52 / 119
第9章 別れと出会いと古の
7
しおりを挟む普段から人の少ない船尾まで来て足を止める。
ここなら今は人も居ないし適度に広さもある。
力を見せて欲しいと言われたら、やはりあの剣を見せる他思い浮かばない。
イリヤと向き合うように対峙し腰の短剣の柄に手を伸ばしたその時だった。
「マオ、今回はそれ以外で見せてもらって宜しいですか」
「え、なんで?」
クオンの手がいつの間にかあたしの手をやんわり制していた。
それに思わず目を丸くしながら、意外と近くに居たクオンの顔を見上げる。
「武器の生成は私が既に見ています。ですので別視点で確認をしたいのです。“武器”とは主を守る上で必須の役割になります。貴女にとっても本能的にその存在を必要としているはずです。つまり武器化はほぼ無意識下で行われている可能性が高いのです。“できる”のはもう知っています。今度は別の形で貴女の力を見せて頂きたいのです」
その突然のハードルに思わずたじろぐ。
別の形と言われても。
あたしにできるのは今はこれがせいぜいなのだ。
「で、でもあたし、他の方法なんて…」
「もうひとつ貴女はその力を私の前で使っています。あれが今、できますか」
「え、もうひとつ?」
そんなこと言われても。
クオンの前で、あの剣以外に意識して力を使ったことなんか――
戸惑うあたしの手をとったクオンが、その手に何かを握らせた。
不意打ちに転がり込んできたのは、小さな小石のような何かの塊。
おそるおそる手の平のそれに目を向ける。
そこにあったのは、透明なビーズほどのサイズの小さな結晶。
見覚えのあるそれは、いつかのあたしの涙の結晶だった。
「これ…っ、なんでクオンが持ってるの?!」
「興味深かったので回収させて頂きました」
あたしが初めてこれを目にしたのは、シアの前でだ。
零れた涙の結晶をシアが欲しいと言ったのをよく覚えている。
そうだ、その後。
あの歓声の廊下で確かにまた同じ感覚に見舞われたのをなんとなく思い出す。
あたしの目から零れて床に散らばった音だけを。
そこには確かにクオンも居た。
「そうか…液体の結晶化…トリティアの能力だって、シアも言ってたっけ」
あの剣もいわばその力のひとつなのだ。
思えばいつも水場の近くであの剣を抜いていた。
目には見えない空気中の水が結晶化し、あの薄くて透明な刃になっていたんだ。
「貴女自身の意思で、同じことをやるんです。無意識や不意打ちや感情の起伏に左右されるのではなく。まずはそれが貴女にとっても力を扱う上で鍵になってくるでしょう」
どこから持ってきたのか、クオンがあたしの目の前に桶を置いた。その中には水が半分ほど入っている。
「海水です。たぶん貴女にとっては真水よりは相性が良いはずです」
クオンの声を聞きながら、身を屈めてその海水に右手を浸す。
その冷たさに少しだけ心が冷静になる。
できないとは、もう言わない。
やってみる義務がある。あたしには。
あたし自身の力は未だひどく不安定だってクオンは言ってた。
じゃあ安定させるには?
ちゃんと制御するには――知ることだ。
自分の力と、それから自分が使おうとしているこの力が、なんなのかを。
あたし自身の力なんて分からない。
未だに信じられない。
そんな力が自分にあるなんて。だけど。
『――お前じゃないと、ダメだ』
シアは、そう言ってくれた。
それはあたし自身に向いたものじゃなくても、それだけの力が今あたしの内にはある。
自分のことは、未だ信じられないけれど。
シアのことは信じられる。
浸していた右手を持ち上げ、海水をひと掬い。
窪ませた手の平の中に海水がゆらゆら揺れる。
その手をゆっくりと慎重に傾けた。
少しずつ重力のままに落ちる水滴。
零れるそれが日の光に反射する。
ぽちゃり、ぽちゃりと樽の中に吸い込まれるその水滴が、やがて形と音を変えた。
「――…!」
最後の数滴が、ぽとりと落ちて桶の底に音もなく転がる。
それを水の中から拾い上げて目の高さまで持ち上げた。
雫の形に固まった結晶。
綺麗な丸ではないのは、まさに自分の力の未熟さの現れのようにも思える。
――だけど。
「で、できた…」
こんな感覚的なものでできたと言えるのかは分からない。
だけど今回は自分の意思で、形を与えたのだ。
自分の意思で使ったのだ。
“神”の力を――
「…毎回同じ成果を残せれば、一定の合格ラインといったところでしょうか」
クオンの言うことは最もだった。
この力を等しく扱えるわけではないことは明確だ。
ひと掬いの内のたかが数滴、叶っただけなのだから。
「空いている時間は常にこの訓練をしてください。自分の意思で、結晶化する・しないを完璧に制御できるようにするんです。それ以外のことはそれからですね」
急に師らしくなったクオンに、だけど素直に頷く。
この“訓練”が初歩的で自分に向いているのは有難かった。
これ以上高度な要求をされてもできない自信の方が大きい。
「ね、イリヤ。とりあえずこんなカンジなんだけど…」
事の発端でもあるイリヤに雫の結晶を掲げながら視線を向ける。
視線の先のイリヤは俯き体を震わせていた。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?
あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」
結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。
それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。
不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました)
※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。
※小説家になろうにも掲載しております
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる