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第9章 別れと出会いと古の
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しおりを挟む問われてあたしはイリヤに関する事のいきさつをすべて話した。
イリヤの力が必要だと思い、東海岸のギルド街でイリヤを買ったこと。
レイズはクオンと同じく、この先の責任について訊いてきた。
イリヤをずっと連れてく気なのかと。
あたしはクオンに返したのと同じ答えを返した。
「イリヤの乗船許可が欲しいの。できる限りの責任は負うし、迷惑にならないようにする。イリヤの力が必要なの」
「……おまえはどーしてそう、俺の居ないとこで無茶すんだか…」
一通り説明を聞き終えたレイズが、呟いて深く息を吐いた。
それから組んでいた両手を後ろにつき目を細める。
半ば睨むような鋭い目つきで。
「おまえ自分が世間知らずだって自覚あるのか? クオンがついてたとはいえ中央軍所属だったってことは王都か王城仕えだろ。この港町でのことは、どうして詳しい俺たちに一言相談しない」
「だ、だって…これは本当にその、あたしのワガママみたいなものだったし…」
「相手があのゼストのギルドならこっちにももう少しやり方があった。あいつんトコとウチは腐れ縁だからな」
「え、知り合いなの?」
「んな言葉でくくるな。お互い目の敵にしてる。うちも拠点はほぼイベルグだからな。そのせいで不本意ながら因縁の仲だ」
「そうだったんだ…」
あの場にジャスパーを連れていきたくなかったっていう気持ちが一番だったけれど、確かにレイズに一言相談するという選択肢もあったのかもしれない。
でも時間も無かったし、レイズ達をこれ以上巻き込むのは気が退けたのも事実だった。
「前も言ったが、この船の上のことはすべて俺の責任だ。勿論、船員に関することも。おまえの事はもうおまえだけの責任だけじゃない。俺の責任でもある。わかったか」
確かに以前も言われたっけ。そんなかんじのことを。
でもレイズひとりがそんなにたくさん責任を負ったら、重すぎないだろうか。
みんなの分まで、あたしの分まで背負ってしまったら。
「…あたしは、半分で良いよ」
「…なに?」
「全部預けたくはない。でもひとりじゃ確かにムリだから…レイズのことは勿論頼る。だけど自分の人生だもん。すべてを他人に押し付けたりなんかしたくない」
それにいずれあたしはこの世界を去ってしまうから。
ここに置いていくものは多くない方が良い。
さよならを言う時、ちゃんと預けていたものを笑顔で受け取って帰れるように。
「あたしはいずれ、ここからすごく遠い場所に帰る。そしたら多分もう二度と会えない。だけど、あたしはこの船とみんなのこと、決して忘れない。だからそれまでは守ってもらうよ。レイズにも、みんなにも。そしてあたしも守れるよう努力する」
レイズはあたしの言葉に僅かに目を丸くして、それからすぐに細めた。
じっと目の前のあたしをまっすぐ見据える。
「…言う事だけは一人前だな」
「それはまぁ、レイズから見たら頼りないことこの上ないだろうけど…」
「二度と」
「え?」
「二度と会えないのはなんでだ。死なない限り、永遠の別れなんて無い」
その考えは意外で、そしてレイズらしいなと思った。
レイズはこの船での出会いをとても大事にしている人だ。
船で過ごせばそれは分かる。
みんながレイズを慕い、レイズについてきている。
レイズは人の想いを縛ったりしないのに。
その瞳は少しだけ心を揺らす。
「…そうかも。会えないと思ってるだけで、会えるのかもしれない」
すぐ諦めたり執着を持たないのは、あたしの悪いクセだ。
昔からのクセで自分ではもうどうにもできない。
だけど期待することはやっぱり苦手だった。
諦める方がずっと楽だった。
それでもこの世界で諦める以外のことを、初めてしてみようと思えた。
誰かの為に、そして自分の為に。
変わるなら今なのかもしれない。
この世界にきて、シアと会って、自分以外の生き方を知ってそう思えた。
それは簡単ではないけれど。
「じゃあ」
口を開いたのはレイズだった。
真剣な瞳にあたしを映したまま。
その瞳は決して揺らがず、迷いなどない。
レイズはきっとどんなに広い海でだって迷わない。
そんな気がするから不思議だった。
「おまえがここから居なくなっても。いつか、会いに行く。どんなに遠くても」
夢物語だ。いつか、なんて。
希望や幻想を抱くより、最初から割り切ってしまった方が楽なのに。
いずれ必ずさよならするんだって。
もう二度と会えない人たちなんだって。
世界が違うって、そういうことだから。
――その時寂しさで心が折れないように。
「……ずるい、レイズ」
あまりにも真剣な顔で、そんなこと言うものだから。
レイズだったら本当にできてしまいそうな気がした。
思わず零れた涙を拭う。
だけど涙は不思議と後から後から零れた。
しまいには指の隙間からも溢れて床に染みを作る。
レイズがその手をとって引き寄せた。
不意打ちでその腕の中に倒れこみ、だけど文句も出てこなかった。
「船を降りたって、海を越えたって。俺たちはずっと家族で仲間だ。顔ぐらいは見せろ」
「…できたら、いいけど…」
「俺をみくびるなよ。決めたことは絶対だ。おまえも誓え」
二度と会えないということは、死ぬのと同じことだ。
それぐらいに遠いことだ。
少なくともあたしはそう思う。
お母さんがそうだったように。
だけどそうしてきたのは、あたし自身だったのかもしれない。
あたしは未だ“死”というものを上手く消化できてなくて、受け止めきれていなくて。
だから認められなくて、逃げる心ばかり覚えていく。
だけどこの世界のひと達は。
簡単に逃げたりしない。
投げ出したりしない。
生きていれば、また会える。
きつく握りしめ返すこの手の中。
それを人は希望と呼ぶのかもしれない。
「――じゃあ、待ってる」
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