32 / 119
第6章 守りたいもの、守るべきもの
7
しおりを挟む「部屋からひとりで出てきたということは、貴女は陛下の為に戦う意思が無いものと見なします」
切れ長の瞳が、あたしをまっすぐ見下ろしている。
真っ直ぐな長い黒髪を後頭部の高い位置でひとつに結び、前髪は左目を覆い斜めに切り揃えられていた。
たぶん、見えないのだろう。
前髪の隙間から覗く光の強弱が対照的だった。
「貴女は陛下の“武器”だと、そうリシュカ殿から聞いていましたが」
「…違ったから、殺すの?」
「武器も従者も主の為に消費されるものです。貴女もそれを全うする義務がある」
「ここで死ねってこと…? シアの為に?」
「それが、我々臣下の役目です」
――あたしの、お母さんは。
もともと体の弱いひとで、あたしを妊娠した時も、諦めろと言われていた。あたしのこと。
だけどお母さんはそれをしなかった。
出産後も体への負荷と影響が大き過ぎて、お母さんはあたしを生んで以来一度も家に帰ってきたことは無い。
そうしてあたしを生んで5年後に、この世から去ってしまった。
あたしを、生んでいなかったら?
あたしなんか、見捨ててくれて良かったのに。
あたしを生まなければその先の人生があったはずなのに。
それを、奪ったのは――
引き換えに生かされても、重た過ぎる。
お母さんの分も精一杯、なんて。
押し付けないでよ、勝手なことばかり。
命をかけるって、なんだろう。
どういうことだろう。
それは相手がそれに値する価値を持つ時、報われるものだ。
あたしはそう思う。
あたしにそんな価値はきっとない。
でも、シアには――
『――――――おれがこの国の最後の王だ』
暗く重たい思考の中に、その声が響いた。
シアと初めて会った時…この国の現状を説明した時の、シアの言葉だ。
どうして今頃、そんな声が――
『――は、もう居ない。城にはおれひとりだ――』
あたしの頭の中の幻聴?
違う、これは。
「……これ…?」
俯いていた目線がひかれるようにのろりと上がる。
不思議とその声を、あたしは聞き逃したりしないのだろう。
どこだろう。
今も、聞こえている。
シアの声だ。
少し距離があるのか上手く聞き取れない。
「――動かないで頂きたい」
目の前でクオンが警告のように低く呻いた。
だけどあたしの耳にそれは届いていなかった。
声のする方を探るように頭だけ向けたそこは、窓の向こう。
シアの声が聞こえるのは建物の外からだった。
「…これ、シア…?」
「…本来貴女がその名で呼ぶことを許すわけにはいかないのですが…そうです。式典の放映が始まったようですね。すぐそこが広場ですから」
クオンの言葉を聞きながら、無意識にすぐ傍にあった窓へと足が動いた。
クオンの向けていた切っ先が、僅かに掠って首筋に一筋の赤い痕を作る。
でもそんなもの痛みでもなんでもなかった。
「……っ」
クオンが僅かに目を瞠ったけれど、あたしはそれに気づかずに大きな窓に手の平を寄せた。
あたしの腰から天井近くまでの大きな窓の外には、祭りを堪能していた人々の背中が一様に広がっている。
その視線の先に、きっとシアの姿があるのだろうと予測できた。
「シアは、なんて…? この窓、開かないの?」
窓越しの声はくぐもっていて、断片的にしか聞こえない。
声が、言葉が遠い。それがもどかしくてじれったい。
もっとちゃんと聞きたい。
シアの声。シアの言葉。
シアの、覚悟。
背後に立ったクオンが、少し思案した後窓の高い位置にあった鍵を開けてくれた。
自分を見下ろす蔑みと共に僅かな悲哀。それが自分を真上から突き刺す。
「陛下は今日国民に、すべてを話すと仰っていました。この国の現状と、そして行く末。それから陛下ご自身の御心を」
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
魔王クリエイター
百合之花
ファンタジー
魔王を創って人類を滅ぼせってさ
超常の存在から人類の間引きを依頼された僕は、直接手を下すのは精神衛生上良くないとの事で、人類の天敵足る化け物を創り出す力を貰った。この力で僕は人類を滅殺します!
感想の返信は基本的には行いません。
それをしてる暇があれば続きを書いてほしいですよね?
少なくとも私はそっち派なので、手前勝手で申し訳ありませんが、感想の返信は必要な場合を除いて、無いと思ってください。
作中での疑問点を感想として頂いた場合には、おそらくは他の人たちも一定数気になっている人が少なからずいるでしょうから、作中のページ前か終わり際、ないしは章の終わり際に記載するやり方をとります。
感想そのものはきっちり目を通して、喜びまくっていますのでご安心ください。
更新頻度は1〜3日ごとくらいで1話づつ更新予定。
カクヨム、ノベルアッププラス、なろう(作者名がちがいます)でも連載してます。
転生した悪役令嬢は婚約破棄を希望する
西楓
恋愛
目が覚めたら悪役令嬢の中に入っていた。俺は王子妃にはなりたくない。ゲームのストーリー通り婚約破棄されよう。勘当され自由な平民になることを目標に運命に抗おうとしない侯爵令嬢の話。頭の中に基本エロしかない残念な思春期の男の子が異世界転生する。
Venus la marina ~わたしは海の上で今日も生きています~
鏡上 怜
ファンタジー
豪胆な父と、優しい母と。
港町で穏やかに暮らす少女メルルの毎日は、決して裕福とは言えないけれど、とても幸せなものだった。ある日、両親がとまる決断をするまでは……
巻き込まれた運命にも負けずに、少女は今日も生きる……!
というお話を目指しています★
空賊風水師は、幸いの竜に乗って空を翔ける
さわら
ファンタジー
神は聞いた。「なぜ空賊になることを望むのですか」
俺は答えた。「ビルから飛び降りた瞬間、身体全身で感じた風が忘れられないからです」
この世界の神が企画した『自ら命を絶った100人に来世は幸せを』キャンペーンに当選した俺は、来世をファンタジーの異世界で送ることになった。
神は100人の当選者達が生きやすいようにと、天職を選ぶ権利を与えていた。
なんと100人目の当選者であった俺には、最後のひと枠「風水師」しか天職が残っていなかったが、神の思し召しで空賊×風水師のダブルジョブを手に入れた。
俺たちが転生する異世界にも神はいて、100人の転生者を迎え入れる代わりに条件を課していた。
①転生者は自ら魔力を生成できず、パートナーを介して魔力を補給すること。
②パートナーを一度決めたら変更することは出来ない。
③パートナーが命を落とせば転生者も死ぬ。また、パートナーとの繋がりを示すアーティファクトが破壊されても転生者は死ぬ。
④100人の転生者のうち、最後まで生き残ったものは、どんな望みでも叶えられる。
前途多難な予感を抱きながら転生した俺は、前人未到の秘境で目を覚ます。
風水師の才能を早速活用しながらサバイバルをしていると、一匹のドラゴンが生まれる瞬間に立ち会うことができた。
驚くことに、ドラゴンは生まれた直後から人の言葉を話した。
ドラゴンにサティと名付け、僻地で生活をしていたが、サティはみるみる大きく育っていく。十分に空を飛ぶことが出来る様になったサティに乗って、俺はついに異世界の街へ辿り着いた。
俺のパートナーとなったサティは、人の姿に変身することが出来るようになっていた。
そして、サティは、ドラゴンの中でも幻の存在「幸いの竜」であったことが判明する。
俺とサティは、サティの親を探すために、異世界を旅することを決めたのだった。
しかし、異世界の神が課した条件により、世界の各地で転生者達による熾烈な生き残り戦が始まっていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる