43 / 119
第8章 深層の歌姫
6
しおりを挟む「……そこまで言うのなら、分かりました。貴女の覚悟を私は見届けましょう。ただし貸すだけです。必ず返して頂きます。この世界に居る間に」
「…! ありがとうクオン…!」
勢いよく見上げたクオンは、少しだけ笑っているように見えた。
だけどその表情は翳っていてよく見えない。
そうこうしている内にテントの裾からひとりの男が出てきた。
「お礼は無事彼女を落札してから言って下さい。彼女は紛れも無く数十年に一度の最高の商品と言えるでしょう。ここに居る全員が彼女目的と言っても過言ではありません。私は口出ししません。マオ、貴女自身が責任を持って彼女を競り落とすんです」
「…わかった。でも少しだけ教えて、この国の物価っていうか…相場ってどれくらいなの?」
あたしはまだこの国で買い物をしたことが無い。
買い出しに行った時にこの国の通貨が“フィル”だということは教えてもらったけれど、支払等はすべてジャスパーに任せきりだった。
「そうですね…200万フィルで家が買えます。倍出せば船が一隻。500万もあれば遊んで暮らせるでしょう」
クオンの言葉を聞いている間に、出てきた男は水槽の前まで歩み出るとこちらに向かって頭を下げた。観客たちがはやし立てる。
ゼストと名乗った男はこのギルドの商人で、競りの司会進行役らしい。
「さぁて皆様大変長らくお待たせ致しました。これより彼女の身元引け請け人の競りを行います。落札条件はただひとつ、彼女の価値を最も理解しそれに相応する対価を約束できる人です」
競りの始まりとも言えるその言葉に、周りの人たちが熱気を放ち歓声を上げる。
それに狂気じみたものを感じ、思わず強くクオンの腕を強く掴む。
気のせいか周りは男の人ばかりだ。
見物人も居るのだろうが、皆それなりに身なりの良い恰好をしていた。
「競りというものを理解しているならそれほど難しいことではありませんよ。先の客より上の金額を言えばいいだけです」
「でも、一応クオンのお金なわけだし、価値も知らずにそれをするわけには…それにその、どれくらいまで出せるのかを知っておかないと」
「そこはひとまず気にしなくていいです。いいですか、競りと言っても元締めはあの男です」
声を潜めたクオンが背を屈めあたしの耳元に唇を寄せる。
僅かに身じろいでそれを聞きながら、視線を目の前の男へと向けた。
「ようはあの男に売ったと言わせれば、マオ、貴女の勝ちです」
ゼストと名乗ったギルドの商人。
彼らが一番欲しいのは、お金と、そして――
「――わかった」
クオンに合わせるように自然と声を小さくしたまま、あたしは頷いた。
それと同時にいちばん最初の金額が声高に提示された。
ゼストが開始の合図をしてから十数分、値は上がり続けている。
競りへの参加は誰でもでき、金額を上乗せして叫ぶだけという簡単な仕組みだった。
次々と叫ばれる金額の方向にゼストが指さしで相手と値段を確認し、周りを煽る。
タイミングを計っているあたしはさっきからもう何度もクオンの腕をきつく握ってしまい、だけどクオンは何も言わなかった。
金額は100万フィルをとっくに越え、もうすぐ船が買えそうな値段まできている。
仲間の為に船を捨てたレイズの顔が浮かんで、やりきれなくなった。
「――やめますか」
僅かに震えを感じとったのか、クオンがそう言葉を落とす。
あたしはふるふると首を振り僅かに俯いてしまった目線を再び上げる。
「怖気づいたのであればやめても結構ですよ」
「違う、ムカついてるだけ」
人垣の向こうで新たに上がる金額に、既に観客に徹している見物人達からは囃し立てるように歓声が上がる。
まるでゲームか何かを見ているみたいな笑みを浮かべて。
「ここに居る人たち、一度全員“あっち側”に行ってみればいい。彼女のことなんだと思ってるの」
ジャスパーが一緒じゃなくて本当に良かった。今はそれだけが救いだった。
一瞬だけクオンの腕がぴくりと反応した、その時だった。
「――500万!」
人垣の頭上に飛び出た手と共に叫ばれる金額。その声に周りからどよめきが沸く。
いっきに値段が跳ね上がった。
周りの視線がその人物に向くも、どんな相手なのかはここからじゃ見えない。
ゼストも驚きの表情を作り、すぐに商人の顔に戻す。
「出ました500万! これは我がギルドでも過去最高額ですね。さて、他には?!」
続く声は無かった。
伸びているのは最高額を出した男の手のみ。
指輪をいくつも嵌めた指は丸々としていて、声も若くは無かった。
頭のてっぺんにクオンの視線を感じる。
――500万フィル。
それってあたしの世界だと、どれくらいなんだろう。
クオンは気にするなと言っていたけど、気にしないわけにはいかなかった。
だけどこれは、ひとりの少女の自由の値段だ。
ようやくあたしは腕をまっすぐ上に掲げた。
やっぱり少しは緊張していたのかもしれない。腕の感覚があまり感じられなかった。
気付いたゼストが物珍しそうな視線を向ける。 周りの客たちからも好奇の目。
今更ながらクオンが後ろに居てくれていることに感謝した。
それからゆっくりと、あまり大きな声は出せなかったけれどできるだけはっきりと。
金額が相手に、ここに居る人たちに聞こえるように、口にする。
「――1000万」
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
やり直しの人生では料理番の仕事に生きるはずが、気が付いたら騎士たちをマッチョに育て上げていた上、ボディビルダー王子に求愛されています!?
花房ジュリー②
ファンタジー
※第17回ファンタジー小説大賞エントリー中。応援お願いします!
※2024年8月改稿済み。
貧乏子爵令嬢のビアンカは、社交界デビューするも縁に恵まれず、唯一見初めてくれたテオと結婚する。
ところがこの結婚、とんだ外れくじ! ビアンカは横暴なテオに苦しめられた挙げ句、殴られて転倒してしまう。
死んだ……と思いきや、時は社交界デビュー前に巻き戻っていた。
『もう婚活はうんざり! やり直しの人生では、仕事に生きるわ!』
そう決意したビアンカは、騎士団寮の料理番として就職する。
だがそこは、金欠ゆえにろくに栄養も摂れていない騎士たちの集まりだった。
『これでは、いざと言う時に戦えないじゃない!』
一念発起したビアンカは、安い食費をやりくりして、騎士たちの肉体改造に挑む。
結果、騎士たちは見違えるようなマッチョに成長。
その噂を聞いた、ボディメイクが趣味の第二王子・ステファノは、ビアンカに興味を抱く。
一方、とある理由から王室嫌いな騎士団長・アントニオは、ステファノに対抗する気満々。
さらにはなぜか、元夫テオまで参戦し、ビアンカの周囲は三つ巴のバトル状態に!?
※小説家になろう様にも掲載中。
※2022/9/7 女性向けHOTランキング2位! ありがとうございます♪
【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」
まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。
気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。
私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。
母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。
父を断罪できるチャンスは今しかない。
「お父様は悪くないの!
お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!
だからお父様はお母様に毒をもったの!
お願いお父様を捕まえないで!」
私は声の限りに叫んでいた。
心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。
※他サイトにも投稿しています。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※タイトル変更しました。
旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」
叶えられた前世の願い
レクフル
ファンタジー
「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
大好きな騎士団長様が見ているのは、婚約者の私ではなく姉のようです。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
18歳の誕生日を迎える数日前に、嫁いでいた異母姉妹の姉クラリッサが自国に出戻った。それを出迎えるのは、オレーリアの婚約者である騎士団長のアシュトンだった。その姿を目撃してしまい、王城に自分の居場所がないと再確認する。
魔法塔に認められた魔法使いのオレーリアは末姫として常に悪役のレッテルを貼られてした。魔法術式による功績を重ねても、全ては自分の手柄にしたと言われ誰も守ってくれなかった。
つねに姉クラリッサに意地悪をするように王妃と宰相に仕組まれ、婚約者の心離れを再確認して国を出る覚悟を決めて、婚約者のアシュトンに別れを告げようとするが──?
※R15は保険です。
※騎士団長ヒーロー企画に参加しています。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる