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第6章 守りたいもの、守るべきもの

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「部屋からひとりで出てきたということは、貴女は陛下の為に戦う意思が無いものと見なします」

 切れ長の瞳が、あたしをまっすぐ見下ろしている。
 真っ直ぐな長い黒髪を後頭部の高い位置でひとつに結び、前髪は左目を覆い斜めに切り揃えられていた。
 たぶん、見えないのだろう。
 前髪の隙間から覗く光の強弱が対照的だった。

「貴女は陛下の“武器”だと、そうリシュカ殿から聞いていましたが」
「…違ったから、殺すの?」
「武器も従者も主の為に消費されるものです。貴女もそれを全うする義務がある」
「ここで死ねってこと…? シアの為に?」
「それが、我々臣下の役目です」

 ――あたしの、お母さんは。

 もともと体の弱いひとで、あたしを妊娠した時も、諦めろと言われていた。あたしのこと。
 だけどお母さんはそれをしなかった。
 出産後も体への負荷と影響が大き過ぎて、お母さんはあたしを生んで以来一度も家に帰ってきたことは無い。
 そうしてあたしを生んで5年後に、この世から去ってしまった。

 あたしを、生んでいなかったら?
 あたしなんか、見捨ててくれて良かったのに。
 あたしを生まなければその先の人生があったはずなのに。
 それを、奪ったのは――

 引き換えに生かされても、重た過ぎる。
 お母さんの分も精一杯、なんて。
 押し付けないでよ、勝手なことばかり。

 命をかけるって、なんだろう。
 どういうことだろう。
 それは相手がそれに値する価値を持つ時、報われるものだ。
 あたしはそう思う。
 あたしにそんな価値はきっとない。
 でも、シアには――

『――――――おれがこの国の最後の王だ』

 暗く重たい思考の中に、その声が響いた。
 シアと初めて会った時…この国の現状を説明した時の、シアの言葉だ。
 どうして今頃、そんな声が――

『――は、もう居ない。城にはおれひとりだ――』

 あたしの頭の中の幻聴?
 違う、これは。

「……これ…?」

 俯いていた目線がひかれるようにのろりと上がる。
 不思議とその声を、あたしは聞き逃したりしないのだろう。

 どこだろう。
 今も、聞こえている。
 シアの声だ。
 少し距離があるのか上手く聞き取れない。

「――動かないで頂きたい」

 目の前でクオンが警告のように低く呻いた。
 だけどあたしの耳にそれは届いていなかった。
 声のする方を探るように頭だけ向けたそこは、窓の向こう。
 シアの声が聞こえるのは建物の外からだった。

「…これ、シア…?」
「…本来貴女がその名で呼ぶことを許すわけにはいかないのですが…そうです。式典の放映が始まったようですね。すぐそこが広場ですから」

 クオンの言葉を聞きながら、無意識にすぐ傍にあった窓へと足が動いた。
 クオンの向けていた切っ先が、僅かに掠って首筋に一筋の赤い痕を作る。
 でもそんなもの痛みでもなんでもなかった。

「……っ」

 クオンが僅かに目を瞠ったけれど、あたしはそれに気づかずに大きな窓に手の平を寄せた。
 あたしの腰から天井近くまでの大きな窓の外には、祭りを堪能していた人々の背中が一様に広がっている。
 その視線の先に、きっとシアの姿があるのだろうと予測できた。

「シアは、なんて…? この窓、開かないの?」

 窓越しの声はくぐもっていて、断片的にしか聞こえない。
 声が、言葉が遠い。それがもどかしくてじれったい。
 もっとちゃんと聞きたい。
 シアの声。シアの言葉。
 シアの、覚悟。

 背後に立ったクオンが、少し思案した後窓の高い位置にあった鍵を開けてくれた。
 自分を見下ろす蔑みと共に僅かな悲哀。それが自分を真上から突き刺す。

「陛下は今日国民に、すべてを話すと仰っていました。この国の現状と、そして行く末。それから陛下ご自身の御心を」

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