上 下
36 / 119
第7章 王国の騎士

3

しおりを挟む


―――――――…


「あ、あたし船がどこにあるか、分からない…」

 目の前に広がる噴水広場には、まだ多くの人がごった返していた。
 式典の放映は終わり、人々の顔には様々な表情が浮かんでいる。
 祭りのような喧噪とは違う、不安を孕んだ重たい空気。
 その表情を足早に見送りながらクオンの後を追う。

「船の停泊場はいくつかありますが、それを端からあたるより貴女と一緒に居た少年を探す方が早いでしょう」
「ジャスパーを? この人ごみの中から?」

 思わず間抜けな声が漏れたあたしを横目に、クオンは歩調を緩めず歩みを進める。
 それから少し人混みから外れた道を選んで進路を変えた。

「魔法にはいくつか種類がありますが、探索もそのひとつです」
「でも、クオンとジャスパーはほとんど面識ないでしょう? 会ったこと無い人をどうやって探すの? あたしには無理だよ」
「一度会っています。人探しの魔法の精度は対象の情報量によりますが、私は一度言葉を交わした相手なら高精度で探し当てられます」
「ジャスパーと会って話したってこと? どこで…」

 そこまで言ってはっと思い当たる。
 クオンが着ている制服をたくさん見た場所。

「…もしかして、海上船団管理局に居たの?」
「貴女を陛下の元へお連れする為には、貴女の乗ってきた船の情報が必要でしたから。貴女の顔は知っていましたが、それ以外の情報がありませんでしたので。貴女も一緒に居たのは幸いでしたが、船と船長の名は聞いていましたのでもとは船まで迎えに行く予定でした」

 そういえばシアは誰か迎えをやると言っていたっけ。それがクオンのことだったんだ。
 と突然クオンがぴたりと足を止める。急に止まったものだからその背中に激突したあたしの腕を、クオンは容赦なくとった。

「跳びます」

 無造作にそれだけ言い放って、あたしの腕を強く引く。為すがままのあたしはクオンの腕の中に倒れこむと同時に、足元の感覚を失った。
 視界が一瞬かき消え、襲う浮遊感。悲鳴を上げる暇もなかった。

「……!」

 次の瞬間視界には、大きな船と見慣れた顔ぶれの人だかりが映っていた。
 少し距離があるけれど、目につくその青い色の文様は、決して見間違えない。
 まだあたしの心臓の上にあるのと同じもの。仲間の証。
 クオンは本当に一瞬で、アクアマリー号の場所を探し当ててしまったのだ。

「…マオ?」

 ふと後ろから震える声がして、クオンの腕を出て振り返る。
 そこには目を赤く腫らしたジャスパーが居た。

「ジャスパー!」
「マオ! 本当にマオですか? レイ! マオが帰ってきました!」

 ジャスパーが顔をくしゃくしゃに歪めながら、腕の中に飛び込んでくる。
 抱き留めたその小さな背中が震えていた。
 せいいっぱい力を込めて抱き締めて、ごめんねと何度も呟く。
 罪悪感しか沸いてこない。知らずあたしの目にも涙が浮かんでは流れていた。
 ジャスパーの声に船の前に居た数人がこちらに駆け寄ってくる。
 深刻な顔をしたレイズと、ルチルにレピドだ。

「無事でしたか、マオ! もうこのまま帰ってこないかと思いました」

 レピドがどこか泣きそうに顔を歪めて微笑む。あたしもつられて泣き笑いのような顔でそれに答えた。

「レピド、そんな礼儀知らずなことしないよ。お別れの時はちゃんとさよならを言う」
「わかっている、だから余計に心配した。またアズールのヤツらに襲われて攫われたのかと」

 ルチルが眉間に皺を寄せ、ジャスパーを抱いたままのあたしの姿を目線で確認する。
 それから無傷だと確認してか、漸く表情を崩した。

「違うの、ごめんなさい、ルチル。前言ってたお迎えと少し行き違ったというか、かみ合わなかったというか…とにかく、心配するようなことは何もなかったの」

 実際クオンのやり方は半ば拉致に近く強引だった。
 だけど今はそれを責めてもしょうがない。
 それにクオンはシアの命令を聞いただけだ。

 最後に無言のレイズがあたしをまっすぐ見下ろし、だけど何も言葉はかけず隣りに居たクオンにその視線を向ける。
 クオンはその視線を受け、懐から丸められた書状を取り出し紐を解いた。
 それをレイズの目の前に広げて掲げる。
 レイズを始めとする船員達の目がその書状とクオンに注がれた。

「アクアマリー号の船長とお見受けします。私はシェルスフィア王国軍中央騎士団所属のクオン・アーカインです。王国からの通達事項と、海上船団管理局局長より最重要依頼をお持ちしました」
「…国と、局からだと?」

