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第9章 別れと出会いと古の

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 普段から人の少ない船尾まで来て足を止める。
 ここなら今は人も居ないし適度に広さもある。
 力を見せて欲しいと言われたら、やはりあの剣を見せる他思い浮かばない。
 イリヤと向き合うように対峙し腰の短剣の柄に手を伸ばしたその時だった。

「マオ、今回はそれ以外で見せてもらって宜しいですか」
「え、なんで?」

 クオンの手がいつの間にかあたしの手をやんわり制していた。
 それに思わず目を丸くしながら、意外と近くに居たクオンの顔を見上げる。

「武器の生成は私が既に見ています。ですので別視点で確認をしたいのです。“武器”とは主を守る上で必須の役割になります。貴女にとっても本能的にその存在を必要としているはずです。つまり武器化はほぼ無意識下で行われている可能性が高いのです。“できる”のはもう知っています。今度は別の形で貴女の力を見せて頂きたいのです」

 その突然のハードルに思わずたじろぐ。
 別の形と言われても。
 あたしにできるのは今はこれがせいぜいなのだ。

「で、でもあたし、他の方法なんて…」
「もうひとつ貴女はその力を私の前で使っています。あれが今、できますか」
「え、もうひとつ?」

 そんなこと言われても。
 クオンの前で、あの剣以外に意識して力を使ったことなんか――
 戸惑うあたしの手をとったクオンが、その手に何かを握らせた。
 不意打ちに転がり込んできたのは、小さな小石のような何かの塊。
 おそるおそる手の平のそれに目を向ける。
 そこにあったのは、透明なビーズほどのサイズの小さな結晶。
 見覚えのあるそれは、いつかのあたしの涙の結晶だった。

「これ…っ、なんでクオンが持ってるの?!」
「興味深かったので回収させて頂きました」

 あたしが初めてこれを目にしたのは、シアの前でだ。
 零れた涙の結晶をシアが欲しいと言ったのをよく覚えている。
 そうだ、その後。
 あの歓声の廊下で確かにまた同じ感覚に見舞われたのをなんとなく思い出す。
 あたしの目から零れて床に散らばった音だけを。
 そこには確かにクオンも居た。

「そうか…液体の結晶化…トリティアの能力だって、シアも言ってたっけ」

 あの剣もいわばその力のひとつなのだ。
 思えばいつも水場の近くであの剣を抜いていた。
 目には見えない空気中の水が結晶化し、あの薄くて透明な刃になっていたんだ。

「貴女自身の意思で、同じことをやるんです。無意識や不意打ちや感情の起伏に左右されるのではなく。まずはそれが貴女にとっても力を扱う上で鍵になってくるでしょう」

 どこから持ってきたのか、クオンがあたしの目の前に桶を置いた。その中には水が半分ほど入っている。

「海水です。たぶん貴女にとっては真水よりは相性が良いはずです」

 クオンの声を聞きながら、身を屈めてその海水に右手を浸す。
 その冷たさに少しだけ心が冷静になる。
 できないとは、もう言わない。
 やってみる義務がある。あたしには。
 あたし自身の力は未だひどく不安定だってクオンは言ってた。
 じゃあ安定させるには? 
 ちゃんと制御するには――知ることだ。
 自分の力と、それから自分が使おうとしているこの力が、なんなのかを。
 あたし自身の力なんて分からない。
 未だに信じられない。
 そんな力が自分にあるなんて。だけど。

『――お前じゃないと、ダメだ』

 シアは、そう言ってくれた。
 それはあたし自身に向いたものじゃなくても、それだけの力が今あたしのなかにはある。
 自分のことは、未だ信じられないけれど。
 シアのことは信じられる。

 浸していた右手を持ち上げ、海水をひと掬い。
 窪ませた手の平の中に海水がゆらゆら揺れる。
 その手をゆっくりと慎重に傾けた。
 少しずつ重力のままに落ちる水滴。
 零れるそれが日の光に反射する。
 ぽちゃり、ぽちゃりと樽の中に吸い込まれるその水滴が、やがて形と音を変えた。

「――…!」

 最後の数滴が、ぽとりと落ちて桶の底に音もなく転がる。
 それを水の中から拾い上げて目の高さまで持ち上げた。
 雫の形に固まった結晶。
 綺麗な丸ではないのは、まさに自分の力の未熟さの現れのようにも思える。
 ――だけど。

「で、できた…」

 こんな感覚的なものでできたと言えるのかは分からない。
 だけど今回は自分の意思で、形を与えたのだ。
 自分の意思で使ったのだ。
 “神”の力を――

「…毎回同じ成果を残せれば、一定の合格ラインといったところでしょうか」

 クオンの言うことは最もだった。
 この力を等しく扱えるわけではないことは明確だ。
 ひと掬いの内のたかが数滴、叶っただけなのだから。

「空いている時間は常にこの訓練をしてください。自分の意思で、結晶化する・しないを完璧に制御できるようにするんです。それ以外のことはそれからですね」

 急に師らしくなったクオンに、だけど素直に頷く。
 この“訓練”が初歩的で自分に向いているのは有難かった。
 これ以上高度な要求をされてもできない自信の方が大きい。

「ね、イリヤ。とりあえずこんなカンジなんだけど…」

 事の発端でもあるイリヤに雫の結晶を掲げながら視線を向ける。
 視線の先のイリヤは俯き体を震わせていた。

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