

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

薬屋の少女と迷子の精霊〜私にだけ見える精霊は最強のパートナーです〜

蒼井美紗
ファンタジー
孤児院で代わり映えのない毎日を過ごしていたレイラの下に、突如飛び込んできたのが精霊であるフェリスだった。人間は精霊を見ることも話すこともできないのに、レイラには何故かフェリスのことが見え、二人はすぐに意気投合して仲良くなる。 レイラが働く薬屋の店主、ヴァレリアにもフェリスのことは秘密にしていたが、レイラの危機にフェリスが力を行使したことでその存在がバレてしまい…… 精霊が見えるという特殊能力を持った少女と、そんなレイラのことが大好きなちょっと訳あり迷子の精霊が送る、薬屋での異世界お仕事ファンタジーです。 ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

処理中です...