 相手が国の騎士であると聞いても、レイズの表情は緩まない。
 怪訝そうにクオンの顔を睨みつけている。

「国王陛下のご命令により、王国所属の全船へ通達します。船属の魔導師の人数を、最低1名から2名へ変更。これは現状の海域危険状況を鑑みた上での重要措置です。魔導師2名を確保できない船は出航を許可できません」
「ちょっと待て、魔導師の確保がどれほど難しいかはお前らが一番良く知ってんだろ。魔導師は優先的に王国軍船か貴族のやつらにとられるんだ、俺たちにどうしろってんだ」
「これに合わせて、シェルスフィア王国全港よりの出航制限もかかります。出航できる船はこれまでの半数に限られます」
「…待機船から魔導師を借り受けろってことか?」
「それも手段としては有効です。しかしこの船へは特別措置として、王国軍船所属の魔導師を乗船させます」
「…なんだと?」
「こちらが海上船団管理局局長より最重要依頼です。詳細はこちらの書面を確認頂きたい。内容としては、この船に北の海域の深層の祠にて現場確認および調査をして頂きたい」
「北の海? 何故あんな危ない海域へこんな時期に?」

 航海士であるレピドが思わず口を挟む。
 その顔は不安で曇っていた。

「戦争における必要事項としか、私からは申し上げられません。この依頼を受けて頂けるのでしたら、海上船団管理局および王国から魔導師がひとり無償で派遣されます」
「……それを受けなかったらどうなる。自分達で金出して魔導師を確保しろってことか」

「いいえ。その場合この船には出航停止命令が下ります。二度と海に出れることはないと思ってください」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方のすべてが愛しいから

一ノ瀬 彩音
現代文学
恋愛詩。

魔王クリエイター

百合之花
ファンタジー
魔王を創って人類を滅ぼせってさ 超常の存在から人類の間引きを依頼された僕は、直接手を下すのは精神衛生上良くないとの事で、人類の天敵足る化け物を創り出す力を貰った。この力で僕は人類を滅殺します! 感想の返信は基本的には行いません。 それをしてる暇があれば続きを書いてほしいですよね? 少なくとも私はそっち派なので、手前勝手で申し訳ありませんが、感想の返信は必要な場合を除いて、無いと思ってください。 作中での疑問点を感想として頂いた場合には、おそらくは他の人たちも一定数気になっている人が少なからずいるでしょうから、作中のページ前か終わり際、ないしは章の終わり際に記載するやり方をとります。 感想そのものはきっちり目を通して、喜びまくっていますのでご安心ください。 更新頻度は1〜3日ごとくらいで1話づつ更新予定。 カクヨム、ノベルアッププラス、なろう(作者名がちがいます)でも連載してます。

転生した悪役令嬢は婚約破棄を希望する

西楓
恋愛
目が覚めたら悪役令嬢の中に入っていた。俺は王子妃にはなりたくない。ゲームのストーリー通り婚約破棄されよう。勘当され自由な平民になることを目標に運命に抗おうとしない侯爵令嬢の話。頭の中に基本エロしかない残念な思春期の男の子が異世界転生する。

Venus la marina ~わたしは海の上で今日も生きています~

鏡上 怜
ファンタジー
豪胆な父と、優しい母と。 港町で穏やかに暮らす少女メルルの毎日は、決して裕福とは言えないけれど、とても幸せなものだった。ある日、両親がとまる決断をするまでは…… 巻き込まれた運命にも負けずに、少女は今日も生きる……! というお話を目指しています★

恋が始まる瞬間(とき)~私は貴方の事が大好きだから~

一ノ瀬 彩音
現代文学
恋愛をテーマにした詩です。

空賊風水師は、幸いの竜に乗って空を翔ける

さわら
ファンタジー
 神は聞いた。「なぜ空賊になることを望むのですか」  俺は答えた。「ビルから飛び降りた瞬間、身体全身で感じた風が忘れられないからです」  この世界の神が企画した『自ら命を絶った100人に来世は幸せを』キャンペーンに当選した俺は、来世をファンタジーの異世界で送ることになった。  神は100人の当選者達が生きやすいようにと、天職を選ぶ権利を与えていた。  なんと100人目の当選者であった俺には、最後のひと枠「風水師」しか天職が残っていなかったが、神の思し召しで空賊×風水師のダブルジョブを手に入れた。  俺たちが転生する異世界にも神はいて、100人の転生者を迎え入れる代わりに条件を課していた。 ①転生者は自ら魔力を生成できず、パートナーを介して魔力を補給すること。 ②パートナーを一度決めたら変更することは出来ない。 ③パートナーが命を落とせば転生者も死ぬ。また、パートナーとの繋がりを示すアーティファクトが破壊されても転生者は死ぬ。 ④100人の転生者のうち、最後まで生き残ったものは、どんな望みでも叶えられる。  前途多難な予感を抱きながら転生した俺は、前人未到の秘境で目を覚ます。  風水師の才能を早速活用しながらサバイバルをしていると、一匹のドラゴンが生まれる瞬間に立ち会うことができた。  驚くことに、ドラゴンは生まれた直後から人の言葉を話した。  ドラゴンにサティと名付け、僻地で生活をしていたが、サティはみるみる大きく育っていく。十分に空を飛ぶことが出来る様になったサティに乗って、俺はついに異世界の街へ辿り着いた。  俺のパートナーとなったサティは、人の姿に変身することが出来るようになっていた。  そして、サティは、ドラゴンの中でも幻の存在「幸いの竜」であったことが判明する。  俺とサティは、サティの親を探すために、異世界を旅することを決めたのだった。  しかし、異世界の神が課した条件により、世界の各地で転生者達による熾烈な生き残り戦が始まっていた。  

処理中です...